• ★”李希光現象”に見える社会の緊張ぶり★ 2017年5月29日

    by  • May 30, 2017 • 日文文章 • 0 Comments

     ジョージ・オーウェルの「1984年」は、かつてのソ連の現実を基礎にして書かれた政治風刺小説で、描かれている内容はベラボーな話ですが、でも中国の今の現実たるや、「1984年」よりさらに大ベラボーで、”李希光現象”から、そのビリビリした社会の緊張がチラリとうかがえました。

     

    ツイッターでちょっと小実験

     誰かが、「清華大学の教授・李希光、人民代表大会で、自由な思考禁止を要求」という悪ふざけのインタビューを微信(マイクロブログ)上に掲載し、李希光の口を借りて、中国版の「1984年」を語らせました。その内容がとんでもないものだったので、ネット検索してみたら、これは去年の文章を再度掲載したもので、、これに対して、環球視野(http://www.globalview.cn/ 体制側)サイトには、「メディアの公共知識人が李希光教授についてのデマを流した一件」という記事を、2016年1月に載せ、李希光のためにデマを打ち消していました。

     そこで、突然、私もツイッター上で”小実験”をしてみようという突飛なアイデアが浮かび、まず、李希光が自由思考を禁止すべきだとする文章を、ツイッター上で流してみたらどうなるかなあ、と思ってこんなツイットをしてみました。

     ;【李希光が狂った】;清華大学教授の李希光は、人民代表大会に、自由な思考の禁止を立法化するように求めた。彼は、「人間の思考というものは、他の行動規則と同様、しっかり法的な制約を課すべきものだと考える。…自分がものを考える力があるからと行って、なんでも考えて良いと言うものではなく、頭の中でも他人や社会を攻撃してはならないのだ」と言うのです。

     最初に、【李希光が狂った】と書いたのは、ツイ友の皆さんに、この”李希光”の言ってることは、まともな人間の言うことじゃない、ということを気づかせて、皆んなの反応を見ようという目的でした。その結果、私に、これは悪ふざけの戯文ですよ、と注意してくれたのはほんの数人しかいなくて、他は大体、皆、この”李希光”のツイットに対しての嫌悪の情や反対の書き込みでした。

    中国——とっくにクライシス、なのに崩壊しない“紅い帝国

     4時間後に、私は再度、環球視野サイトの、デマを打ち消す文章にリンクを張って、「李希光が狂った」のツイットをリツイートする形で、こう書きました。

     ;ネットググったら、「メディアの公共知識人が李希光教授についてのデマを流した一件」を発見。ネット友の、中国政府の言論制限に対してネット友の憤懣はますますたまって、”李希光方式”のいたずらで表明するんでしょうね。李希光が選ばれたのはそれなりの「ポジティブエネルギー」を持った発言が、以前にあったからでしょう。どう思います?

     RTされた回数をみると、最初の【李希光が狂った】で、論評したツイ友の数が断然、2番目のツイートより多かったです。これは、メディアの伝搬原理の「不都合なツイート(またはデマ)の伝搬速度と範囲は、それを訂正した情報の伝搬速度よりはるかに早く、広範囲にわたる」の通りでした。そうさせるのは無論、大衆心理です。ただ、こうした状況は、やはり中国政府の世論コントロール環境と一緒に考えないといけません。

      

    李希光が何度も悪ふざけの対象になる理由

     ツイ友連の説明はいくつかの角度からの社会心理を反映しています。ここでは李希光現象と”李希光”の人民代表大会への、自由な思考の禁止要求というデマ情報への、ツイ友の回答を載せておきます。

