• 国営企業改革ー30年前に逆戻りする中国

    by  • August 6, 2016 • 日文文章 • 0 Comments

    何清漣

    2016年8月3日

    全文日本語概訳/Minya_J., Takeuchi Jun

    https://twishort.com/wUOkc

    最近、中国の大ニュースは習近平と李克强という二人の中国指導者が国営企業改革で完全に分裂したことです。惜しむらくは国外の分析はみな李克强の総理再任はないだろうとか権力闘争にばかり目がいってしまい、習近平の国有企業改革は既に行き詰まりだという点に向けられていないことです。

    ★国営企業の習近平・李克强の分裂

    7月1日に中国のメディアは中国の上場国営企業の定款に次々に重大問題についての決定には中共の党委員会が関わるという「党建設条項」が設けられるのを発見しました。7月4日には習近平と李克强がそれぞれ別個に全国の国有企業改革座談会に対して全くあべこべの指示をだしました。

    習近平は国有企業を「強く、優れ、大きくすべし」ということで中共の国有企業に指導強化を打ち出し、中共党組織の政治的革新作用を十分発揮せよとしました。これに対して李克强は国有企業は「スリム化して体質強化を」というもので、「国有企業は市場ルールを遵守すべし」でした。両者を比べれば、習近平の「国有企業改革」は80年代中期の趙紫陽総理時代に提唱された「政治と企業を分け」「党組織は企業経営管理から事実上退出し企業の長が責任を負う」制度以前に戻るということで、これに対して李克强は90年代から一貫して堅持されてきたものの難航してきた市場化の方向で、これは「国際的なルールと軌を一つにして連結していく」長期目標でした。

    二人の指導者が全く相反する方向の指示を出したために、執行側は困りました。長年の経済分野での仕事の経験から言えば、彼らは李克强がいうことが正しいと知っていますが、政治的な危険度という角度から見れば、習近平の意思には絶対逆らえないからです。で、執行部連は悩み抜いたあげく、米国のウォールストリート・ジャーナルを通じて習近平が李克强に有効な国政を行えないほどあまりにも多くを独占して何事にも口をだし、李克强やその他の経済管理の人材から権力を奪っているという記事となり、関連当局が同誌の言い方と見通しに対して反駁したのでした。

    ですが、こうした批判は習近平の国営企業増強への歩みを阻止する力はなく、所詮儚い抵抗でしかありません。

    ★なぜ習近平の「国営企業改革」は30年前に逆戻りするのか?

    45歳以下の人はご存じないかもしれませんが、習近平の国営綺語改革はまさに毛沢東時代の計画経済モデル下の国営企業経営方式と同じなのです。

    「大きく、強く」という方向は習近平の独創ではなく、これは李栄融が2003年に国務院国営資本委員会主任になってから提出した国営企業改革方針です。李のいう「大きく、強く」というのは実は政治権力が資源分配に介入するということで、国営企業に無料でできるだけ多くの資源を与え、国営銀行の意できるだけ沢山の金融的なサポートをさせ「大きく、強く」するということです。

    当然、李も「大きく、強く」なってからは国営企業はそれ相応の社会責任を果たすこととしています。温家宝が国務院のボスだった間に、李栄融の「大きく、強く」政策は結果として「国進民退(国営企業が伸びて、民間企業が衰退する)」とよばれる事態を招き、これに対する恨みと批判は多く、また結果もひどいものでした。

    しかし、習近平の「国営企業改革」は、李栄融よりさらに一歩すすんだもので、中共党の企業管理の項目には朱鎔基の国営企業改革以前の状態にはっきり戻ることが書かれています。すでに発表された国営企業規約によると、企業ガバナンスの構造の中に新たに中共党委員会と紀律委員会が組み込まれ、その7大職権が明確化されています。取締役会が企業の重大問題を決めるときにはまず真っ先に企業内の中共党委員会の意見を聞き、企業の中の党委員会はCEOが取締役会に対するようにその問題を研究討論し、意見を提案する、となっています。否決権がある以外、一切は朱鎔基改革以前に戻ります。

    ★朱鎔基はなぜかつて国営企業改革を行ったか?

    中共が政権を取って、1950年代から工商業社会主義改造を通じて、公有制度下の計画経済体制となりました。その後20余年間、社会主義国家の国営企業の存在の弊害は大変で損害は深刻なもので中国国営企業も同様でした。1978年の中国共産党第十一期中央委員会第三回全体会議(*78年12月18日から12月22日)後、鄧小平は再度出馬して経済改革を推進しはじめ、社会主義制度堅持を前提としながら、しかし個人的小規模私営企業経営を許し、同時に計画経済を弱めました。鄧小平が1997年2月に死んだ同じ月に、中国政府は直ちに全面的な国有企業改革(事実上の非公式な私有化承認)を推進しました。時の総理・朱鎔基がこうした政策を決めたのは二つの点から考えてのことです。

