• ★王岐山の去就と中共の苦境★2017年9月4日

    by  • September 4, 2017 • 日文文章 • 0 Comments

    10月18日から開催されることになった中国共産党第十九回全国代表大会を前に、王岐山の去就が中共各派間や国内国外での力比べの焦点になり、また外国からの注目の的です。攻撃側でも防衛側でも、はっきりは言えません。攻め手側の中心・郭文貴(訳注 : 著名な政商で米国に逃れた。曽慶紅の腹心と言われる)の”目標”からは、最近、「敵討ち」という項目がそっと取り下げられ、今や残っているのは「無事に過ごして」、「財産を保全する」の二つになってしまいました。郭文貴が8月26日に出した《全面彻底解决盘古及郭文贵事件申请报告》(盘古事件と郭文貴の徹底的解明報告)では、「自分は既に自由ではなく、発言も自由ではない。全ての局面はもはや自分一人が左右できることではなくなった」と書いています。他方、習近平が直面しているのは、国家安全部(諜報部門)の一部のトップレベルの集団的な反抗であり、他人の災いを見て喝采し、火種をどんどん煽ろうとする官僚集団と汚職官僚家族たちの動きです。
    参考 : (郭文貴については、福島香織氏の「郭文貴のVOAインタビューを中断させたのは誰か」参照)

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     ★王岐山が「反腐敗」の恨み重なる焦点に

     6月20日の郭文貴の資料では、中共政治局常務委員で中央紀律検査委員会書記の王岐山の妻子と妹、養女が米国東部から西部まで、総価値2318万米ドルの14棟の不動産を持っている、と”暴露”しました。

     ここ数年、中国の反腐敗キャンペーンを指揮してきて、無数の汚職官僚を監獄に送り込んだ中共と国家の指導者にとっては、この情報は極めて”殺傷力”の高いもので、それは、このニュースが海外の中国語メディアに転載された数の多さからみても分かります。

     米国で同様の腐敗事件が起これば、初期段階では一般メディアが調査に乗り出し報道して、最後には司法が介入してきます。米国では不動産の所有者が誰かを調べるのは全く簡単すぎるぐらいの話で、ちょっとしたお金を払って、不動産情報ネットワークに入って、住所を打ち込むだけで詳しい売買履歴や、持ち主が誰だったか、いくらで売買されたか、現在の価値はなど、すぐ細かいところまで分かります。しかし、中共はとっくに「タキトゥスの罠」(訳注 : 政府が信用を失っている時は、何を言おうと何をしようと、民衆に悪く思われること)に陥っており、少なからぬ中国語ネットは、流行にのって郭文貴の”暴露材料”を報道し、中共が困るのを見て楽しんでいたのです。

    一部の西側メディアも最初は、ニューヨーク・タイムズ紙のように、郭文貴のネタに興味を持ち、様々な指弾を転載しましたが、必ず、「多くは証拠がなかった」という一言を付け加えていました。王岐山の不動産問題については、ニューヨーク・タイムズ紙などは報道もしませんでした。米国のアポロネットだけが、真面目に調査して、「郭文貴の指弾する王岐山の不動産に関するアポロネット独自調査」を発表し、その結論は「ひとつも本当のことは無かった」でした。もっと他のメデァもこの種の調査を行なって、アポロの結論の真偽を確認してほしいと、心から願っております。

    (参考 :郭文貴については、福島香織氏の ★「郭文貴のツイッター革命」の意味を考える★ 2017年6月4日参照)

     暴露騒ぎの米国から距離を置いた英国のフィナンシャル・タイムズ紙は、少し前に問題点を指摘する記事を掲載しました。それはこうです。

      : 王岐山の敵は山ほどいて、とりわけ、反腐敗キャンペーンを陣頭指揮してきたこの5年間によって、激烈な党内政治闘争の渦中に陥った。今年の初め頃、ニューヨーク在住で、中国では誰もが知っていた大富豪の郭文貴が、ツィッターとYouTubeで、王岐山とその家族に対して、びっくり仰天するような内容の非難を浴びせかけた。その多くは王岐山の家族と「海航グループ」(HNA Group)に関係したものだった。「海航」の不透明な所有構造は、海外の監査機構の注目をひきつけた。「海航」側は断固として、郭文貴の非難を否定し、一つたりともそのような批判は真実ではない、とした。しかし、一部の中国ウォッチャーは、王岐山と習近平の間の不和の隠れた兆しではないかと、中国官製メディアでの登場回数を数えつつある。(《王岐山:中国的铁腕执行者》,《金融时报》,2017年8月3日)

    参考 : ★報道から読む「海航グループ」の後ろ盾の謎⑵★ 2017年5月1日
    ★報道から読む「海航グループ」の資本の謎(1) ★ 2017年4月27日

    フィナンシャル・タイムズのこの記事は、反腐敗キャンペーンを率先して実行したことが、王岐山が攻撃のターゲットにされた原因だという事実を認めたと言えます。今回の郭文貴のサポーターの中には、少なからぬ汚職官僚の親戚や愛人までおり、中にはビデオに登場したケースもありました。

     ★習近平の政治的苦境はどこに?

