• 民主国家の新病;エリートと民衆の分裂

    by  • July 4, 2016 • 日文文章 • 0 Comments

    何清漣

    2016年7月4日

    全文日本語概訳/Minya_J., Takeuchi Jun

    https://twishort.com/N9Gkc
    6月19日、ドイツのヨアヒム・ガウク大統領はドイツのARDテレビで「エリートが問題ではなくて、問題は民衆の方だ」と述べました。この発言を聞いたドイツ人達はソーシャルメディア上でSOSのタグをつけ、ドイツの民主制度が危険な状態にあると警告しました。

    ガウク大統領は民主国家の元首であるにもかかわらず、中国の習近平ですらあえて口に出さないようなことをいったのです。それに欧州の現状、米国の2016年の大統領選挙が暴露した深刻な問題を考えると左派が長年にわたってリーダーシップを握ってきた西側民主政治は形式の上からも中身の方からも注目すべきで、政治秩序の再建が必要な時代にきているようにおもわれます。

    ★「ポリティカル・コレクトネス」のためには手段を選ばない

    この二年間に起きた様々な事件は確かに西側社会に多くの積年の病弊があることが暴露され、自分たちの「勝利」のためなら民主主義の第一番目のプロセス(ルール)の公正をないがしろにしたということも含まれましょう。英国とドイツで起きたことがまさにその証明です。

    「欧州の大家族」(EU)を作るときには原則として進退は自由で加入申請も退会もオッケーでした。しかしルール通りことを運ぶのを好まず、負けるのがいやな人はどこにでもいるものです。英国のEU離脱国民投票前に、ドイツとフランスの要人は結果を予想してそれぞれが「出て行くなら勝手にでていけばよい」といっておりました。しかし国民投票結果でEU脱退側が勝利したときは、ERUの盟主としてのドイツはやはり重要メンバーが減ることには内心面白くなかったのは当然のことで、メルケルが厳しく批判したのは理解できます。しかしドイツの副総理のガブリエルと緑党が「英国の難民を歓迎する」と英国の難民にEU在留許可を提供し、国籍を与えて彼らにEU市民の身分を引き続き与えよう、というのはこれは行き過ぎです。

    国民投票が民主制度のもとで人民が自分たちの希望を表明する基本手段ではありますが、しかしどのみちどちらかは負けるわけです。でも、だからといって負けた側が自分たちは政治的な迫害をうけたとは思いませんし、国連でも国民投票で敗れた側は政治的迫害をうけたなどと認定しません。スイスはここ数年、大なり小なり様々な問題を国民投票にかけてきましたし、福祉制度拡充を望む側はほとんど毎度のように敗北していますが、負けた側がつぎにやるのはまたもう一度国民投票であって、死ぬか生きるかの戦いで自分は反対派に迫害されているのだなどとは言いません。米国の大統領選挙でも候補者は開票に際してはふた通りの原稿を用意して勝利したら満面の笑みを浮かべて米国人の選択に感謝し、敗れたら心中はがっかりしているでしょうが、それでも紳士らしく国民の前に姿をあらわして「人民の選択を尊重する」というだけです。

    しかし、今度の英国の国民投票ではEU残留派が多数をしめるロンドンではもう一度国民投票をやるべきだというようなデモ行進がおこなわれ、目的を達するまではなんとしても石に齧りついても諦めないといった様相を呈しており、これはすでに民主的なルール違反の気があります。

    ドイツはといえば完全に紳士的な態度をなくしています。英国の残留派を政治的迫害をうけた新種の「政治的難民」をお手盛りで作りだしてしまいました。この無茶苦茶なやり方をはじめたドイツのガブリエル副総理さん、あなたはこんなやり方は国際的なルールに違反し、民主制度を破壊し、他国の内政に悪意をもって干渉しているとはおもわないのでしょうか?もしこれが悪例の始まりとなって、今後各民主国家で選挙で負けた側はすべて「多数派による『民主的暴政』によって迫害を受けている」ということになるのでしょうか?あなた方ドイツ国は国土もとても広いから、どんなに多くても自分たちが「政治難民」だとみとめれば受け入れられるとでも?政治家として自国の納税者の負担能力を考えないのでしょうか?

