• ”愛国左派少年少女”の群れー中国の未来を憂う

    by  • February 27, 2016 • 日文文章 • 0 Comments

    何清漣

    2016年2月5日

    全文日本語概訳/Minya_J Takeuchi Jun

    https://twishort.com/KQSjc

    台湾の総選挙の後、中国大陸から数千人の「小粉紅」(*ネット上の中共現政権支持の若者たち。ただ政府からお金を貰っているわけではないので”五毛”とは違う。日本なら「ネトウヨ」みたいな感じかな?適訳がないので”愛国少年少女”にしておきます。ネトサヨよりいいかとw)たちが蔡英文のFacebookやそのたのサイトで起こした事件(*悪口雑言書き放題)はおおきな反響を呼び起こしました。それは主に①愛国少年少女の思想的単細胞化 ②背後の当局の支持・激励 ③なんとお馬鹿な、という嘲笑でした。また「中国人はみんなもともとは”愛国少年少女”だったけど、そのうち変わるよ」というものでしたが、この最後の点については私は楽観できないと思っています。

    ★対人関係の社会化過程は生涯影響

    こうした”愛国少年少女”の武器は多くの論者が指摘しているように「中学国語教科書」「中学生時教科書」「中学歴史教科書」です。勉強は嫌いだがネット上で騒ぐのは大好きといった発言者は大体この類いです。楽観的に、こうした”愛国少年少女”は学生とか留学生が多いし、みんな暇だからで将来、就職活動し自分でメシを食う羽目になったら政府は彼らのことなんか構ってくれないとわかるから、そうなったら今度は五四運動で政府高官の家を焼き討ちした若者達のように現政府に反抗的になるだろう、という人もいます。

    確かにこうした現在、20歳ぐらいの青年たちは変わるかもしれません。「人生死ぬまで享楽」派はごく少数の金持ちの家庭の若者以外は生活の重みを感じるようになったらできないでしょう。「政治教科書」で教えられたとおりの目で世界をみていけば、やがて真っ暗な現実に気がつき、自分は騙された、とおもうかもしれません。しかし、こうした若者たちは生まれてから高校生、大学生になるまでの「社会化過程」のなかで教えられた思考形式と世界をみつめる角度については変えることは極めて難しいと思います。

    この「社会化過程」とはひとつには(宗教背景もふくめた)家庭教育、つまり子供のころから物事をみつめ、考える角度、思考方式であり、ふたつには学校教育が形成する社会に対する認識です。小中学校の教育というのは知識を詰め込むだけの単純なものではありません。学校の懲罰褒賞制度は青少年が社会に認められるようになるための外部からのプレッシャーであり、青少年の価値観と思考方式に重大な影響を与えるものです。

    この時期の形成されたものの考え方はその人の一生に影響を与えます。そして学校教育においては教科書は大変な影響をあたえる重大なものです。前にも言いましたが、いまの中国では教科書は憲政と同じように重要なものです。中国青年があまねく政府権力を崇拝し、個人の権利を軽んじ、国際社会に対しては盲目的な大民族主義で対応するといった状態に対しては中国は新しい、市民の権利を含むだけでなく、市民の責任とはなにか、自由と法治とはなにか、個人と集団の境界線とその関係まで内容に含めた新しい教科書が必要なのです。こうした教科書が中国人にどれほど大事か?「経済学」という教科書で数百万、数千万の学生に影響をあたえた経済学者のポール・サミュエルソンは教科書は憲法と同じように大事だと言いました。
    ですから、中学の歴史、政治、国語の三冊の教科書で「武装」した「愛国少年少女」たちを「貧困な連中」だ、と嘲笑するのは結構ですが、そうした教科書の影響力を過小評価するならば将来きっと自分たちが甘かったと思い知る羽目になりましょう。

    ★中国のイデオリギー教育の後遺症

    中国のイデオロギー教育は洗脳教育といってまったく間違いありません。こうした洗脳教育の残した数多くの後遺症はだいたい数種類に分類できます。

    ① 病んだ政治理念

    中国人の民主の意味は世界公認の民主の基準と同じではありません。2013年5月初め、中国社会科学院政治学所の張明樹の発表した社会調査「中国人はどのような民主をのぞむか」という本の結論は「中国人がのぞむ民主とは徳治が法治より優先し、反腐敗の解決と群衆による政府の監督の問題は市民の権利と自由より優先する。形式や過程より実質的内容を重視する。多数決で決めるより相談して決める。中国人がのぞんでいるのは中国自身の民主であって、外国の民主ではない」でした。

    この「中国人ののぞむ民主」というのは実際は政府側が中共政治の理想にのっとった解釈です。ですから毛沢東左派や「愛国少年少女」がよく使う表現には「米国の民主、人権は嘘っぱち」「台湾の民主は成熟していない。陳水扁の汚職、混乱をまねいただけ」「インドの民主は貧困と飢餓を生んだ」といった言葉が頻出します。今回の台湾総選挙後の「愛国少年少女」による総攻撃遠征でもこうした「聖典引用」と同じような言葉がたくさん見られますし、五毛や少なからぬ中国の大学生の日常生活言語にもそっくりの表現がよくあります。

    中国人のこうした観念はもちろん一朝一夕に生まれたものではありません。中国政府が中学の政治科目を初め、中国の主流メディアをつうじて文字や映像、音声などで日夜水をやって育てたものであり、とっくにそれは中国人の心奥に根ざした概念になっているのです。近年はネットも発達したため、中国政府の宣伝内容はますます増え、例えば「世界中のいかなる国家にも貧しい人々は存在する」「あらゆる政府はみな腐敗している」「あらゆる社会に不平等は存在する」「どこの政府もみなメディアをコントロールしている」などなどあり、これらは五毛たちがネット上でお経のようにとなえているばかりか、すくなからぬ中国人も耳慣れて、スラスラ口にするようになっています。

