• ★文革の毒の土壌は今も。きっかけさえあればだが…(2)2016年5月18日

    by  • May 28, 2016 • 日文文章 • 0 Comments

    ★5;「革命で大出世」という激励教育

    社会底辺層が「翻身」するには意識だけではダメで、その道筋がなければなりませんが、それが「革命」です。中共革命教育はこの教えをしっかり叩き込む役割を果たしています。何十年もずっと同じように「翻身」の物語は版を重ねて、自国人民の、特に青少年を教育し続けてきました。「奴隷から身を起こして将軍になった」「牛飼いの子供が革命の元老になった」といった立志伝は小、中学校、革命教育の教科書にどっさり掲載されていて、革命を志す者は大きな犠牲的精神が必要だ、と説くとともに成功したらメチャメチャに偉くなれるという話をいっぱいしてくれています。

    こうしたお話の主役は主に北京や上海で暮らしていますが、各省の大中の都市にも少しはいます。

    現実にはこうした「革命の元老」たちの家庭の子女は人もうらやむ特別待遇を受けています。私の小学校時代にも三人の姜姓の同級生がおり、父親が長征に参加した老幹部でした。双子の女の子の方は成績は平凡でしたが学校向きの良い子タイプだったのでいろいろな表彰とかを一身に集めていました。男の子の方は悪い生徒の特徴をすべて兼ね備えたような子で宿題はせず、サボって悪さばかりしていましたが先生方は誰も叱ろうとしませんでいした。ですから二年下の弟も兄貴を見習ってこれまた学校では有名なトラブルメーカーになりました。体育の先生が一度我慢しかねて兄のほうの耳たぶをつねった結果、逆にその子の親に謝罪させられました。別に学校の先生がこの三人の姉兄弟の特権を云々したわけではありませんが、子供たちは誰もがその特別待遇は彼らの父親が長征に参加したせいだ、ということを知っていました。市の食料局長の息子がこの兄弟に血を流すほど殴られ、服もボロボロにされたうえ、学校から一週間の停学処分を受けたことがあります。この子は大いに不満で、自分の父親が遅れて革命に参加した「南下幹部」(*中共が優勢になって全国展開する時期に参加した幹部)にすぎないので、長征に参加した老幹部の兄弟の父親より身分が低いからこんなことになったと学校に復学するのを嫌がって、父親に「みんなあんたのせいだ。なんでもっと早く革命に参加して長征いかなかったんだよ」と文句をいったものです。

    こうした二代目たちが文革の中で有名なスローガン「親父が英雄ならいい奴、親父が反動ならろくでなし(*出身がすべて大事)」を唱えましたし、以来、革命の二代目は「紅二代目」として社会的なリソースで有利な立場に立ち続け、社会の公平を損ない、腐敗が横行する根源の一つになっています。私有制と社会の不公平をなくし、人々が平等な共産主義社会をつくるはずだった政権が逆に中国社会を歴史上最悪の腐敗、不公正な社会にしてしまったというおのは中国人にとってなんとも悲惨な皮肉です。

    ★6;中共統治下でねじ曲げられた社会上昇ルート

    人類社会において社会階級区別の色彩が強い社会ほど社会底辺層の上昇の願いを抑圧しつづけます。社会に正常な上昇できるルートがあれば、社会向上のエネルギーシステムとして活力をもたらし、統治する側はそうした人材を吸収していきます。中国は社会階級区別の社会ですから、特権だらけであり、どんな細かなところにでもそれはみられるわけですから、社会のすべての人々の偉くなりたいという欲望はとりわけ強烈なものがあります。しかし上流に這い上がる道筋はきわめて狭いルートです。隋や唐の時代から王朝が交代するたびに軍功のあった人士に爵位が褒美として与えられた他は、社会各層の優秀な人材はみな科挙制度を通じてなんとか統治集団に加わることができました。科挙に合格する人々は極少数でしたが、それでも「朝に田舎者でも夕べに天子の御殿に登る」という模範となるモデルがあり、社会の下の方のメンバーも希望をもって「田を耕して家を守り伝え、詩書を代々伝える」というのが中国伝統社会でみんなが認める上昇ルートだったのです。しかし清末に科挙制度が廃止されてからは、こうした社会上昇ルートは制度化されずに今日まできてしまいました。社会が激動し「乱世の英雄四方に立ち上がって」辛亥革命時代には軍人としての功績と革命の経歴が重なる上昇の「資本」でした。国民政府の初期から中期にかけてはチャンスも多く、軍功、学歴、そして才能はすくなからぬ下層の志ある青年に世に出るチャンスを与えました。