     中国の弁護士@Chinalawerは、「何先生、李希光事件の背景は結構複雑ですし、十数年経た話です。……李はその当時、”人肉捜査”(ネット上で、皆で身元や言動をよってたかって調べ上げる)で確かに、内部で極左的意見を発表して、皆に攻撃されていました。あの文章はその中の一つで、彼を攻撃するために書かれたものです。あの事件後から、公共知識人(政府と異なる意見を述べるインテリたち)と五毛の戦いの新モデルが生まれ、利用したり反対に逆利用したり、一言では言えないぐらいの騒ぎになったんです。

     田北銘@chinayvanのいくつかのツイットでは、「嘘じゃあないです」として、「思想を愛するネット」上の、李希光の文章の、「我が国が長期的に外部の世論と環境による挑戦を受ける」、「ネット管理と国家の認可」、「朝鮮は中国の核心的利益」などなどを紹介しました。これらの文章は皆、当局擁護の側に立つものでした。最後に、田北銘は、「奴は、小賢しく、本当の賢さのない、説教はあっても、論理はない、いい加減で、事実に基づかない、おべっか野郎の人格のない、悪を助ける文章の棍棒を使うクズ」と評しています。

     午夜遊民@bafieldは、「何先生、なんで今頃10年以上前の昔のデマを取り上げるんです? でも、確かにこの李希光はろくな奴ではないですね。ネット実名制はこいつが2001年に真っ先に言い出したことです。当時はネット民からこてんこてんにやられて、”李希光事件”と言われましたっけ。ネット調べるとこの話は百度ネットの「李希光」の項目に書いてあります。「ネット実名制が一番早く、公衆の視野に入って来たのは2002年で、当時、精華大学新聞学院の李希光が『中国人ネット上の匿名が禁止されるべき』と言い出して、これが「ネット実名制」の最初の熱い討論を引き起こした」、とあります。

    石猴 @ArhurWongは、李希光が非難された原因を、「中国GFW(Facebookやtwitterを締め出すファイアウォール)の父・方濱興と同様、悪事を働き、ネットのクソと言われても当然で、知識人が根性が失ってから、ようやく悪口言われなくなった、と。

    fanwu @fanwu4361 は、画竜点睛で、「マジに、これ皆んな信じるよ。だって経歴からしても、現実の感じからしたって、政府側のやつらはこう信じてるもの。もうちょっとたったら、本当にこうなる」と言いました。

     李希光は、実は、人々の政府に対する憤懣のはけ口の代替え物です。私は以前から申し上げて来ましたが、この社会の対立の源は、社会構造の緊張(社会的緊張)です。社会的緊張というこの言葉は、「緊張の理論」(Strain Theory)とか、「文化的規範喪失理論」(Anomie Theory)を源として、米国の社会学者・犯罪学者のロバート・マートン(Robert K. Merton)が1938年に提起したもので、「差別接触理論」(Differential Association Theory)、「社会コントロール理論」(Social Control Theory)と並んで、20世紀の犯罪学3大理論と言われます。この理論の大意は、ある人の成功は、その人が利用できる金銭の量や、持っている物質の量と関係する。多数の社会メンバーがこの目標に向かって、努力奮闘すると、こうした観点は一種の強い価値観になる。しかし、社会条件と経済的現実は一人ずつ違うので、誰もが成功に必要な手段を持っているわけではない。特に、社会の下層メンバーは、広範な社会で、経済的に励ましを受けられるような力を獲得できないために、自分の努力を犯罪の方向に向け、犯罪を自分の努力に対するご褒美を得る一つの手段とする。だから、社会的規範の喪失や犯罪となる。簡単に言えば、マートンは、米国の価値観のテーマは金銭的成功を強調するが、それが社会の異なる位置に置かれた人々の間に緊張状態をもたらす、というのです。

      