    今年5月のオーストリアの大統領選挙では極右の自由党の指導者のノルベルト・ホーファー(45)が30863票、つまり1%未満の僅差で左派の全緑党指導者・アレクサンドル・ファン・デア・ベレン(72)に敗れました。大統領選挙後、郵送票開票の違反とメディアが一部の結果を繰り上げ公表して投票に影響を与えたという理由で憲法裁判所に訴訟がおこされこの選挙は無効とされ、今年秋にもういちど再選挙になりました。憲法裁判所のホリジンガーは「この決定の目的はただひとつ、法治国家の民主的信任を強化するためだ」と述べました。

    ★エリートと民衆のゴタゴタは民主病になった

    民主政治はエリートが行いますが、そのエリートが政治を行い、大衆の代弁者になるのは民衆が選出したからです。西側政治用語のエリートとピープルはもともと一対になった概念です。しかしマルクス主義者は大衆運動が好きですから「ピープル」より「群衆(マス)」という概念を用います。西側の左派は在野時には「草の根」と「エリート」という言葉を対にして用いますがこれは二者の間に本と末の関係があると認めているのだといえます。台湾の翻訳はなかなか上手でエリートを“菁英”といいますね。菁英とはもともとは草木の花のことで、つまり草木の精華ということですから、草木がなければ菁英もありえないわけです。しかしドイツの左派はイデオロギー主導の時間が長すぎた上に、政治構造が多党連合政権で政治の構造が変えられずにきており、政治的なエリートたちは自分たちが草の根の栄養(税収)によって咲いている花だということを忘れてしまったようです。

    ドイツのメルケル首相は無制限難民受け入れ政策を宣言し、難民が津波のように欧州に押し寄せるようになってしまいました。彼女はこれがドイツを永遠に変えてしまうと承知した上で、それでも、メデイァをコントロールし、反対者を弾圧し、世論を誘導することによって自分たちに有利な政治的雰囲気を作り上げてずっとドイツ人がじっと我慢してこの構造変革を受け入れてくれるように期待していました。しかし難民が様々な犯罪を引き起こし、ドイツへの難民に紛れて他国でテロ攻撃を行うようになってしまい、欧州各国国民の難民政策に対する不満はすでに抑えがたいレベルになっています。

    米国のピュー・リサーチセンターが数日前に発表した最新の世論調査では各国の民衆はみなEUの(実は盟主のドイツの)難民政策に反対です。調査対象国はギリシャ、フランス、スエーデン、スペイン、英国、ポーランド、ハンガリー、イタリー、ドイツ、スエーデン、オランダなど10か国のEU主要メンバー国家の1万余人を対象に行った調査で、難民政策に対する不満は上昇中で、最高のギリシャでは不満な人々が94%、スイスが88%、ドイツの不満は第9位でこれも67%に達しました。去年は87%が難民を歓迎していたのですが。

    欧州一体化に対してもますます反対が強まっています。EUにとどまりたくないという人々が半数近くに及び、EUに対する好感度もこの半年でずっと下がりっぱなしです。この傾向を一番よく示すのが民衆のEUに対する支持率の下降です。2015年と2016年のデータではフランスとスペインでは10%以上減って、前者は17%、後者は16%も下がっています。ドイツ、イギリス、イタリーでも楽観は許しません。EUのエリートたちはこの局面を見たがりませんが、「民族主義 ’vs 国際主義」の流れは様々で、EU参加を長年ためらったあげく最終的に参加申請をようやくだしたスイスはついにこの6月、申請を取り下げました。

    政治家たちは民衆が選出したもので、議員たちは理論上は民意を代表しているのですが、ドイツの政界は民意を察する必要があるとおもわず、逆にこういう「愚民ども」の観念に問題があるとおもっています。ガウク大統領の「エリートに問題なし、問題があるのは民衆だ」という言葉だけではありません。その他の左派エリート、つまり「人民代表」たちも今、難民政策に反対する人々に様々な嘲笑軽蔑を公然とメディアの上で民衆罵倒競争状態です。北バイエルン州の社民党内政部長のジーガーは「上品なナチス」と呼び、社民党副総理のガブリエルは痞子(Pack/ごろつき)呼ばわりし、ザクセン州のドイツキリスト教民主同盟のウリベ内政部長は「ネズミども」と、社民党法務部のマッセも反対派を「ドイツの恥」と罵るありさまです。こういう政治家たちの罵声に対して、国民側からはきっぱり「我らごろつき」というネット上のグループができ、エリートたちの罵倒に反撃しています。