    ②; 国内向けと国外向けの二重基準の中国的特色民族主義

    中国的特色のある民族主義は国内用と国外用で相矛盾する構造です。対外的には「道義」を押し立て、いつまでも「被害者」の心情を堅持します。

    ;歴史上、英米仏日などの国家は中国を侵略した、これが中国を送れた貧しい国にした根源である。
    ;一旦、侵略国家となったら彼らは永遠に侵略者であって、永遠に全世界の各国人民、とりわけ中国人民には「借り」ができた。

    ということで日本の話になれば必ずや中国侵略戦争と南京大虐殺の話となり、米国の話になればインディアンと黒人奴隷売買の話になります。

    ところが対国内的には「実力主義」です。
    ;台湾、香港、チベット、新疆は古からの中国領土であり、かならずや中共はこれらの地区に対しての指導を堅持しなければならす、こうした地域で民主(または独立)をしようというのは、まさに中国を分裂させようとするものであり、その背後には外国勢力の暗躍がある。
    と、香港のオキュパイ・セントラル運動、台湾の反貿易協定運動と2016年の総選挙もかくのごとし、であり、チベットや新疆などの複雑な民族矛盾にたいしても同じ態度で完全に対外的に堅持している民族主義精神とは相反するものです。

    周辺国家との関係は、この「実力主義」と「道義原則」を混用します。
    ;これらの領土は昔から中国に属しており、例えばどこどこの歴史の転籍に書いてある、とか、ある海のなんとか島にはかんとかいう中国人がおとずれた記録がある、といいつつ実力で脅しつけます。

    このような中国的特色の民族主義は最終的には台湾、香港、チベット・新疆などの関係をにっちもさっちもいかなくしてしまいますし、隣国との関係をうまくやっていくこともできなくなってしまいます。その中には当然、日本や米国との関係も含まれます。

    ③; 自分と異なった意見を敵とみなして戦う精神

    私は「中共洗脳教育の後遺症ー「洗脳の歴史」作者の獄舎入りに思う」( http://heqinglian.net/2015/12/13/brain-washing-2/ 2015年11月)でも分析したのですが、専制独裁政治の特徴として「敵」を簡単にみつけだしたり、つくりだしたりします。こうした考え方は何代もの中国人に影響を与えました。それはすでに書きましたから、ここでは簡単に一つだけ事実を。

    ;中共は異なった意見を持つと「敵」として、弾圧、逮捕、徒刑などの政治的高圧手段で対処します。毛左派や「愛国少年少女」たちはネットで「誅伐」をくわえるだけで、相手を殺したりまではしませんが、それは自分たちが権力をもってないからです。毎回、当局が自由知識人を粛清するたびにネットでは一斉に歓喜の声があがります。これに対して、たまたま毛左派が弾圧されたときの自由知識人の発言は「この人の観点には賛成しないが、しかし、その意見を発表する権利は守らねば」ということになります。
    今回の「愛国少年少女の台湾・蔡英文FB遠征攻撃」事件では上記の三つの特徴が非常にはっきりみられました。

    ★「愛国少年少女中国」から未来の中国の姿がみえる。

    梁啓超は青少年の精神のありようが一国の未来に影響を与えることをしっかり知っておりましたが、彼は「ゆえに今日の責任は他のだれでもない、われわれの若者にある。若者の智はすなわち国家の智であり、若者の富はすなわち国家の富である。若者が強ければ国も強くなり、若者が独立すれば国も独立する。若者が自由なら国は自由となり、若者が進歩すれば国が進歩する。若者が欧州よりすぐれていれば、国も欧州より優れる。若者が世界に雄飛するなら、中国も世界に雄飛する」と述べました。

    この言葉は至言というべきでしょう。人が言う「私たちはみな『愛国少年少女』だ」というのは、将来彼らが変わるだろうという意味でした。しかし私はそんなに楽観できません。「3歳の幼児を見ればどんな子どもに育つかわかり、7歳の子をみればどんな大人になるかわかる」というのはまさに人間を育てる肝心な時期は幼年と少年時代です。もし今日の青年の主体が毛左派や「愛国少年少女」であるならば、今後特別大きな社会変化、例えば五四運動以後の「祖国を救え」、が啓蒙主義を圧倒した頃のような変化がないかぎり、彼らはだいたい三つの方向に進むでしょう。それはプラグマチスト、享楽主義者、そしてきわめてわずかな一部が本当に世界の普遍的価値観を受け入れる人間に。でも3番目はせいぜい多くとも5%を超えますまい。

    もっと深刻なことは、中国当局が中国の青少年の各種の傾向にたいしてアメとムチで対処しており、自分の頭で物事を考え、現体制に疑問を持つ青少年には政治的打撃をくわえ、享楽主義者はこれを放置し、「愛国少年少女」を基本的な自分たちの隊伍として養成するという教育のやり方は青少年の政治的な生態を一層悪化させるだろう、ということです。(終)

    拙訳御免。
    原文は;(少年中国的活跃力量:毛左与小粉红 《中国人权双周刊》第175期  2016年1月22日—2月4日) http://biweekly.hrichina.org/article/31729

    About

    Leave a Reply

    Your email address will not be published. Required fields are marked *