• 中国怪談;巷に溢れる真偽各種の”国家機密”

    by  • February 27, 2016 • 日文文章 • 0 Comments

    何清漣

    2016年2月9日

    全文日本語概訳/Minya_J Takeuchi Jun

    https://twishort.com/VxUjc

    最近になって香港の銅羅湾書店の5人失踪事件は問題の「習近平の情人たち」なる本が引き起こした「大自殺点」という真相がついに明らかになったようです。外ではその真実性について色々言われていたのですが、作者の一人の西諾が自ら、この本は主に噂を集めて書いたもので、その真実性については全然確認していない、と認めたのです。書いた理由は「あんたが俺たちに言論の自由を認めないのであれば、俺たちはあんたになぜそうするかという理由で恥をかかせてやろう」というものだったというのでした。

    中国は言論の自由が極めて不自由なお国柄で、政府の指導者の私生活は「国家機密」となっております。この本には多くの要素が絡まり合っており、これはタケノコの皮を剥がすように分析していかないと、その理非曲直はわかりません。

    この本は三つの位相の問題があります。

    ⑴ 現代世界で民主国家の指導者の私生活は相当程度に高いが、中国が依然として国家指導者の私生活を「国家機密」扱いしているのは適切なのか?
    ⑵ 政治人物の私生活の透明化と意図的にそのプライバシーに泥を塗る行為とはどこが違うのか?
    ⑶ 政治人物の私生活の話でイメージを貶めようとする事は言論の自由の保護を受けるべきなのか?

    まず第一の問題。米国を例にとると大統領だろうが議員だろうがその選挙活動は自分の私生活を公衆の前に晒すという過程であって、大学時代のスキャンダルでも記者の追求を逃れることはできません。

    一方、中国の指導者の私生活は「国家機密」であり、失脚した令計劃の弟、令完成が米国に逃亡するに際して持ち出した機密文書には大量にこの種の秘密が含まれています。

    「ワシントン・フリーダム・ビーコン」が明らかにした情報によると、令完成はすでに米国のFBIとCIAなどの機関に対して中国政府の最高機密に関する資料を手渡しており、その中には中国の核兵器発射の手順、中国の指導者の個人生活と警備体制、中国指導者の居住する中南海一帯の警備配置などがあるといわれます。

    この内容をみると、核兵器の発射手順は機密が漏れた時点で中共はとっくに改変してるでしょうし、後者のふたつの要人警備措置は米国に漏れたと言っても、米国が中国要人を暗殺しようとしたりはしないでしょうから、「威力」といえば中国指導者の個人の生活にかかわる資料が比較的大きいといえましょう。というのは中国の指導者自身だって一体指導者やその家族の体面を傷つけ恥となるどんなデータがあるかわからないからで、いろいろ想像して、心に棘がささっているような不愉快な気分ではあるでしょう。以前、中国とハッカー攻撃の交渉がうまくいかなかったとき、米国の国会議員が中国のトップレベルの米国での富を暴露したらどうか、と発案しましたが、令完成の持ち出した機密データはトップレベルのプライバシーという点で暴露する内容をさらに豊富にしたことでしょう。

    ですから、インターネットがどこにでも普及した今日、中国当局ははやくニュース管制を解いて、指導者の私生活を透明化したほうが、すくなくとも、

    ① 国家機密の種類を減らして、社会から信用されるようになる。
    ② 勝手に誰かがいいかげんな噂を乱造して、「愛人」を作ったことにされるといったことから免れる。

    という良い点がありますね。

    ★中国指導者の「愛人」と、米国の「ハリウッドの大統領」

    香港ではここ数年来、政治ゴシップ書籍は大流行です。2009年以来、中南海や高官レベルの秘密、といった政治ゴシップ書籍は毎年150冊も出版されているとも言われます。「習近平の愛人たち」はそのうちの一冊の代表作にすぎません。香港の政治発禁書市場の様子は「香港政治禁書、中国出版管制の果て」(*香港の政治的禁書を考える
    香港の政治的禁書を考える2016年1月12日 http://heqinglian.net/2016/01/23/books-in-hk/ )ですでにはっきり書いておきましたが、原因は三つあって
    ① 中国政府の世論統制が香港の政治発禁書提供に膨大なマーケット需要を生む
    ② 自分たちの内部闘争が香港の発禁書業界に普段に”栄養”を与え続ける。
    ③ 内部闘争する双方が自分たちに有利になるようにと香港ニュースをしあう。
    です。

    古来、中国の歴代王朝の宮廷生活はすべて中国人のあくなき覗き見趣味の対象領域であって、これは各種の宮廷劇や宮廷官界の闘争劇がテレビ・映画で大人気なことや、無数の同様の小説のテーマになっている文壇の現状をみればどんな出版業者だってどこに儲けがころがっているかすぐわかる話です。香港はうまい具合に報道の自由もありますので、各種の中共指導者の政治ゴシップ小説は香港出版業界の金のなる樹になったわけです。ただ、この種のカネは危険をともなうもので、NYタイムズ「中国禁書;香港書店の金のなる木と危険の根」でははっきりこの「ハイリスクハイリターン」の状態を説明しています。

    市場の需要に加えて、政府のニュース管制などの条件のもとで、政治的な人物についてやその家族に関して適当にいろいろな話を書いてしまうというのは「政治的な戦い」として褒められることでありましょうか?この点では幸い世界には他の文明国が存在しますから、米国の状況が座標軸として参考になるでしょう。