    ドイツの連邦軍事大学教授のミカエル・ウルヴソンは「市民の勇気」という書の中で「我々の国家は自称国家だが、もう国家じゃなくなってる」と国民を見捨てた国家を嘆いており、⑴ 政治家、教会、組合、企業、メディアがみな市民を支持せず、政治家が市民を馬鹿にするのを聞き流し、副総理が難民に反対する市民を「ごろつき」よばわり。⑵ 堕落した国家は市民に背を向けられるし、市民に勇気を奮い起させることもできない。1989/1990年の市民は「我々は人民だ」と発言しベルリンの壁を壊したが、いまや「われわれはごろつきだ」だ。⑶ ドイツの未来は真っ暗。

    左派の「ポリティカル・コレクトネス」という言葉からみると以上の欧州各国の民族主義の台頭や国際主義に対するチャレンジはみな大いに許しがたいけしからぬことだ、ということになるのです。この二年ほど左派たちのいう「国際主義」というのは実は無条件に中東難民に門戸を開放する、という意味になっているのですが。

    ★人民と政府(EU)は水と舟

    西側の左派のワールドドリームはずっとだいたい同じでした。マルクス主義は暴力をつかって旧秩序をぶち壊しましたが全世界に共産主義を実現するという理想は1989年以後、木っ端微塵となりました。いまや各国が自分たちの意思で参加するという原則でつくったEUも問題が山積みになっており、難民政策が反対を受けていることで左派の世界大同の理想が深刻に打撃を受けています。高福祉主義もいまや財政危機から維持するのが難しく改革の必要があります。こうしたことは実は左派政権が政権をあまりにもながく握ってきたがためにおきた弊害で本来なら民主選挙や自由なメディアを通じて正されるべきものでした。しかし、「ポリティカル・コレクトネス」を堅持してきたドイツ左派は失敗を甘受するわけにはいきませんので、各種の極端なやり方、間違った方法で民衆に対抗しており、その結果自分たちが自国の民主法治主義の最大の破壊者になっています。(「ドイツの憲政・法治の弱体化一25周年におもうー」heqinglian.net/..-refugee-crisis

    20世紀は西側の左派によって「人民の世紀」と呼ばれました。というのはこの世紀は人民の意思が最大限度実現し、民主制が世界の各地で広がったからです。フランシス・フクヤマ(ja.wikipedia.or..%83%A4%E3%83%9E)は民主社会には優越意識と平等意識が存在し、どちらも民主体制を覆す可能性がある、といいました。でも彼は西側民主国家の新たな病に気がついていませんね。それは、選挙によって舞台に上がった政治的エリートと民意の代表は自分たちの「ポリティカル・コレクトネス」のために、故意に自国選挙民とトラブルをおこし自分たちの言うことを聞かない選挙民をごろつき扱いする、ということです。この病気がもし治らなければ民主制度は「一番マシな制度」という座からもころげおちてしまうでしょう。独裁国家は現在死の灰の中から不死鳥のように蘇ろうとして、独裁者連盟は前世紀の70年代並みに盛んになりかねないのです。

    1000年も前に、唐の太宗・李世民は君民の関係を「民は水、君主は舟。水よく舟を浮かべ、水よく舟を覆す」と喝破しました。この話は今日、依然として政府と人民の関係の真実をついています。民主国家であろうと専制国家であろうと、民意に逆らうなら良い結果は期待できません。違いはただ民主国家は選挙の票で政治家を退場させ、専制国家では人民は暴力で政府を退場させるというだけのことです。(終わり)

    拙訳御免。

    原文は;何清涟:民主国家新病症:精英与民众分裂
    voachinese.com/..03/3402923.html

     

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