• ★習近平、「十五字方針」で元老組を封殺★ 2017年8月18日

    by  • August 18, 2017 • 日文文章 • 0 Comments

     「老指導者」が今年のホットワードですが、これは郭文貴の海外での暴露といささかの関係がありました。北戴河会議の前には、少なからぬ人々が、今年の北戴河会議は、老指導者たちが19回大会開催前に、習近平・王岐山を攻撃する最後のチャンスだから、大荒れになるだろう、と考えました。しかし、私は対外宣伝の切り札となる多维ニュースネット(DuoWei News *米国に拠点を置く、親中共メディア)上に掲載された3編の文章を読み、その上、2016年の古い記事「第五代指導者はいかに、元老や老人幹部の影の力を無くすか」が再掲載されているので、これは実は、「習近平の対老指導者政策 」がテーマなのだとみてとりました。多维ニュースネットの総本部は、北京にあり、習近平がコントロールしている中国語メディアです。それが名指しで江沢民を、「老人の政治干渉」と批判したのですから、老指導者たちの「北戴河での最後の狙撃」は、失敗したようです。(そもそも、「最後の狙撃戦」は、起きなかったのです)

     ★老指導者への新「十五文字方針」

     三つの文章を読めば、大体以下のことが分かります。

    : 半年前に、多維ニュースネットは、2015年12月5日に「第五代は元老をどう元老を扱い、政治への影の影響力を封じるか」を掲載しました。この記事ははっきりと、習近平が、「老指導者」に対して採る「十五字方針」を打ち出したのです。それは、「尊重其贡献、警惕其影响、控制其待遇(貢献を尊重、影響を警戒、待遇を制御)」です。この「貢献を尊重」は、新年の挨拶を欠かさないとか、「老指導者」の重要な部下をやっつける時、(例えば、周永康、郭伯雄、徐才厚、令計劃)、江沢民や胡錦濤と一応相談する、とかですが、これは「尊重」ではあっても、「その命を遵守する」わけではありません。「影響を警戒」は、つまり「元老の政治影響を全く受け付けない」、です。「待遇を制御」は2015年11月30日の中共政治局が認めた文献である「党、国家指導者に関する待遇。退職指導者は適宜、執務室を明け渡し、速度制限無しの公用車などの交通機関を使ってはならず、外出時は簡素にして、休暇も減らし、厳格に許可を申請すべし」などです。

     多維ニュースネットのこの記事は、この「十五字方針」実施の説明として、「こうした老指導者は一人一人が大変深く根を張っていて、人脈も広範で、手下の官僚も多く、後継者も往々にして人情に流され事なかれになりがちだ。こうした今までの”中共の特色”は改革しなければならず、”政界の元老”に対しても、待遇は適時、簡素化すべきであり、また、『政策決定』レベルでは、強い指導者である習近平は、引退元老の干渉は受け付けない」からだ、としています。

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     ★ポスト鄧小平の故事;老人親政から老人干政へ

     中共の元老たちの政治への干渉は、毛沢東以後に形成されました。毛が死ぬ前に指定した後継者・華国鋒は就任後、党の宣伝機関が大いに持ち上げたので、一時期、毛沢東の権利を継承したかのようでした。しかし、党内の多くの古参元老たちは連携して、ついに華国鋒を引きずり下ろし、鄧小平、葉剣英、陳雲らの集団指導制が生まれました。この新たな指導者たちは、みな年齢はもう古希を超えており、面倒なことはしたがらず、しかし、それまでのやり方は変えなければならなかったために、胡耀邦や趙紫陽といった中年の官僚を起用して、第一線の様々な仕事をやらせたのでした。こうして、老人の”親政”は表向きは退職制度が出来ましたが、しかし、彼らは依然として、政治に干渉する余地を保留していました。元老たちは、政治局常務委員にならず、具体的な政策討論に参加したりしなくても、重要な人事決定には依然として、彼らの推薦や承認が必要でした。いわゆる「八老」とは、鄧小平、陳雲、彭真、薄一波、楊尚昆、李先念、鄧颖超、王震の8人の中共政権樹立に参加した顔ぶれであり、そのうち李先念、鄧颖超、王震が1992年から93年にかけて死に、代わりに、宋任穷、万里、習仲勋が入りました。つまり、1980年から1990年代、中共八大元老は、中共の最高決定レベルの政治局常務委員会の上に立つ権力を持っていたのです。

    多維ニュースネットの記事は、「八大元老」のこの歴史をこう総括しています。
      : 中南海は1980年代の広範、「元老」を中共政治用語として、固定化した。それはそのころ、鄧小平が「党内の老同志」を頼みにして、毛沢東時代には元首である毛一人に集中していた権力を分化して『党の集団指導体制』として手中にする必要があったからだ。また、時の中共12期の総書記・胡耀邦と国務院総理の趙紫陽は「まだ年が若い」ので、「もうしばらく様子をみなければならない」ということで、元老が国の政治を行うという構造が出来上がった。

