何清漣
2016年5月16日
全文日本語概訳/Minya_J Takeuchi Jun
https://twishort.com/wB3kc
最近、中国の環境循環経済協会の雷洋氏が不可解な死を遂げた事件はあっというまに同事件をめぐって官民が全く別のことを主張し合うという中国でおなじみの対立の様相を呈しています。警察側が「筋書き」を発表するや、民間からはどっと疑問の声がわきあがり真相の継続調査を求め、さらに「デマが逆に真相をあぶり出す」展開で事態が混乱し、雷洋氏の家族が「三つの事実」をはっきりさせて、やっと一時的に騒ぎは静まったのでした。
警察のやり口、社会の反応、デマや噂の広がりがそれぞれに影響しあったこの動きはこの事件が実は中国社会の当面の最もデリケートな神経に触ったといえるでしょう。すなわち民衆がもはや政府に対して完全に政治的信用を失っている、ということです。
★同じ事件で官民の主張が完全に食い違う
まず現在までの唯一の確定的な事実を振り返ってみましょう。雷洋氏の家族が対外的に発表している状況は;5月7日の夜8時半に雷洋は空港にお婆ちゃんとおばさん親子を迎えにでかけ、飛行機の便は11時半に到着しましたが、家族は家をでた雷洋と連絡がとれなくなっていました。そして翌日の午前3時ごろ、警察が雷洋の死を知らせてきたので病院にいったところ、手と頭に青あざのある雷洋の屍体を見せられたというのです。
北京市公安局昌平分局の役所のブログには;5月7日8時ごろ、警察は群衆の通報を得て、昌平区霍营街道のある足マッサージ店を捜索し買春容疑者6人を確保。民警がそのなかの一人で29歳の雷某を尋問したときそれを拒否して逃亡しようとしたので、警察が強制的に拘束したが、取調べ中に突然、体がおかしくなって病院に送ったが死亡した、というものでした。
民衆がこの警察の言い分を信用しない理由は;⑴雷洋の頭部や腕の青あざの説明がつかない。⑵事件のあった地点の三つの監視カメラが全部壊れていた、と警察が主張して証拠の映像がない。
中国政府の監視カメラは重要な存在ですが、、各地の警察が長年、職務を執行しているときの暴力や悪行の話になると、その肝心なときにはカメラは壊れていたというのが常で、もはや自分たちの政治的信用をゼロにしてしまっています。
家族と民衆が死亡の過程に疑いを抱くのは、警察がさらにこの事件を死者に対する道徳的なお裁きにすり替えようとしているという点で、例えば、足マッサージ店の女性従業員がでてきて証言し、雷洋がはらった買春費用の領収書を出してみせたりしたことです。中国全国各地の警察がこれまでいつも嘘を並べて真相を隠すのはもはや「習慣」とされ、民衆は警察の穴だらけの言い訳を最初から信用していません。人によって女性従業員がインチキだといい、また人によっては本当だろうといいますが、もちろん雷洋が買春しようとしまいと、殴られて死亡していいはずはありません。雷洋の出身校である中国人民大学校友会は政府に真相究明事故を起こした警察の法的責任を追及を求める署名活動を開始し、ネットでは真相を自分たちで究明しようとする動きもでました。
★事件をデマから逆に暴き出すやり方
「真相」はあっという間にネットに登場しました。まず3人の私服が雷洋を殴っているビデオがネットに流れました。続いて5月11日には、雷洋の死亡事件についての分析がネットに登場しました。この筆者は「体制内の黒い皮」と名乗っており警察内部の事情に精通しており、「警察が買春を取り締まるのは副収入をゲットするのが目的で、通常はこれまでやっかいな”背景”をもたないよそ者の買春客にしか手を出さないし、殴ったりするはずがない」として、「最初にこのニュースを聞いたとき、すぐこれは普通の買春ではなく、職務執行中にうっかり殴ってしまったいつものやつだな、とおもった。雷洋の身分や事件発生の時間帯、メディアの広報も全部おかしい。一派出所にはこんなことできるわけがない。今日はじめて肝心の情報がわかったんだが、雷洋ってのは環境保護活動家で、常州の毒地面事件の調査にあたっており、事件発生前に毒地面の調査分析結果のデータが消えていたんだ」と。このニュースはたちまち海外の中国語メディアに特報され、ネット中、関連発言で埋まってしまいました。
