• ★「雾霾」を気象現象だとする中国の政治魔術★2016年12月21日

    by  • December 20, 2016 • 日文文章 • 0 Comments

     

    中国の12の省と特別市の5億人の暮らしは悪性スモッグ(以下「雾霾」=wù mái /う・まい)に覆われています。今年はどれぐらい深刻だったのか? 「河北の多くは計測不能の地獄 石家荘PM2.5は1000を超える」という一文に添えられた写真には驚かされました。人々がまるで幽霊のように夜中に歩いているようです。でも、中国人に言わせればもっとひどいのはこの「雾霾」が北京市政府によって「気象災害」とされてしまうことです。これは「気象災害は気候の変化によって起きるものであるから、人間は自然に勝てない。だから中国人民は『雾霾』は日月星辰、風雨雷電同様に自然の生態として、政府による解決を期待すべきではない」ということです。

     

    ★1999〜2016 中国雾霾の華麗な変身

    北京が最近発表した「北京市気象災害防止条例案(草案)」は「雾霾」を気象災害に分類するものです。この情報が伝えられると、論争が一気に広がりました。政府の新基準に賛成する中国科学院大気物理研究所の胡非は中国内外の歴史的文献を援用してこれを”証明”しています。

     

    解放前(1949年前)、中国研究員気象研究所が出版した「測候須知」(1929年)、「気象観測」(1947年)など、スモッグの定義と基準について「国際上では世界気象組織(WMO)や各国の気象機関(英国など)もみなスモッグを天気現象に分類している」というのです。

     

    胡非氏が中華民国時代のデータだけを引用して「全てがひどい時代だった解放前にはスモッグは自然現象だった」と主張なさるのでしたら、私は手元にそんな資料は持たないので何も反論できません。しかし、彼が英国を例にあげているのは間違いです。1952年のロンドン大スモッグ事件は大変有名で、大きな衝撃を社会に与え、英国が大気汚染問題を解決するきっかけになると同時に、このスモッグが深刻な問題だということを世界に知らしめたのでした。英国政府はそれ以来、さまざまな燃料使用規制を打ち出し、工場煤煙の基準を定めました。1956年と1968年の「大気浄化法」(1956 Clean Air Act)、1954年の「ロンドン市法」(City of London (Various Powers) Act 1954)などです。後にロンドン市民が比較的きれいな空気を呼吸できるようになったのはこうした政治の賜物であって、風が吹いてきてスモッグを吹き飛ばしたからではありません。

     

    胡非氏が持ち出した中華民国の資料をうんぬんするよりは、中国政府の報道を見たほうが良いでしょう。どなたかが17年前の「北京晩報」をひっくりかえして、1999年3月9日の「絶対大気汚染を新世紀に持ち越してはならない」という記事を見つけてきました。この記事には北京市委員会書記の賈慶林が北京市の大気汚染に対して「我々に逃げ道はもうない」と言い、国家環境保護局総局長の解振華が北京の人民代表団の代表の意見を聞いて「北京にうるわしい水と空を取り戻すために共同で解決策をはかる」という談話に言及しています。解局長は「汚染の深刻さを二十一世紀に持ち越してはならず、国務院は北京市の大気汚染対策の目標と対策を審議する」と述べています。

     

    英国の大気汚染対策はまず汚染を認め、続いて対策を練りました。中国の対策はまず大気汚染対策を約束して、後に大気汚染を「気象災害」に再分類することで、対策を放棄しました。その違いは民主制度下の責任ある政治と専制独裁政権下の無責任政治との差です。

     

    ★1999〜2016 オリンピック、APECの青空は「雾霾」が環境汚染だと証明

     

    復旦大学の環境資源とエネルギー法研究センターの張梓太の見方は胡非と違い、「気象災害は自然災害の一種であり、自然災害は人間の力では制御できない。雾霾は人間の活動と緊密に関係しており、それを自然災害にするのは科学のルールに反する」と述べています。
     
     

    私も張氏の見方に同意します。中国政府は五輪やAPECなどの大きな国際行事を無事に挙行し、大変な努力で「雾霾」を押さえ込み、北京に滅多にない青空を実現し「五輪晴れ」とか「APEC晴れ」と言われました。確かにその代償は大きなものでした。というのは「雾霾」は車や煙突、工場、飲食業、羊の串焼き、麦わら処理などと関連し、中国政府は五輪やAPEC会議の二ヶ月前から、北京、天津、河北から山東、山西、内モンゴルなどの周辺地域で工場生産を次々に停止させ、飲食業を営業停止にして、車の運行を制限し、北京全市内のあらゆる工事現場での作業を中止させました。つまり、一切の生産活動をほとんど全てストップさせ、人々の暮らしをその間、変えてしまい、やっと青空を実現したのでした。しかし、この事実は「雾霾」の出現原因と人間の生産活動が密接な関係があり、「雾霾」を気象災害にしてしまうのは責任逃れだということをはっきりと証明しています。

