• ★共産主義の亡霊がまた徘徊しだした世界 2017年7月6日

    by  • July 6, 2017 • 日文文章 • 0 Comments

    2016年、ブレクジット(英国の欧州連合離脱)やトランプ大統領誕生という、巨大な二羽の「ブラック・スワン」(訳注 : 予想しがたい出来事)の事件が起きた後、欧州は急激に左旋回して、共産主義を崇拝する各種の言論が堂々と登場しています。英国では、テリーザ・メイ首相の保守党が議会選挙で多数派を失い、福祉主義を唱える左派政党の労働党が捲土重来しました。フランスでは、移民と難民を歓迎し福祉強化を唱える、古くからの毛沢東ファンであるエマニュエル・マクロン(39)が大統領選で勝利しました。グローバル文化はイスラム人口の大移動につれて更に、先鋭な衝突に向かい、フランシス・フクヤマの『歴史の終わり』( 1992年)の、「自由と民主が人類最後のイデオロギーになる」という予言は破産し、フクヤマの師であるサミュエル・ハンティントンが「文明の衝突」さまざまな反発や論議を呼んだ大胆は予言の方が、現実となりました。今後の世界が必ずや証人として見るであろう、西側文明と非西側文明の衝突の根源は、西側文明の広がりによって、いったんは封じ込められた多元的な文明が、西側文明側の行き過ぎた拡大によって、刺激され、覚醒させられ、再び勃興してきたのです。

     

    共産主義の亡霊が、世界を彷徨う

     ハンティントンが、予想しなかったことは二つあります。
    ⑴ イスラム主義と中国を代表とする東方(ハンティントンは「儒教文明」と呼びました)、に対して、西側は自分から撤退して、防衛的な姿勢を取っている。
    ⑵ 西側欧米諸国、西側文明が、自我反抗期に入って、かつて西側の主流文明であった共産主義思想に勝利したはずの共産主義思想という亡霊が再び欧州一帯を徘徊し始めた。

     難民の大潮流が欧州を目指し出して以来、ポーランド、チェッコ、スロバキア、ハンガリーの4カ国(ヴィシェグラード・グループ)は、次々に難民受け入れを拒否し、「罰金を払っても、難民は受け入れない」という非協力態度は、欧州連合(EU)各国、とりわけドイツとフランスの両国から、元社会主義のこの4カ国には、ヒューマニズムの伝統がないと思われ、批判を受けて来ました。

     極めてキテレツなのは、欧州のエリートたちは、この4カ国の社会主義の歴史を批判しながら、一方で、欧州の未来の希望を、社会主義のより高い形態 — すなわち、共産主義の理想に託していることです。フランスの大統領選挙で、毛沢東ファンのマクロンが当選したことは、別に私は意外とは思いません。フランスというお国柄は、何年も前から、マルクスの「資本論」のパクリである「21世紀資本論」なる本が出版され、大統領選挙に勝利するために、マクロンが出した政策は、市場化に傾きながら、社会保障を強化し、財政支出を削減して財政赤字のバランスをとるとしながら、公共投資計画や減税によって、失業率を引き下げようという、左にも右にもいい顔をした政策でした。でも、福祉と効率は永遠の駆け引きゲームであり、フランスという享楽主義を愛する国では、福祉政策が400種類もあるお国柄であり、効率のほうはずっと失敗続きで退却を続けています。マクロン大統領になってから、その理想主義的な呼びかけの方が、経済政策の実践より歓迎されています。

    当Webサイト連載のブログ集改訳;日中両文収録 
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     自由競争資本主義とアダム・スミスを生んだ英国にも、マルクス主義による富の再分配という観点を明らかにしたイングランド銀行総裁・ マーク・カーニ-が登場しています。マルクスは周期性の経済衰退を変える方法は、暴力革命による富の再分配だと思っていました。カーニーは、自分は部分的にマルクスに同意見で、本質はやはり富の新たな再分配だと宣言しています。