    米国は言論の自由の国でプライバシーという点では、政治的な公の人物についての保護は一番弱く、一般の大衆のそれについては極めて厳しいのです。しかしながら米国の出版界ではこうした政治ゴシップ本の業界、つまり実在の人物の名前を使ってでたらめな話をかいて、小説にしたり劇のシナリオにしたりして攻撃目標をやっつけるといったことはありません。映画界にはいわゆる「ハリウッド製造の大統領」というのがあって、ワシントンのペンシルバニア大通り1600番地の本物の大統領にくらべると、多種多様な大統領がハリウッドではつぎつぎに生まれています。例えば、2000年の「フェイルセイフ」のヘンリー・フォンダ、「エアフォースワン」のハリソン・フォードの演じたジェームズ・マーシャル、頭のおかしい大統領もいて、「マーズ・アタック」のジャック・ニコルソンの演じたアメリカ大統領デイルや「ハウスオブカード」では民主党下院議員が毎回、権謀術数や陰謀、はては殺人までやってのけます。しかし、こうした映画がいかに多彩な風刺ぶりを発揮してもホワイトハウスの本物の大統領が自分と結びつけることはありませんし、ましてや誰もそれが本物の大統領をひそかにあてこすっているとか、思ったりはしません。みな「ハリウッド大統領」の話だとわかっているからです。

    「えらい人」だからといって別に恐れはばからないというのは西側の伝記類の伝統です。大統領の立身出世物語にも伝記作品もドキュメンタリーもあります。しかしこのふたつは写実に属し、映画製作者としても勝手に色事をつけくわえたりはしません。「ケネディー一家」の中にマリリンモンローがでてきたのは実際にあったことだからです。米国だけでなく、フランスでもドゴール将軍は熱愛されていますが、しかしその伝記には愛人だって私生児だってでてくるでしょう。もしこうしたことがでっちあげだったとしたら、作者の信用がなくなるだけなのです。

    最後にふたつの点で説明が必要でしょう。米国では政治的人物の私生活はプライバシーで保護されるのか?いいかげんに政治人物を貶めようという連中ははたして言論の自由の保護の範囲に入るのかどうか?

    米国は早くから法律上でブライバシーを保護してきた国で、プライバシー保護という点では最も進んでいましょう。私はかって《美国法律如何对待政治公众人物的隐私?——辨析雷政富事件引发的争议误区》 http://heqinglian.net/2012/11/26/celebrities-privacy/ (VOA,2012年11月26日)を書きましたが、その中で2012年11月中旬にCIA局長のDavid H. Petraeusの情事があばかれ辞職したこと、およびクリントン前大統領のモニカ・ルインスキー 事件を例に、この二人が米国の法律の保護を得られなかったこと、その理由は政治的な公人のブライバシー保護は特別(弱い)ものであるという特徴がこの制度であると指摘しておきました。詳しくしりたければそっちを読んでください。ここでは関係する部分だけかいておきます。

    「公の人物」「公人」という法律用語は米国の誹謗法にはやくも登場します。1964年、米国の連邦最高裁はブレナン裁判長は「ニューヨークタイムズ対サリヴァン事件」ではじめて、Public Official(公僕)という観点を提出しました。彼は米国の憲法修正第1条を根拠に判決理由を「公僕の問題を論じるにあたっては拘束なしで完全に公開されるべきであり、政府および役人にたいしては、猛烈に、辛辣に、不愉快になるような攻撃をしても許される」としたのです。このあと、米国では一連の判決の中で公共的人物のプライバシーの権利は守られないという方向に傾斜していき、プライバシーの権利のなかで公人のプライバシー保護はきわめてよわいものだ、という法律制度ができたのでした。(*wikiによると公人がマスメディアによる報道の対象である場合、その表現にかかる事実が真実に反し虚偽であることを知りながらその行為に及んだこと、又は、虚偽であるか否かを無謀にも無視して表現行為に踏み切ったこと[1]を原告が立証しない限り名誉毀損の成立を認めない」というものだそうですな)

    公衆の知る権利を政治的公人のプライバシーより上とするというは別に政治的公人に好き勝手にどんな侮辱や誹謗をしてもいいというようなことではありません。「ニューヨークタイムズ対サリヴァン事件」でも「本当の悪意があったかどうかについての原則」が確立されて、政治的公人がマスコミの報道によってその内容に本当でない部分があってそれを誹謗だと訴えることはできるけれども、そのときに報道側に「真実の悪意」があったかということを証明し、かつそれによって自分の利益が本当に損なわれたかを証明しなければならない、ということになりました。

    この法に照らして言えば、習近平は完全に米国でなら西諾を訴えることができます。ましてや西諾が自分から本の内容は確認していないと認めているのですから、悪意をもって習近平を貶めようとした意図があったわけです。しかしその場合、問題は習近平主席が大国の主席であるという”額縁”からおりてきて、自ら進んで世界のメディアに追いかけられる誹謗事件のニュースの対象とならねばならず、次に彼は自分から確かに現実の利益で損害を受けたことを証明しなければならないということです。これはまたつまりは、一国の至高の存在たる習近平にいかにその気位を捨てさせ、裁判が決着するまでこうした悪口を我慢していなければならない、ということになります。(*そんなことはできっこない、の意味)というわけでこの銅羅湾書店の五人の出版人の話は、つまるところ「まともではない国ではまともではない事件がおきてしまう」というだけの話です。(終わり)

    拙訳御免。
    原文は;中国怪谭: 真假“国家机密”满江湖 http://www.voachinese.com/content/he-qinglian-blog-state-secrets-china-bizarre-20160208/3182814.html

    なお、何女史によると、もともとは同種の本はすでに米国で出版されており、西諾らはもう一儲けしようと企んだらしい。http://mingjingnews.com/MIB/news/news.aspx?ID=N000133927 いずれにせよ、「言論の自由」とは無関係な一種の詐欺師のような連中が根拠のない本をだそうとした事件だ、とのこと。

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