• ★中国は一体どんな「革命」が必要なのか?★2014年7月26日

    by  • November 22, 2016 • 日文文章 • 0 Comments

    中国で政治を語る際、「革命」は嫌でも欠かせ無い用語です。しかし、真面目に討論すればするほど最後は、いつも喧嘩別れの気まずい話になってしまいます。それは双方が自分たちでは気づか無いうちに簡単にデフォな罠に陥ってしまうからです。一方が「革命は必然的に暴力革命になる。現状は確かに良く無いが、流血の革命よりマシだ」といえば、もう一方は、「革命でなければ、反革命だ。反革命は現政権と共犯だ」と言い返します。意見が錯綜するのは、どちらも「民主憲政」をスローガンにしているのですが、心の中では共産革命モデルの「清算」や「財産再分配」や「翻身」でいっぱいだからです。
     実は、中国が直面する、いわゆる「革命」の問題は、三つの位相面で分けて話すことができます。

     ★第一 ; 中国は「革命」を必要とするのか、しないのか?

     この問題の本質は、いかなる方法で中国の現状を変えるのか、もうちょっと学問的に言えば、政治的モデルチェンジを果たせるのか?です。どんな社会もモデルチェンジには幾つかの可能性があります。それには、統治者が外圧の下で自分からやる改革もあるし、革命もあります。王朝末期の革命は往々にして、改革との競争でした。清朝末期は改良が革命に勝てなかったから、武装蜂起で始まり、皇帝退位のあまり暴力的ではなかった辛亥革命となりました。

     現在の中国社会では、腐敗が横行し、権力貴族階級が公共の財産を好き勝手に私物化し、社会の貧富の差は巨大で、民衆の人権は極端に剥奪され、欲しいままに踏みにじられて、統治集団は人権方面ではほとんどいかなる改善もしようとはせず、言論の統制、政治の統制は日増しに厳しくなっており、改良の道は完全に行き詰まっています。こうした状況の下で革命は既に、選択から外せ無い項目となっており、その正当性と必要性は疑う余地はありません。

     もし、1990年以前であれば、中国人は革命の話になれば先入観にとらわれ、革命なら共産革命だけだとおもっていたでしょう。歴史にちょっと詳しければ、当然、他に例えば、李自成の農民革命があり、洪秀全の太平天国があり、みんなどれも暴力的色彩が強く最後にはみな専制政権になったことも知っていたでしょう。しかし、ソ連と東ヨーロッパの大激変の後では、状況は変わりました。人類社会が暴力と血なまぐさい方法以外のモデルチェンジの道を探し当てたのです。これがビロード革命や、二十一世紀の始まりの数年に起きた各種の「カラー革命」でした。2011年に起きた中東や北アフリカのジャスミン革命ですら、共産革命の様に社会経済構造や社会秩序をめちゃめちゃにはしませんで、その動揺は遥かに少なかったのでした。ですから、現在、もしあらゆる革命はみな大流血を伴い、天下大乱になるとかいう風に思っているなら、それは中共が教育を通じてその人達の脳みそに流し込んだ間違ったプロパガンダです。

     しかしながら、こうした間違った見方は革命や革命に反対する人々にも、大モテ大人気です。革命を主張する人々の方には、民主憲政のスローガンを怒鳴ったあと、少なからぬ人々が、ついうっかりと口を滑らせて「土豪をやっつけ財産をわけよ!俺たちが主人になるんだ!」とか言い出します。革命反対を唱える人々の方では、財産のある人々や中産階級を素っ裸にする話など聞くと、文明が百年以上後戻りして、田舎の百姓どもが権力を握り、未だにそのせいでえらい目に遭わされている「鉄砲から生まれた政権」の暴力革命を思い出し、それならまだ現場に甘んじて、我慢してもまた、昔のようなギャングみたいな連中がムチを振るう共産革命(毛沢東が賛美した無頼漢革命)よりマシだ、と思います。清の末期には何度も立憲改良主義か革命か、が論じられましたが、論じていた人々がみな学問教養のある人たちで少なからぬ経典や教養を展開したものですが、いまや双方が論争になると、最後には互いに罵り合っておしまいになるばかりで、見るべきものがありませんね。

     第二 ; 中国は、どのような「革命」が必要なのか?