    「1984」の中国版

    一事を以て万端を知る …というか、”李希光現象”は、実は現代中国が、次第に「1984」状態になっていくことに対しての、人々の深い不満と恐怖の反映なのです。

     「清華大学の教授・李希光、人民代表大会で、自由な思考禁止を要求」という悪ふざけの文章の中に、「1984年中国版;朝鮮は自由と思考を取り消した後の社会であり、それは我々が学ぶに足るものである、今、私は毎週、金正日大学で、金正日思想を学んでいるが、これは素晴らしいもので、諸君に希望を与え、一種の幸福感を生み出す」、「現在の恐ろしい言葉は『自由民主』であって、これこそ諸君知る多くの事件を起こす真相である。たった数人がそうしたものに染まると、各種のルートを通じて真実を知り、それが脳内に反映されて、社会から認められた思想を追い出してしまう…これが自由な思考というものである」

     以上の状態は、中国人の妄想ではなく、中国政府がまさにやろうとしていることですが、ただ、こういう言い方をしないだけです。ネット友が”李希光”の口からこう言わせたのは、誇張されている点もありますが、しかし、実際、当局の本当の考え方です。”李希光現象”は、実は、以下のような中国社会の緊張状態を反映しているのです。

     (1) 民間と政府側の対立の極端化。ちょっと鋭い人は、既に中国政府の社会への管制強化の中に、中国の未来が極めて「1984年」のようになっていくことを見ています。

     当局のやることが、まさにこの点を証明しています。最近、騰訊ネットが、国家新聞出版広電総局から改善命令を受け、新プロジェクトの申請受付を暫時停止されました。国内のネット世論では、これは「史上最強硬のネット命令がキタ〜」と騒がれています。騰訊ネットがやられた中心的な理由は、「非公有資本はインターネットニュースの取材・編集を行なってはならず、編集と経営業務は分離しなければならない」でした。騰訊ネットは自分たちで取材した時事と政治の社会的視聴者番組を自作したので、二重に違反したことになります。実際に、中共政府は共産党以外のいかなる声も、娯楽番組にも出現することを許しません。つまり中共は公共領域の言説を管制するだけでなく、私人領域の娯楽消費も管制下に置こうというのであり、いわゆる”前向きのエネルギー(政府支持の言論やムード)”は中国社会のすみずみまで行き渡ることになるのです。

    当Webサイト連載のブログ集改訳;日中両文収録 
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     何清漣さんの「中国2015」表紙
    「中国2016 何清漣」近刊予定。

     (2) 民間の草の根からの、体制内の知識人エリートに対する恨み。民間の草の根の憎しみは、李希光が確かに、少なからぬ政府ベッタリの発言をしたことに対しての、自業自得だとしても、その他の公共知識人に対する恨みつらみは、また別の状況があります。于建嶸(中国社会科学院の著名な学者、農村発展研究所教授)の最近の災難がよく表しています。于建嵘は知識人の中で、ずっと底辺層の困窮者に対して注目して努力して来た人であり、その研究活動は、上訴難民や底辺知識層の青年の活路などを含みますが、しかし、最近、彼のアトリエを取り壊し立ち退き命令が出された時(訳者注;現在も、もめ続けている)、”革命派”は万歳を叫びました。これはいささかねじ曲がった恨みというべきでしょう。この点に関しての是非を論じた粛山@mozhessの「翰林の革命をしないお話—我々は”革命税”を収めるべきか」(于翰林不革命的寓言——我们要不要交“革命税”)という一文の中に、なかなか鋭い分析があるので、ご覧になればよろしいかと思います。

     現代の米国の価値観は、一つは金銭的成功で、もう一つはすべての社会メンバーが地位を高める可能性です。この点、中国の現在の価値観は実は米国と似ています。しかし理想はいっぱいあるのですが、現実はか細い骨のようなものです。米国でも現在の社会的な上昇の可能性は日増しに少なくなっていますが、中国ではもっと膨大極まる底辺層がおり、社会全体で全てのメンバーの夢を叶える術は、米国より更にありません。こうした社会の土壌はただ、大量の革命党を生む土壌になるだけなのです。(終わり)

     拙訳御免。
     原文は;“李希光现象”折射的社会紧张 

     

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