     習近平にとって、気まずい困った点は、五年間の彼の主要な実績は反腐敗キャンペーンで、それを通じて、党・政・軍の三代系統の潜在的反対勢力を一掃したわけですが、これが、「選択性(訳注 : 自分の敵を狙った)反腐敗」だったと批判されていることです。

     三権分立の民主国家なら、腐敗撲滅は政府の責任ではなく、司法の責任です。米国では、民主党員だろうが共和党員だろうが、もし腐敗容疑があれば法律によって追求されますし、誰も大統領が気に入らない相手だけ、腐敗を追求したなどと批判はしません。これは米国が制度的に優れているからです。

     しかし、専制国家では、権力は法律の上にありますから、反腐敗キャンペーンも、最初から権力の意思が貫徹されます。王岐山は政治局常務委員の序列6番目(中央紀律委書記になったときは序列最下位)で、その職責は、習近平の必要とする反腐敗キャンペーンに協力することでしたから、当然、地位が高い政治トップ層を反腐敗の打倒目標とすることも含まれていました。

     専制国家の権力者にとっては、反腐敗は政権の安否に直結し、また、統治者が自分の部下を叱咤するムチです。もし、江沢民や胡錦濤の時期のように反腐敗キャンペーンを行わなければ、国家の資源は蝕まれ空っぽになって、資金は海外に流出してしまい、残ったのはボロボロの国土と大量の怒りに満ちた貧乏人になります。これが「反腐敗キャンペーンを行わなければ亡国になる」です。しかし、もし全面的に反腐敗を実施したならば、今度は官僚たちのうらみつらみを買ってしまい、これは「反腐敗は党を滅ぼす」になります。まさにそんなわけで、胡錦濤は、自分の子女だけにはそういうことに手を出させず、もし社会が紅色貴族の子女たちの腐敗を糾弾するようなことがあっても、安全に逃がせるようにしたのですが、他の常務委員メンバーにそうしろとは言いませんでした。こうして、「9匹の龍が治水」ということになって、それぞれの常務委員が自分たちの一分野で好き勝手に、国家の利益を自分たち一家のものにするシステム、例えば、周永康が石油系統や四川地域組、政法系統を抑えることによって、周永康王国を築くようなことになったわけです。

     もちろん、政府が機能していることを示すために、中共当局だって反腐敗を定期的におこなって、庁のトップや局長級、それより下の官僚などを捕まえたりしますし、省部級(大臣クラス)もたまには事件になりますが、政治局常務委員は、これまでは「刑は大夫に上らず」(何をしても罰なし)の存在でした。こうした反腐敗は、腐敗根絶が目的ではなく、やってますよ、というお体裁を飾るものでしたから。こうすれば政権の船の、ペンキも剥げずに綺麗に見えるし、まだ大丈夫に見えるからです。

     習近平が最初に反腐敗を宣言した時も、官僚界は、「まあ、新しい親分は最初のうちはあれこれ、うるさいもんだ。ちょっと掃除したらやめるだろう」とタカをくくっていました。それが思いがけなくも「反腐敗は永遠に続く」となって、これまで二代の皇帝が許していた汚職政治とは決別せよ、という話になってしまったのです。それまでの、赤信号皆で渡れば怖くない、式の汚職政治では、役人たちは皆、満足でしたし、大盤振る舞いは当たり前、誕生日に何十万元もの収入があるのもどうってことはないし、お金がたまったら妻や子供を海外に先送りして置いて、中国国内でうまくない場合は、すぐさま、こっそりスタコラ他国に移民してオッケーだったのです。

     ところが今度の習皇帝となったら、規則が変わってしまい、役人の大盤振る舞いも、公然たる賄賂もいただけなくなって、その上海外にまで追っ手がかかるというのですから、全く旨味がなくなってしまいました。官僚たちはサボりながら、反腐敗にはもう山ほどの不満を抱えていましたが、口に出すわけにはいきません。そんな時、郭文貴が王岐山を狙って、「暴露戦術」に打って出て「汚職官僚のために復讐をする」といったものです。

     国内の官僚たちも海外の汚職逃亡元官僚たちも大喜びです。もし、習近平がこれで反腐敗を放棄して、江沢民・胡錦濤時代に戻ってくれたら、中紀委を元どおりの役立たずお飾り組織にしてくれたら、役人がまた金儲けに邁進でき、取り締まり側と取り締まられる側が仲良しだった時代に戻れれば、楽園復活、また楽しからずや、というわけでした。

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     一方、中国国内の少なからぬ自由知識人たちが、今回喜んで郭文貴を支持したのは、当然、専制政治を恨み骨髄に思って、専制中共に打撃を与えさえすれば、その手段は問わない、ということからでした。海外で、民主化運動を行なっている人たちもそれぞれの思惑がありましたし、その表面上の理由は当然、中共打倒です。こうして、皆が、反体制でもなければ、反習近平でもなく、汚職官僚のために仇を討つ、などという郭文貴に対して、支持を表明したのでした。反体制スローガンはこうして、反腐敗に抵抗する中共の内部闘争と、奇妙に混じり合って、郭文貴の「ツイッター革命」の主要なアピールのテーマになったのです。