     理想的なお話をすれば、中国は中央欧州の国家の追随して、平和的なモデルチェンジを果たすのが一番良いのです。しかし、残念ながらこれは只の願望にすぎません。というのも中国には中央ヨーロッパのようなモデルチェンジを果たせる文化的基盤がありませんし、社会メンバーの素質も完全に異なっています。チェコやポーランド、ハンガリーはどれもみな輸入型の共産国家でしたし、彼らの国々はロシアや中国のような長いしっかりした専制国家の伝統を持たず、ましてや中国のような深く根ざした小農平等思想(結果の平等を求める)もありません。ソ連共産党の鉄腕政治の統治下で、こうした国々はソ連への恨みはダブルで存在しました。一つには共産主義制度を憎むこと。もう一つは民族的圧迫への深い恨みです。これらの国々でのソ連に対する反抗はほとんど途切れることはなく、1956年10月のハンガリーの「十月革命」、1968年のチェコの「プラハの春」、1970年のポーランド、グダンスク造船所の大ストライキは労働組合を団結させました。こうした国家は社会主義陣営の崩壊以前に、すべて程度は違いますがそれぞれ、ある程度の政治空間が解放されていましたし、政治空間も今日の中国より緩やかに存在しました。中国の一部の青年「革命者」たちはこうした状況を理解しておらず、共産党国家でのビロード革命は一夜にして天から降ってきたぐらいに思っています。

     上述の国家はまた、モデルチェンジの中から社会の共通認識を形成しました。自由はタダではないこと、モデルチェンジには代価が必要なこと、そのひとつは経済が悪化し、生活水準が現在より低くくなりかねないこと…こうしたことを我慢する用意があって、文句を言う人は少なかったのです。幸いなことに経済悪化は割合に軽度ですみ、時間も短い間で、モデルチェンジの苦痛はそんなに強くはありませんでした。もっと重要なことは、こうした国々の世論はモデルチェンジの時期に、それが前の共産党員だろうが、異議人士であろうが、誰に対してもどさくさを利用して一財産儲けてやろうというような如何なる試みも許さなかったことです。ですから、中欧の国家のモデルチェンジの腐敗は、以前ソ連に属していた国々に比べてはるかに少なかったし、「異議人士」だったからといって、金持ちや役人になれるということもありませんでした。これは、革命がおこれば自分たちには新しい時代がきて、自分もうまい汁にありつけるのではないか、とか期待している中国の青年たちからしたら、まったく自分たちの願いと一致しないことでしょう。

     第三 ; 中国で一番ありそうなのは、どんな「革命」か?

     中共政権は第三波の民主化によって、ジャスミン革命によってもビクともしませんでしたが、それでもすべての問題は溜まりに溜まったまま今日に至っています。もし民主化の核心となる問題が人民と政府の矛盾を解決し、人権の保障を得るという事であるなら、中国に積み上がった問題はいくつかの層にわかれます。

     人民の政治権利の剥奪。現在に至るまで中国人民は形式的な普通選挙の権利すらありませんし、言論の自由、メディアの自由、結社の自由も深刻に剥奪されたままで、人権状態は暗黒王朝の北朝鮮よりちょっとマシといったところです。

     中国は依然として国有・公有制度を中心にしており、国家が一切の資源を独占し、国民の民生計画に関係するリソース、交通などの公共資源の値段などすべて、マーケットによっては決定されません。社会福祉・福利は中共の党政治機関と国営企業の労働者にだけあって、その他の回想は、福祉といっても極めて限られたものでしかありません。