    ところが、中共政権成立後になると旧エリート層は消滅させられましたが、社会主義計画経済体制いうのはチャンスのきわめて少ない体制ですから、50年代末期には就職はみな政府が社会メンバーに与える一種の政治的ご褒美のようなものになってしまいました。例えば出身が良い(*労働者、貧・下層農民とか)なら工場や軍隊に招致され幹部になれましたが、そうでない(*地主、ブルジョアジー、インテリの子弟とか)と50年代末には大学進学や工場、軍隊への就職資格を取り消され、運が良ければベルトコンベア式の工場労働者とか小さな工場に就職できましたが、多くの人々はただ社会でぶらぶらするしかないか、青海や甘粛省、新疆、海南島などの僻地の農場に就職するしかありませんでした。

    正常な社会で出世していくには能力によるわけですが、そのころは毛沢東の「逆身分差別」による「出身の良さ」と、底辺層の幹部の印象によって出世が決まったのです。労働者、農民の貧・下層の青年がまずチャンスを得たのですが、別に厳しい試験とかではなく、自分が住む所の居住委員会や人民公社大隊の幹部の「印象」で選抜されましたから、居住委員会での活躍ぶりやうまく幹部に取り入ってもオッケーだったのです。1976年以前、大学で学ぶチャンスはきわめて稀でしたし、軍隊に入れるというのが一番、工場に就職できるというのがそれに次いで中国青年にとっての出世の早道でした。誰かの家から息子が軍隊に入ったりすると、その両親や家族は地元の「光栄ある軍属」になって政治的特権を得て、すべてに優先されました。私の家の近所に鄧一家というのがいて、その息子が1962年に軍隊にはいって順調に出世したら彼の家は「軍属優待」を受けて、次第にその町の顔役になりました。その子供は軽い知的障害があって三度落第していたのですが、1964年に「階級闘争を絶対に忘れるな」教育がはじまるや突然、少年先鋒隊の大隊長に抜擢されいつも全校生徒の大会でどもりどもり代表発言をしていました。
    何千年も中国では優秀な人材を選抜してきたのですが、毛沢東時代だけは逆だった、というわけです。

    ★7;社会の下層が「翻身」を継続したかったというのが毛沢東文革の基盤になった

    簡単に言えば、文革前の中国の状態はこんな感じだったのです。

    社会の底辺層には上昇願望があり、中共革命の50年代「翻身運動」によって奨励されたのですが、「政治的に優越した地位」は別に経済的な貧窮状態や、文化的地位の実質的な低下を変えるものではありませんでした。ですからこうした政治的な優越感をもった底辺層は依然としてただ特権革命幹部をうらやましくおもって仰ぎ見る一方で、政治的地位は自分たちより低いけれども経済・文化的には自分たちより優越している技術者やインテリ階層を複雑な思いで眺めていたのです。そして一旦、最高指導者が紅衛兵の造反を励まし、「あべこべの世界をもう一度ひっくり返せ」という大号令によるチャンスがきたとき、この種の「翻身」への欲望がどっと油井が吹き上がるような状態になりました。