     もっと重要な鍵は、一線の中年官僚の、胡耀邦や趙紫陽が「玉座」についたとはいえ、軍権がなかったことです。「銃剣」(軍権)は、「老人が政治に口を出す」真の制度保障だったのです。まさに、こうしたトップレベルの構造の下で、退職はしたが、飽くなきエネルギーを持つ老人たちが、引き続き、政治に干渉し、「党内の退職老人」の立場でありながら、相次いで、胡耀邦、趙紫陽という二人の総書記を首にしたり、天安門事件以後、陳雲寄りに偏っていた江沢民をして、鄧小平路線に引き戻したのでした。しかし、江沢民は、時期を辛抱強く待って、曽慶紅の策謀の援助を得て、鄧小平が晩年、衰えた隙に、鄧小平に変わって軍権を握っていた楊尚昆を引退させました。鄧小平の死後、江沢民は、一連の軍隊のトップレベルの人事を行うことによって、軍の指揮権を掌握していきました。1990年代中期には、鄧小平時代の八大元老たちは、次々に世を去り、江沢民はついに、「老人政治干渉」から自由の身になったのでした。

     鄧小平が指定した第4代後継者の胡錦濤が総書記に就任した際、「老人政治干渉」は再び起きました。今回は、主役は鄧小平を核心とする「八老人」ではなく、江沢民とその背後の曽慶紅でした。胡錦濤の執政の10年間、江沢民も、かつての鄧小平のやり方の旨味を見習ったのです。胡錦濤指導の中共朝廷では、江沢民が出世させた官僚・軍人ばかりが要職を占め、胡錦濤が何かやろうとしても常に、掣肘を受けました。更に大事なことは、江沢民は党の職や政治から退いても、軍事委委員会主席の地位は、二年間手放しませんでした。江沢民が軍職を退いた時、軍内には江沢民系の将軍たちが牛耳っており、胡錦濤は軍隊の言うことを聞くしか無く、名目だけの最高軍事指導者だったのです。

     ★「老人政治干渉」;江沢民を名指し批判

    多維ニュースネットの記事は、こうして、大胆にして細心に研ぎ澄まされた記事で、江沢民の「老人の政治干渉」が習近平によって拒絶されたことを十分証明しています。しかし、そこには名前は挙げられていません。ですから、読者には、これは、ただ地方の退職役人を批判しただけの記事だと誤解されたかもしれません。

    しかし、8月14日から、多維ニュースネットは、続けて三つの、直接江沢民を批判した記事を掲載しました。「江沢民・胡錦濤の顔はもうない。”老人の政治干渉”は如何に引退したか」(8月14日)では、重ねて習近平の、老指導者に対する「十五字方針」を紹介したばかりか、記事の見出しと記事の中に、江沢民の名前を登場させ、それによって、この「十五字方針」が、中央の最高レベルの元老に向けられたものだということを表したのです。そればかりか、更に、「中共第十八回大会以後、失脚した徐才厚、周永康、郭伯雄は、実は全員が退職した政界の元老だった。もし平安に引退していたら、またしても”老人の政治干渉”になりかねなかった」と指摘しています。

     そして、8月15日には多維ニュースネットは、再び、「八老政治から胡錦濤のスッピン引退まで。中共元老政治を解読する」という記事を掲載。直接江沢民を名指しで批判しました。

    : 江沢民の「今しばらく後継者を見守る」という口実で居座ったことは、ずっと外部からは「老人の政治干渉」だと批判されている。江沢民の「政治干渉」の最も典型的なケースは、人々もよく知っている2008年の汶川地震(四川大地震)の際の解放軍高層が「老指導者」にお伺いを立てて、胡錦濤が災害地区に派遣した温家宝総理の指揮を受けようとしなかったことだ。この外聞の悪い気まずい現象の背後には、胡錦濤が軍事主席に2年間も居座った影響があり、以後、中共18回大会の後になって、やっと、なくなった『江沢民オフィス』の長期にわたる存在が、胡錦濤の指導性を発揮する邪魔をしていたのだった。…江沢民の政治干渉は、政局の安定という局面の下で、権力を手放そうとせず、かつ彼は、手放さない権力を持って、中共勢回のトップレベルの人事に、本来、行ってはならない干渉を行い、現任の中共指導体制を掣肘したのである。

     習近平が、官製メディアにこんなことを書くことを許したのは、当然の事ながら、胡錦濤が昔、「幼児皇帝」のように扱われた恨みを晴らすためではありませんで、別の狙いがあります。8月15日の多維ニュースネットの記事に表れている問題点の鍵は

      : 今日、中国の政治は、既に基本的に「元老政治」の束縛から脱している。……元老政治は、確実にそのマイナス面の影響をもっており……中共第五代集団指導……は、老人が政治に提案をするのを受け入れることはあっても、しかし、絶対に、再び「老人が政治に干渉する」現象を出現させはしない。だから、中共19回大会期間中、元老の影が登場することはあるかもしれないが、しかし、それは、概ね中共の団結と老人尊重の精神の発露であって、政治の体制に影響を与えたりはしない。