     中国人の生活環境は深刻な脅威を受けており、社会道徳は地に落ち、信用システムは崩壊に近く、腐敗は国家という体の細胞におけるガン細胞のように浸潤しております。

     社会的上昇への道はほとんど閉ざされており、貧富の差は極めて深刻で、失業率は高く、都市部と田舎の総失業率は三割以上で、エジプトやリビヤなどの国々に比肩するものです。社会底辺の人々の数は膨大で総人口の七割前後を占めます。

     ですから、中国の革命ということになると、それに期待を寄せる各階層の希望も完全に違ったものであり、大変複雑です。中産階級は権利問題を解決し、返してほしいと願っています。しかし、多くの底辺層のメンバーは再び、富を再分配することの方が興味があります。更に一部の人々は革命を通じて、自分たちが偉くなろうと願っています。

     権利の問題を解決するのは民主革命ですが、革命を通じて偉くなろうとするのは民主革命ではなく、共産革命です。民主革命は権利問題を解決できますし、私有化の問題も解決できますが、底辺層が「翻身」して偉くなる望みを解決することはできません(だって、普通選挙がありますから)し、ましてや、短期間内に失業問題と貧困問題を解決するとなんかできません。共産革命だけが一夜にして、底辺層を「翻身」させてくれますし、とりわけ、革命に参加してうまく「創業者株式」にありついた底辺層をてっぺんに押し上げてくれますが、しかし、それは全て、全社会メンバーの人権を剥奪するという前提があって実現する話です。

     中国の今後の革命には一筋の道しかごありません。両方というわけにはいかないのです。専制国家は「頭をちょん切る」政治ですが、民主化は「頭数を数える(*票数)」政治です。暴政の下では容易に、ポピュリズムが育ちます。暴政が終わったあとに「頭数を数える」政治である選挙政治になっても、容易にポピュリズムに巻き込まれます。ラテンアメリカのベネズエラやブラジルの例、アジアの国にも前にはフィリピン、後にはタイの例があります。フィリピン人はまず腐敗の暴君であったマルコスを選び、いまだにマルコス夫人を懐かしんでいます。中国はアジアの政治文化に属し、また共産文化の専制を受けました。どんな革命が出現しようとも、実際にはそのコースから離れられない「過去の轍(*パスディペンデンシー)」があります。これは川の上流が泥水で濁っていたら、それが下流になったらきれいな水になるだろうと期待することはできない、ようなものです。

     エジプトのジャスミン革命は多くのエジプト民衆の様々な願いを載せた革命でした。少数の青年リーダーたちはこの革命を通じて、「街頭の石投げ」から、「政府の役人」になろうことを望みましたが、選挙では利あらず、現実の民衆は彼らが広場革命を指導したからといって選挙で彼らを選んだりはしませんでした。別の青年リーダーは他人と協力しあって政府の仕事に携わりましたが、2013年の第二次革命で、また元の木阿弥になりました。革命後に就職のチャンスを得て貧困から脱出しようとした青年の多くは何も状況が変わらないので、第二次革命をおこしましたが、結果は軍政府が復活し、その他のあらゆる状況は革命前より対して変わることなく、全体ではむしろもっと悪くなりました。

     中国人が権利を欲するのか、それとも財富をもう一度「分配」するのを選ぶのか(この財産というのは国有財産以外の富のことです)。これはエリートが政治を行うのか、それとも社会底辺、周辺層の人々が革命を通じて「翻身」して権力を握るのか、この二つの道は異なった目標です。ちゅうゴックが最後にどのような革命を迎えることになるのか、軌道はすでに敷かれて、運命の列車はすでに軌道上を進んでいます。「聖書」の中のサムソンのような巨人が出現してポイントを動かさない限り、列車の進行方向は変えることができないでしょう。(終)
    (《中国人权双周刊》第134期 ,2014年6月27日—7月10日,biweekly.hrichi..g/article/19139)

     拙訳御免。原文は;中国究竟要什么样的“革命”
     
     
     これは翻訳漏れしていたので、二年後の今、翻訳しました。

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