常州毒地面事件というのは、中央電子台が4月17日に報道したもので、江蘇省の常州の外国語学校は江蘇省内でもトップのエリート中学です。ところがそこで2015年末から多くの学生がわけのわからない病気や湿疹ができて、生徒の親たちは近くの化学工場の土壌汚染を疑いました。そして641人の学生が病院で検査を受けたところ、493人に皮膚炎、湿疹、気管支炎、血液以上、白血球減少などの異常があることがわかり、さらにリンパ腺ガンや白血病などの例も見つかりました。この学校の敷地はもともと常隆化工、常宇化工、華達化工の三つの化学工場があって、土地汚染が極めて深刻だったのです。調査によってこの敷地内の地下水、空気から汚染物質が検出され、中央テレビの報道後、常州政府も仕方なく調査処分を表明して、メデイアからはその後の報道がなくなっていました。(*この事件については日経ビジネスのサイトに福島香織さんの詳しい記事があります→汚染土壌に建てられた学校、生徒500人が被害ー強気の江蘇省常州市、背後に利権と政争の影 business.nikkei..18009/042500043 )
雷洋が中国循環経済協会で働いており、その死亡が常州事件と関係があるというニュースはたちまちネットの中で爆発的に広がって、多くの中国人がみな信用しました。というのも近年の中国政府のやり方はギャングそこのけで、一部の地方では確かに人殺しをして口をふさぎみんなが激怒するというようなことがあり得るからです。私もこの情報をみたあと、ツィッターでこう書きました。
;「雷洋の死が江蘇省常州の毒血プロジェクトに関係あると言われているが、もし本当なら常州の地方政府はギャングより悪辣。常州の被害者は雷洋のために団結して集団行動すべき。これは雷洋のためだけでなくもっと大事なのは自分たちの生存の権利だから」と。
ここで「言われているが、もし本当なら」という前提をつけたのは、北京の環境団体が常州の毒土壌検査に行くというのは属地管轄の原則に反するので疑問を感じたのです。もし常州側が雷洋を指名して招いたならば彼と協力するでしょうし。雷洋一人が政府側の調査結果にサインを拒否したとかいう話は眉唾ものでした。
あるネット友はすぐ、「これはデマで真相を逆に暴き出すってやり方の典型的なものだ」とメッセージをくれました。二、三時間後には財新ネットのネット上で「家族が雷洋が常州毒土壌調査にかかわっているという誤解を晴らす」というニュースをアップして、陳弁護士が家族の意を受けて三つの点をあきらかにしました;
雷洋は常州外語学校の土地汚染調査にくわわっていない。
雷洋の妻は、前から夫が買春していたかどうかは気にしていないし、もし本当にそういうことがあったとしても隠す必要はなく、夫の死因をあきらかにしてほしい。
ネット上に警官が雷洋を襲撃しているという映像は家族からみると雷洋ではない。
家族が弁護士に託したこの声明によって、この種の「民衆参加式のネット上事件真相」はおしまいになりましたが、これは賢明な選択でした。家族にとっては一番大事なことは別に社会運動を起こすことではなく、死んだ家族のための正義と真相をあきらかにすることだからです。この声明は別に世間から注目を浴びること自体を拒絶したわけではなく、本当の焦点である真相究明からどんどん話がそれていくのを望まなかったのでした。
ただ中国の法執行と司法過程は真っ暗闇のなかにあり、そのなかで罪もあきらかにされないまま恨みを飲んだ魂は多すぎるほどですし、もしネットの世論圧力がなかったら多くの冤罪事件がそのままにされたこともやまほどあります。
★デマや噂が逆に真相を暴き出す、というのは社会の緊張のなせるわざ