     

    中共政治はもともと責任を負う政治ではありませんから、役人たちは上級政府に約束するときは往々にして大ボラを吹きまくりますが、実際にやれるかというとほとんどできないのです。2014年1月北京の両会の席上、部錦糸町の王安順は北京を代表し、中央に「2017年に大気汚染問題を解決できなければ首を持ってこい」と約束しましたが、後にこれを嘲る声があまりにも多くなったので、仕方なくあの話は本当に頭を持ってくるという意味ではなく、大気汚染退治への信念と決心を表明するだけだ、と”悔い改め”たのでした。

    「雾霾」が「気象災害」になった背景

     

     

    2011年の「中米空気外交事件」を皆覚えているでしょう。2011年10月、潘石屹が米国の北京大使館の空気観測データを公表しました。米国領事館と自国政府の公表した大気の質に関する情報のうち、中国人は自国政府の発表を信じようとはせず、米国側のデータを信じて、次々に政府の情報は嘘だと責めたのでした。この「空気の大波」はついに最後には中国外交部が米国に中国の空気に関するデータを発表するのは「内政干渉だ」と抗議するに至って、世界中の物笑いの種になりました。

     

    しかし、事はこれで終わらず、2013年12月初め、米国の環境保護局長ジーナ・マッカーシーが「中国の放つ汚染空気はいままさに米国西海岸に向かって吹いている」として、「雾霾」のさなかの北京を訪れ、「南方周末」のインタビューにも遠慮会釈なしに「中国の直面している大気の質の問題をなんとかすることこそ私の訪問の目的」として、技術と研究面での援助を申し出ました。そして、その「援助」の結果は1年余の後の米国戦略研究機関の米国戦略研究機構のランド・コーポレーションのレポートとなりました。(「ランドの選択、汚染か病気か」)
    このレポートは過去10年、中国の環境汚染のコストは毎年のGDPの10%になっていると指摘しました。これは韓国や日本より何倍も高いもので、米国の平均を上回るものでした。大気、水質、土壌の汚染では大気汚染のコストが一番です。2000年から2010年の間の、大気汚染のコストはGDPの6.5%、水質汚染が2.1%、土壌汚染が1.1%です。

     

    ランド・コーポレーションの中国の大気汚染対策への提案は三つありました。一つは石炭、木材、廃棄物を燃料とするボイラー、ストーブは汚染物質を出す元凶。都市部の住宅と商業施設では石炭や、伝統的な生物系燃料やプラスチック廃棄物の使用をやめること。二つ目は発電燃料の転換。特に人口の密集した都市部とその周辺では汚染度の低い、天然ガス、原子力、風力、太陽エネルギーへの転換。三つ目が汚染を撒き散らす車への強制的な措置によって窒素酸化物を減らすことでした。

     

    ランドの大気汚染防止策は主にエネルギー源の燃料転換を柱としていましたが、これらの政策はコストが高くつきます。もしエネルギーを転換するなら、毎年、現在より1400~1600億米ドルかかります。しかし、今や大気汚染がGDPの6.5%の健康コスト(2012年のこのコストは5350億米ドル)をもたらしていることを考えれば、大気汚染の改善と経済生産の増加はこうしたコストを補えるものでしょう。

     

    このレポートが言及していない重要なポイントは「中国ではエネルギー転換には政府の補助が必要だが、健康のコストなら国民が自分たちで支払う。支払う主体が違うので、このコスト計算は意味がない」ということです。ですから、このレポートが本当に実施されることはありません。なぜならば、中国経済はこの現在、衰退時期に入っており、政府は経済危機発生を防ぐので手一杯、ということです。まさにこの時期に、中国人の空気汚染による死亡率は上昇しています。世界保健機関(WHO)のレポートでは全世界の9割の人々が空気汚染の影響を受けており、中国は一番重く、毎年100万人が大気汚染によって死亡しています。米国カリフォルニア州バークレイ分校の物理学者の統計データでは、中国の大気汚染は毎日平均4000人の死の原因となっており、中国の総死亡者の17%を占めています。

     

    「雾霾」への対応は、わずか17年の間に「絶対に汚染大気問題を新世紀に引きずってはならない」から、「気象災害だ」になってしまったとことは、中共政治が「口先だけの責任政治」から「無責任政治」に変わったことの証明です。中国人は「雾霾」に対して、ただ悲劇的な運命だと受け止めるしかなく、「経済発展が環境破壊を招くのは必然的な代価だ」と言うのなら、今は「経済発展が落ち目になった今、政府が汚染対策に乗り出す望みは更にありはしない」です。(終)

     

    拙訳御免。原文は「从雾霾定性的变化看中国政治魔术

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