     マーク・カーニ-は、おおっぴらにマルクス主義理論を認めているのは、彼が孤立していないからで、英国には彼を支持する強大な社会的基盤があります。今年6月の英国議会選挙で、労働党が勝利したのは一連の福祉主義への約束でした。労働党のスローガンは「For the Many Not the Few」(少数ではなく、多数のために)をモットーとしており、重要な政策として、企業税を26%に引き上げ、金融取引税を導入し、国民健康保険制度(NHS)の強化、休暇を増やす、および一連の労働者の福祉に有利な制度や、賃金制度でした。こうした政策には、郵政、鉄道の再国有化、学生のランチの無料化、国民に無料教育サービスを与えるなどがあります。これは、労働党が1983年以来、最も左傾化した政治宣言であり、多くの支持票を集めるのを助けました。

     米国のナンバーワン左派新聞であるニューヨーク・タイムズ紙は、欧州での左翼政治の新たなあけぼのに勇気を得たか、「Jacobin magazine」の編集者で、米国民主社会主義(Democratic Socialists of America)副委員長のBhaskar Sunkara の「もう一度、社会主義にチャンスを」という記事を掲載し、「我々はあるいは、もうレーニンやボルシェビキを狂った悪魔とするのではなく、彼らを良い意図をもって、危機の中にあってよりよい世界を築こうとした人々だとして、選択することが可能なのかも。ただ、彼らの失敗を避けるためにはどうすればいいかは、はっきりさせないといけない」として、人類に、またしてもこの「テスト」を受けさせようと宣伝しています。

     

    中部欧州4カ国は、どうやって左派に巻き込まれないようにしているのか?

     EU各国が、左旋回の路上を狂奔しているのに対して、中欧4カ国ははるかに冷静で、「ポリティカル・コレクトネス」を信奉する左派が牛耳るEUに合わせるのではなく、国内で、比較的現実主義的な経済政策を採っています。中欧4カ国がこのようなことが出来るのは、「共産主義の汚れと垢」をこそげ落とす運動を中心に、社会のモデルチェンジを実現させてきたからです。

     社会主義国のモデルチェンジでは、中欧モデルが、政治、経済、社会の三重の分野で一番、成功を収めていると言って良いでしょう。しかし、国が小さいので、大して注目されることもなく、ウォッチャーたちが注目して来たのは、大部分が、政治と経済のモデルチェンジを同時に進めたことと、「共産主義の汚れと垢の清掃」運動であって、ほとんど誰も、この4カ国が、全面的に社会モデルをチェンジしたという点を指摘しませんでした。しかし、社会のモデルチェンジこそが、この4カ国が、価値観の上からも、道徳的にも国家を再建出来た根本要因で、政治経済の転換の中で起こりえた偏差に対して、相当重要な働きをしました。中国がモデルチェンジに失敗したのは、経済的なチェンジだけで、政治的な変換を拒否したからで、それが社会の変換を失敗させたのですが、これはまた別の機会に書きましょう。

     共産党政権が退陣してから、全社会主義国家は社会再建の巨大な任務に直面しました。つまり、共産党統治が残した精神的”遺産”を清掃して、新たに民主主義制度を作り、自由経済と市民社会にふさわしい価値観と道徳観念を作り出すということです。中欧国家の幸運は、その新たな政治を担うエリートの主体が、知識人と一部の開明的な考えの、元共産党員だったことです。彼らは、三つの再建に重要なスローガンを提起しました。すなわち、「懺悔」、「魂の浄化」、「犠牲」です。この三つのスローガンは、前の共産党の役人や党員に向けられたばかりではなく、全ての社会メンバーに対してのものでした。このスローガンが提起されて以来、社会ではかなり広範な支持と対応が得られましたが、それは制度上の強制ではありませんでした。

     「懺悔」というのは、共産党統治時代に、誰もが多かれ少なかれ共産党がその統治を維持するのに協力したことです。それぞれ様々な理由があったのですが、それには沈黙していたことも含まれ、それは「暗黙の支持」に属します。ですから、誰もが内心を省みて、自分自身の半生を通じて、当時の共産党の過ちがどこにあったのかを認識するようになります。そして、その後、なぜこうした間違いを、一つひとつ自分の思考の中かから排除して捨てていかねばならないかがわかるようになります。
    「懺悔」は、共産党員だけではなく、労働者に対しても同じことです。というのは労働者も、多かれ少なかれ、共産党のそうしたイデオロギーの洗脳を受けており、共産党が言った「労働者階級が主人になる」とか、「労働者階級が国家の主人」だとか、社会主義福祉制度の優越性などのお説教を簡単に受け入れてしまっていたからです。