デマや噂が逆に真相に迫るというやり方のモデルケースは2011年のジャスミン革命以来、次第に形成されてきました。そして天津大爆発のように成功したケースもあります。あの8月12日に起きた天津の大爆発では事件の原因は爆発する可能性のある危険物が違法に倉庫に積まれていたからでした。天津政府は真相を覆い隠そうとした結果、新華社を含む北京などの政府系メディアにくわえてネットの世論まで中央政府に天津当局に圧力をかけるようにという声一色になりました。もっとも核心に迫ったデマは、、あの会社の社長の「只升華」と天津の副市長の姓が「只」だったことから親子関係だとし、さらに元の常務委員の李瑞環と新常務委員の張高麗の娘が親戚だとか、鄧小平の娘までみなこの企業の関係者にしてしまったことでした。この種のデマや噂の広がりに結局、中央政府も黙っておられず天津市政府に事実関係をはっきりさせ事件の原因者にしっかり処理させるように要求したのでした。
この種のデマや噂が真相をあぶり出す、というのは当然、社会がきわめてピリピリした状態にあることから生まれます。このピリピリの正体はつまりは階層対立の激しいことであり、民衆が政府を信用しないからです。中国の真っ暗な現状を考えればこれは理解できることで、これも民衆がやむをえず生み出した一種の真相究明のやりかただといえます。しかし、これはやり方を間違えると、徐纯合事件(*2015年5月2日に黒竜江省でおきた民警による射殺事件)のようなことになります。徐纯合事件では政府側と民間の護権活動家が次々に切り貼りした”真相”をながしつづけたために、多くの人々が政府側の発表したビデオだけではなく、民間人士側がアップした「これが真相だ」というほうも信用しなくなり、それ以後こうしたネット上のニュースに対してすべて疑うようになってしまいました。
いかなる国家も民衆が政府を信用せず、政府側も民衆側も同じ事件に対して、それぞれ別々の説を主張するということは、その国家はもはや凝集力を失い、政府も合法性を失ってしまっているのです。民主国家においては民衆は数年に一度の選挙で自分たちの不満を表明し、また新たな国家指導者を選出して再出発できますが、中国ではそれができません。政治も経済も、組織もすべて中共が握っており、自分たちが永遠に政権政党であるとして、さらには政権は自分たちの所有物であるとしているからです。
ですから、政府と民衆が衝突し、公共事件の処理にあたっては使える方法はなんでも適宜に利用します。たとえばば最近おきたばかりの魏则西事件(*★魏則西事件が「社会問題」として処理される理由★ 2016.05.04 10:32 twishort.com/Vszkc)では、軍の病院が関係していたことが、ちょうど習近平が3月27日に打ち出した「軍の有料サービス廃止」にぴったりだったために、政府側は積極的に民間のネット世論に答えて、この医療紛争を社会の問題にして処理しました。全国民が軍隊の病院の詐欺的行為に怒りの声をあげるなか、5月7日には政府は軍隊と不足警察は全面的に有料サービスをやめる、と宣言したのです。
私は雷洋の死亡事件が中国にほんのすこしは改革と前進をもたらすことをとても願っています。もしそうなればとてもラッキーです。(終わり)
(《中国人权双周刊》第182期 2016年4月29日—5月12日)
拙訳御免。
原文は;何清涟:政治信任:雷洋死亡真相牵动的社会神经
何清漣氏のこれまでの論考は;heqinglian.net/japanese
なお、雷洋事件については日経ビジネスに;
世界鑑測 北村豊の「中国・キタムラリポート」
若き研究者は偽りの買春逮捕の末に殺されたのか
“冤罪”と戦う遺族に中国公安警察の厚い壁 business.nikkei..?P=4&prvArw が詳しく書いておられます。
同じく、魏則西事件についても。
世界鑑測 北村豊の「中国・キタムラリポート」
21歳の辞世ブログが暴いた中国医療の暗部
がん発症の大学生、ニセ病院とウソ広告に翻弄された悲劇 business.nikkei..01059/051000049