    と書いているところにあります。

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     江沢民が、中共の官製メディアで、名指しの批判を受けたということは、この「老指導者」が既に威勢が失われたというだけでなく、江沢民にくっついていた他の「老指導者」、例えば曽慶紅らも、力を失ったということです。すなわち、「老指導者」が、今後、中共の会議で登壇したとしても、「トップの団結」を示す「お飾り」でしかないということ。また、まだ彼らが何かやれると期待していた、官僚界の連中も失望するしかないでしょう。

     なかなかうまいのは、多維ニュースネットが8月15日に掲載した「薄熙来、周永康打倒から、法制を正す、如何に元老の安定効果を見るか」という記事です。宋平(元中央政治局常務委員)と2015年に死んだ喬石(元中央書記処常務書記)を、現任の中共指導者を支持したとして褒め上げ、
    ① 二人は18会大会後、最高指導者を支え、適切な自制をもって「党中央に政治的建議」を行い、他の政界元老に、レッドラインを超えないようにアドバイスした。
    ②喬石は1998年に年齢で退職したのは、中共党内政治勢力が年齢を理由に退職を迫ったからだった、としています。
     これは、今節の常務委員の中に、年齢的なラインを超えて留任させる必要のあるメンバー(*王岐山)がいるので、当時の江沢民、曽慶紅が、喬石に対してしかけた”陰謀”を挙げることによって、そうした動きを牽制する意味があります。

     外国宣伝メディアの多維ニュースネットが明らかにした情報を総合し、分析すると、習近平が、老指導者たちに、再度、「十五字方針」を示すことで、

    : レッドラインを超えた元老には、警戒と制御で対応し、宋平や喬石のような、現指導部を支える土台となる元老には、尊重し「バランス礎石」としています。

     鄧小平以来、これは、中共の公式メディアが初めて、正式に退職した元総書記に対して、公開で非難したわけですから、江沢民、曽慶紅の力は、既に失われたのだということが、大変はっきりしたのです。(終わり)

    拙訳御免。原文は;习近平对“老领导”的“十五字方针”
    中国——とっくにクライシス、なのに崩壊しない“紅い帝国

    【付録】 何清漣氏のメールによる、2017北戴河会議までの一連の騒ぎへの見解。 2017年8月18日

     この数カ月、反習近平連合に、三種の目標も利益も完全に異なった勢力が合流しました。役人たちは反腐敗キャンペーンのせいで、王岐山が引退して粛清されることを願い、習近平の右腕がなくなることを願い、一部の反体制知識人は、郭文貴が習近平の権威を貶め、中共政治が揺らぐことを希望。少なからぬ民主運動と国内の底辺層の失業青年層は、郭文貴の力を利用して中共が倒れ、これに取って代わることを期待したのです。

     ですから、江沢民・曽慶紅ら老指導者は、彼らの希望を一身に集めました。一方、習近平はこうした勢力への打撃を強化し、孫政才の落馬はその一つの信号でした。中国は、更に悪性の循環に陥っていきます。いかなる空間でも、全てが各種の反対者の集まる場所となるので、習近平は、そうした反対勢力が集まりそうな余地を徹底的に潰しにかかります。とりわけ、国家安全部(秘密情報部門)系統は災いの種(訳注 : 曽慶紅が握っていた)なので、立法を通じて、人事を一掃しようとしています。

     郭文貴の目標は、「自分の命と財産を守り、敵討ち」でしたが、その策略は次々に失敗して、敵だらけになりました。(訳者注 : この間、一貫して、郭文貴を支持しなかった何清漣氏は、ネットで、突然、ものすごい数になった”郭文貴ファン”と大いにやり合っていました。)こうした「野合」は最初からうまくいかないのです。しかし、今後も習近平統治が続くので、これからも時おり出現するでしょう。郭文貴に変わって、張文貴とか、趙文貴とかいうのが現れるでしょう。

     習近平は今、一歩一歩、用心深く進んでいます。現在、唯一の希望は、中産階級の専門職たちです。彼らは安定を望んでいるからです。上述の三種の人々は、皆が「乱」になることを望んでいますが、その程度はさまざまです。役人は王岐山が失脚し、習近平が無力になって、江沢民、胡錦濤時代のように腐敗を楽しめる時代を期待しています。インテリは言論の自由が少しは拡大することを願い、民主運動と底辺層は権力に取って代わりたいのです。それぞれの目標は一致せず、求める秩序も違いますから、こうしたネット上の「協力」は一時的なものです。

     中国国内では、北戴河で何も起きなかったことをみな知っています。「明镜」が流していた、習近平の引退とか、軍隊が圧力をかけたとかいう話は、みなデタラメです。これはもう事実ですから、わかろうと分かるまいと、どっちでもいいことです。

     習近平の支持基盤は、確かに十分強固ではなく、官僚たちは彼の失脚を望んでいます。しかし、中国は民主国家ではありませんから、習近平がかれらを、脅しつけてやっつけるという力には、十分強固なものがあるのです。

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