    翻身-「それ!地主、富農、右派や資本家の悪人どもをやっつけて、それからブルジョアジーの道を歩む党内の走資派と反動学者や演劇スターをやっちまえ」という行為の中でこうした階層の快感はいやがうえにも盛り上がったのです。これこそが社会の底辺が参加した文革のエネルギーでした。紅衛兵の大群や町内会の積極分子が我が家に略奪にやってきて家の中の立派に装丁された医学書や様々な書物を投げ捨て、洋服ダンスから服を放り出し、椅子や花瓶を床に叩きつけているのを窓の外から隠れてみていたのですが、はっきり彼らの「ついにおめえらをやっつけてやったぜ!」という興奮がビリビリと伝わってきたのを覚えていますで。

    権力と民間暴力は文革において、ついに千載一遇の「出会い」を果たしたのでした。毛沢東の激励下に成立した「革命委員会」は権力となり、軍隊と労働者と農民の造反派の三結合機関となって、農民は「翻身」の願望を実現しました。しかし、「出世による上昇」と「翻身」は本質的に違います。「出世上昇」は努力や自分を鍛えてエリート階層までよじ登っていくのですが、「翻身」は暴力と略奪によって地位と財産を奪い取るだけで「翻身」した人間は別に本人の資質はなにも変わることなく「エリート」になるのです。中共革命における労働者・農民幹部のようにその行為や考え方には社会的なエリートらしいところはなく、つねに汚い言葉を吐き、社会がこれまでみたことのない「乱暴な大物ぶり」を自ら威張っていたのです。

    ★8;今日の中国で誰が文革の再来を望み叫ぶだろうか

    今日の中国社会のモデルチェンジで最大の失敗は政治のモデルチェンジ失敗ではありません。それは社会構造のモデルチェンジ失敗です。中国の改革前が「逆T字型」の社会構造、つまり8割以上の人口が底辺層(農民人口が総人口の7割を占め、一部の都市貧民を加えるとこうなる)で、2割だけが幹部で、知識分子が上中層、それに国有企業労働者は収入が安定し、政治的地位も高く中産階級的な役割を果たしていたとしますと、今は中国の資源を使い果たして経済発展をとげたのにもかかわらず依然として中産・上流階級は3割(中産階級がわずか25%で、それに少数の上層と富裕階級)にすぎません。それなのに中国は相変わらず貧乏人が多すぎて、社会には上昇するルートがないという社会のままなのです。この種の構造はたとえ中国が民主化を果たしたとしても短期内には変えることはできません。インド、ブラジル、アルゼンチンなどの民主化後の社会状況が証明しています。

    底辺層が多すぎる社会は革命と無縁ではいられない運命にあります。中国では特にそうです。というのは中共政府は政権樹立以来、ずっとマルクス主義革命思想をせっせと教えこみ続けてきました。50年代以後に生まれた人々は革命・翻身を当然の正しい当たり前のことだと信じています。「あべこべの世界をもう一度ひっくり返す」というのはもうとっくに社会底辺層の自然な意識になっています。

    とりわけ改革開放以来、誰の目にも役人が利権あさりをしていることや、商人が役人と結託して巨富を築いたことや、そんな連中が財産、資源を独占し、自分の子にも独占させて社会階層を固定化しているのを目の当たりにしてきました。ですから、こうした革命的な考え方はより強烈になり、不公平、不正義だという気持ちでいっぱいです。正常に上層へたどりつくルートが閉ざされている社会で、そのうえ中共革命のイデオロギー教育を受けてきたわけですから、そんな社会底辺層に革命・翻身の願望が育たないようにと願うのはそれこそ幻想にすぎません。

    私のみるところでは、本当に文革を必要としているのは中国の政界や経済界、知識界のエリートグループではありません。毛沢東左派の一部の底辺層です。経済エリートや知識エリートを憎んでいる毛沢東左派に対する習近平らの政治エリートの思惑はただこれをうまく利用してやろうということだけです。ドイツのナチスの統治や毛沢東時代の文革の経験は独裁専制政治の常用手段のひとつは陰険極まる暗示と偽善によって民意を操縦することにあったことを教えています。中国当局は大衆に経済エリートと外国資本が悪いのだと暗示することによって、大衆の恨みをそちらに向けさせ自分たちへの政治的圧力を減らそうとしており、また知識人を憎ませることによって自分たちへの民主化の圧力を軽減しようとしています。