    「魂の浄化」というのは、懺悔の後、人々は思考の中から、共産党の価値と道徳観念をきれいさっぱり追い出すことです。この過程は、一人一人の個人の反省過程であり、集団行動ではありませんで、自省に基づいて、一種の社会の空気となりました。

    「犠牲」とは、主に社会メンバーが、社会の転換期にとる行為に対してです。共産党体制を終わらせるために、この体制をお掃除ししてしまうために、個人がある種の犠牲を払う、つまり経済のモデルチェンジにあたっては、これまでの共産党時代に自分が得ていた既得権益にしがみつかない、ことです。

     中欧4カ国の知識人のリーダーシップ

     三つのスローガンを実施するのは、主に元々のプロテスターとしての知識人がメディアを通じて呼びかけ、社会の共通認識醸成に効果を発揮出来たからです。価値観と道徳的観念のレベルでの変化以外に、経済変化と社会変化のモデルチェンジにあたって、「犠牲」が表しているのは、元々の国営企業の労働者から、自分たちの既得権を守れという要求がほとんど出されなかったことを表しています。もと共産党政権の幹部は、例えば、定年前の退職など個人的な犠牲をせざるを得ない場合もありました。このモデルチェンジにあたって、社会の主流世論の機長は、「犠牲」であって、「何がなんでもお金」ではなかったのです。世論の圧力の下で、社会角層はどのレベルでも、多少の犠牲に甘んじて、改革の中からうまい汁を吸おうとしなかったのでした。

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    中欧4カ国が「懺悔」、「魂の浄化」、「犠牲」の三つのスローガンを推進出来たのには、大きな背景があったから、これに反対を唱える人が極めて少なかったのでした。その理由は、中欧国家の共産党政権は、全てソ連占領軍が第二次大戦後に育てたものです。ですから、こうした国々の共産党統治、傀儡政府、外国植民地統治は、全てイコールだったのです。こうした国家では、共産党の影響さえ綺麗に拭い去ることが出来れば、民族独立と国家の独立は直接につながっているのです。「懺悔」、「魂の浄化」、「犠牲」にもし反対すれば、それは、ソ連の傀儡政権の立場側に立つということですから、社会の絶対多数の人々から唾棄すべき存在とみなされます。これがなぜ、もともと共産党員によって結成された政党でも、しっかりと社会再建を支持したかということです。もし社会再建に反対するならば、それは、社会的に孤立意味したのです。

     中欧4カ国の社会のモデルチェンジは、プロテスター知識人によってリードされたことによって、民衆は知識人の理念に対する尊敬し、受け入れたことによって、成功し、かつ、EUが日増しに左傾化していく時にあっても、正気を保っていられるのです。中国の現中共朝廷は、インチキ知識人の周小平を飼っており、底辺層は知識の傲慢さに反発し、知識人は、政府からも在野からも攻撃され、蔑視されていますが、これは中国にとって幸せなことではありません。ですから中欧4カ国の経験を紹介することは大変大事なのです。共産党専制政治に反対する家庭の中で、知識人の批判的な言葉での、政府側のシステムとの戦いは、社会のモデルチェンジの成功をリードするものなのです。(終わり)

     注 : 21世紀になって、国際社会で、人々が元共産主義国家だった東欧の国のモデルチェンジ問題を語る際、今では「東欧国家」という概念を使わず、その成功の程度によって4つに分けています。第一は、チェコ、スロバキア、ハンガリー、ポーランド。第二は、バルト海3国、第三はバルカン諸国。第四は欧州地域のバルト海3国を除く、前ソ連に属した国々です。

     拙訳御免。
    原文は : 共产主义幽灵又在世界游荡

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