      今や、郭文貴の暴露資料の信用度はどんどん下がって、郭文貴に関しての不利なビデオも増えてきていますが、それでも、王岐山を攻撃する郭文貴支持の勢いは減じていません。王岐山が第十九回全国代表大会で、果たして留任するかしないかへの推測は引き続き盛んです。中共の対外宣伝メディア(訳注 : 海外の多くの中国語メディアは中共が資金を提供している)と日本の共同通信はどちらも、政治局常務委員の「七上八下」(訳注 : 委員が67歳なら留任可能で、68歳なら退任、というこれまでのルール)は変えなければ、とかに言及しています。一方、巷の噂の中心は、王の”腐敗”は、王の”肝臓ガン”という話になって、留任は無理だとかになっています。一言で言えば、「君側の奸」をやっつけて、習近平の右腕を切ってしまい、孤立させて「一強突出ストロングマン政治」ができないようにさせよう、ということです。

     こうした奇々怪怪な情勢に対して、もし、習近平が官僚たちのご機嫌をとる方を重んじるなら、「坂道でロバから降りて」、王岐山を病気を理由に引退させ(この部分は、噂を撒き散らす連中がすでに用意しています)、今回の教訓を汲み取って、今後、反腐敗を放棄し、「九匹の龍」時代に回帰し、どの政治局常務委員にも自分たちの領地から、資源を吸い上げることを許して、国家安全部門にもこれまでどおりビジネスに介入させ、スーパー特権を享受させて、役人たちを慰撫することにする、です。

     民衆の方には、食物連鎖チェーンが増えれば、その末端のおこぼれに自分たちの身内の誰かがありつけるかもしれず、郭文貴や劉漢(四川の富豪、死刑)のような草の根から身を起こした連中は、より美味しい思いをするチャンスが増えるので、多少は民衆レベルの怒りも鎮められます。つまり、江沢民・胡錦濤時代の「国のリソースを一家で丸儲けできる」体制に戻せば、「すべての官僚はグリーンカードを持って、天下の半分はお妾さんをもてる」で大喜びし、役人もサボタージュしたりせず、習近平も、今後5年間の任期を全うして、胡錦濤のようにめでたく引退できる、といわけです。

     しかし現実は違います。習近平には、胡錦濤の時代のような経済的においしい話はもうありません。国内経済は全面的に衰退し、もし反腐敗をやめたら、直面するのは外貨資産の急激な流出であり、人民元の下落です。インフレが起これば、たちまち金融危機がいつでも起こりえます。最後には、中国のブラザー国家だったベネズエラの今日のような状態になって、任期全うして安全に引退など出来ません。更に重要なことは、王岐山が、郭文貴の暴露によって職を辞して、1期目だけで去るようなことになれば、習近平は再び、第二の王岐山のような反腐敗キャンペーンの助っ人を得ることは出来ません。

     郭文貴の「ツイッター革命」は、反腐敗キャンペーンの担い手が最後にどうなるかをまざまざと見せつけました。つまり、役人やその家族の皆が、その昔、崇禎皇帝に殺された忠臣・袁崇焕の肉を貪り食った庶民のようになりたいと願っているほど恨まれているということをです。2009年以来の権力闘争の血なまぐさい嵐を経て、習近平は、「唇滅びて歯寒し」の思いを噛みしめ、「千年に一度の聖君」なんぞという郭文貴のうわべだけのお追従では、その悩みを解消は出来ますまい。

     江沢民・胡錦濤の時期には、中共は、ただ利益によって、党、政、軍の三大システムを買収して、腐敗を国家装置の潤滑油にして、反腐敗は「評価は高いが売れ行きの悪い」ただの政治的パフォーマンスでした。しかし、習近平にしてみれば、郭文貴事件によって、大変難しい困難な状態を知らされたのです。それは、

    ①統治集団の内部の人心離散。その原因はなんと、反腐敗キャンペーンを行なったことによるものだった。

    ② 反腐敗は中共の合法性を増加させなかった。けれども、社会各層の不満は急激に上昇し、郭文貴事件の暴露に欣喜雀躍して、「大芝居」を見物してやろうという気持ちにさせた。

     今、王岐山の去就は、習近平の過去5年の政治の成果に関わることですが、しかし本当の大事はその裏にあります。

     王岐山が留任したとして、そして、主君のために犠牲的精神を発揮して、皇帝に最後には裏切られて殺された忠臣・袁崇焕の犠牲的役割を引き受けたとしても、直面するのは、公然たる腐敗を正当な事業としてきた統治集団と、本心から反腐敗を支持しているわけではなく、ただ、自分たちには腐敗できるチャンスがないから不公平に感じているだけの広大な社会メンバーとあっては、政権の前途はまったく渺茫として分からない、ということです。(終わり)

    拙訳御免。
    原文は;王岐山去留与中共的政治困境
    中国——とっくにクライシス、なのに崩壊しない“紅い帝国

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