    第一には国有企業は銀行からの借金を返す術がなく、国有銀行システムは破綻に瀕していました。鄧小平時代の経済改革では国有企業の弊害は解決する術がありませんで、有給人員過剰、人間の数がおおすぎ、効率は低下し、浪費は仰天もので、損失は深刻、ただただ国有銀行の長期借款に依存して経営しているだけでした。経営状況が日増しに悪化し、多くの国有企業は銀行への借金返済を滞らせており、利息すら払えない始末で、1996年国有企業の不良債権に期限超過の借金を加えた金額は総借款の7割前後にもなっており、国営企業にこれ以上資金を注ぎ国ならば金融システムが破綻してしまうところでした。

    第二には、中国は輸出拡大のためにWTO参加を焦っておりました。当時、WTOが中国を受け入れるには前提があって、15年間に中国は必ず市場経済を打ち立て、計画経済を取りやめ、国有企業の私有化をはからねばならず、もしそれができると証明しなければ参加できなかったのです。

    朱鎔基は1997年末から国営企業改革を推進し、当時この政策は「大きなものをしっかりつかみ、小さなものを放す」といわれたものです。「おおきなもの」は希望の大きな国民生活に関係する金融、エネルギー、電力、電信、交通などの企業でその資産を再編成した後株式上場しました。この資産の再編成とはつまり国営企業が外部の人や外国資本に一部の株式を売りにだすことでしたが、国家が依然として51%以上の株式ををもつか、筆頭株主でした。「ちいさなもの」とは先行きの芳しくなさそうな、あるいは損害が深刻な中傷国有企業を売りにだすことで、その私有化を許し、政府の重荷をおろそうというものでした。

    中国はこの私有化の過程を二段階に分けて実行しました。第一段階は1997年後半から2001年、4年あまりの間に主として中小国有企業を私有化させ、元の工場管理者のトップ層の個人企業にするものでした。第二段階は大中の国有企業の部分的私有化で、2002年ごろから始まり2009年に基本的に完成しました。その手段は国有企業の改組後の上場で、管理層がMBOによって株式を得たり、職員の持株にしたり、外資との合資、私企業との合弁などをおこないました。これらの企業の資産規模は膨大なもので、工場トップ層でも自分達だけでは飲み込むわけにはいかず、通常は銀行からの借金で株を購入しそれを高層、中層の幹部にもたせたり、賄賂として許認可権をもつ政府官僚やその家族に贈ったりして利益を共謀たのです。こうした共産党の国営企業幹部と政府官僚は元手いらずで大中の企業の株主となり重役となっていき、職務を利用して資産家にのし上がって行きました。李鵬の娘の李小琳ら100人を超す紅二代目というのはこのMBO方式によって「公を私する」ことによって巨富を築いたのでした。

    ★「大きく、強く」の国営企業は前途なし

    90年代末、市場化推進のために中国人は「公を私する」略奪を耐え忍んだのでした。しかし、胡錦濤晩期に始まった「国進民退」によって国営企業は事実上また朱鎔基の国営企業改革以前の状態に戻ってしまいました。大量の優良な資源を独占し、政府のくださる様々な優遇政策を享受し、最後には大量の公共資源をごっそりいただいても利益はあげられないという怪物になったのです。

    ではなぜ、政府はこんな国営企業を維持しなければならないのか、についてはすでに「中国銀行・国営企業と労働者の「囚人のジレンマ」
    heqinglian.net/../banking-crisis 2016年4月4日)ではっきり書いておきました。それは国営企業が政治的に役立つ効能があるからです。
    ⑴ 国営企業は中共失政の経済的基礎。資源と業界の独占によって巨額の利潤を政府が吸い上げられる。
    ⑵ 国営企業は非正常な政治活動の小さな金庫となる。大量の非正常な政治費用は国営企業という土台を通じて支払われ、統治集団の特殊な統治コストを秘密にできるからです。

    習近平の「国営企業改革」は現在、「第二次国営企業改革」と呼ばれ、朱鎔基の1977年に始まった第一次国営企業改革と区別されています。その方向と内容から見ると、これは30年前の政治と企業が分離されていなかったあの状態に戻ることに他なりません。つまりこの30年の国営企業をめぐる曲折は、まさに一群の党官僚、国営企業経営者、紅二代目以外の中国人には全く得るところがありませんで、そのうえ今度は許された「市場化の方向」までみんな無くなってしまうのです。

    興味深いのはこの二度の相反する方向の改革はどちらも「国営企業改革」と呼ばれていることで、これは14年前に書いた「中国改革の得と失」《中国改革的得与失》で申した通り、中共政府のもとではそれが前向きだろうが後ろ向きだろうが、あらゆる動きはみな「改革」の名をかぶせて行われ、最後にはいたずらに虚名となるだけなのです。(終)

    拙訳御免。
    原文は;国企“改革”:时光倒流30年 voachinese.com/..02/3446703.html

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