    こうした文革回帰願望を持っている人々というのは実は政治的には怯懦な人々です。彼らは「ひっくり返った世界をもう一度ひっくり返す」ことを願ってはいますが、そのために「首をきられても、血だらけになってもいい」とは思っていません。ただ「造反」の言葉だけをありがたがっているだけです。彼らの目標は昔の文革造反派にくらべて実は大変複雑なのです。昔の文革の造反派が直面していたのはただの当たり前に貧しい中国で、社会には土豪もおらず、「翻身」の願いだって別にはっきりした経済目標があったわけではありません。しかし今日、文革回帰を呼びかけている人々は潜在意識のなかに「土豪をやっつけ、財産の分け前をいただこう」という意図をもっています。

    しかし、文革回帰を願う人達にはお気の毒ですが、習近平は文革を実際に発動する必要は別にないのです。毛沢東と社会底辺層が結合したきっかけは現在、まだ出現していません。理由は簡単でまず第一に、権力は習近平が握っており、党内に目下誰もその地位を揺るがす相手はいません。第二に、習近平独裁は別に文革に回帰しないでもすでに実現しています。かれの現在の状態では党内の反対者にしても、圧政に反対する人々にしても別に全国的に大規模な「大衆運動」などを起こして手助けしてもらう必要がありません。第三には、かつての三年連続大災害の後、中共党内では誰もが毛沢東の失敗だと知っており、劉少奇が経済改革させたということを認めていました。

    現在、中国の各グループの習近平に対する不満は様々なのですが、その目標はそれぞれ相矛盾するのです。役人は習近平の「反腐敗」に不満ですが習近平が高圧的に治安を維持する姿勢はのぞむところです。護憲派の人々は政治的迫害に不満ですが、中共が役人の腐敗を放置することは望んでいません。インテリは言論弾圧に反対ですが、役人はそれは自分たちには有利だとおもっています。ですからそれぞれのグループの不満が集まって習近平に対しての政治的圧力になるのは難しいのです。

    ましてや習近平だって今の「群衆」を発動させたりしたら、おそらくそんなに「良い子達」ではいないだろうなどということは承知しています。今回の魏則西事件(*魏則西事件が「社会問題」として処理される理由  twishort.com/Vszkc 参照)でも習近平が民意を操縦する腕前のほどがうかがえました。一旦、狙いの「軍隊の有料サービス停止」という目的を達した途端に、あらゆる医療システムへの批判もぴったりと止んでしまいました。つまり、いわゆるネット世論というのは習近平にとってはかつての毛沢東の壁新聞と同じ働きをしているわけです。

    この文章の論じてきた問題の総括としては、「中国に文革を生み出す毒の素地は依然として今も存在する。しかし今日の中共最高指導者は別に底辺層が”翻身”の願いと手を結ぶ政治的な必要性はない。だから、習近平は文革を発動することはなく、底辺層に「上からの命令で造反運動をさせる」やり方で中共統治秩序を覆させようなどとはしない。ただし、はっきりしているのは社会の底辺が多すぎて、上昇するルートが無い社会は失敗する危険が高い。習近平の強引な統治は中国のエリート層が『帝国で大稼ぎ』する時間を稼ぐためにすぎず、中国の未来の最も良い出口はアルゼンチンやベネズエラのように民主化すること。そして最悪の行き先はもう一度、あの文革のような『お餅をひっくり返して焼く』ような状態になること」です。(終わり)

    拙訳御免。

    原文は;何清涟:文革毒地依然在,只是缺契机(2)voachinese.com/..17/3335119.html
    何清涟:文革毒地依然在,只是缺契机(1)twishort.com/Hh3kc
    何清漣氏のこれまでの論考は;heqinglian.net/japanese

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