• 中国の改革の難しさ — 制度的な構造性 — なぜ「膿んで崩れず」を書いたか(2017年11月3日)

    by  • November 5, 2017 • 日文文章 • 0 Comments

     今春3月、日本で先に発売された、夫の程暁農と私の共著「中国ー膿んで崩れず」(中国:溃而不崩)の中国語版が出版の運びとなりました。日本語版より数万文字増えてるのは、日本の読者は経済状態中心にという希望でしたが、中国の読者は、全方位的に政治経済社会の現状の基礎の上に立って、中国が一体どんな方向に行きたいかを知りたいとの要望があったからです。(写真下が先に出版された邦訳)

    中国——とっくにクライシス、なのに崩壊しない“紅い帝国

     ★制度的な構造性による固定化

     この本は、20年前に私が書いた「中国の陥穽」の姉妹編になります。「陥穽」が90年代から今にいたる中国の発展方向を成功裏に予測したとすれば、今回の「膿んで崩れず」は、今後20年から30年間の中国の方向を予測したものです。2003年に私が「中国独裁統治の現状とその未来」(中国威权统治的现状与前景)で、すでに予測していた通りに、今、中国はその道を歩んでおります。

     私がそう予測したわけは、中国がとっくに制度的構造性による固定化状態に入っているからです。こうした固定化は現在、政治、経済、社会の三つの方面で、互いに支え合っていますから、これを変えたいと願っても、政治、経済、社会の結節点で変わらない限り、中国の知識人が長らく願ってきた民主化への転換はなされないのです。
     
     毛沢東は、中共のために一党専制制度を打ち立て、西側政治文明のイデオロギーを排斥しました。鄧小平時代にも矯正されず、江沢民、胡錦濤時代を経て、常務委員会は「9匹の竜」の統治という集団指導性になったのが、習近平時代には個人独裁に逆戻りし、中共一党独裁下の政治制度は、とっくに構造的固定化となりました。この10月に開かれた中国共産党第十九回全国代表大会(19大)の最大の成果は、つまり鄧小平以来の寡頭独裁体制を終わらせ、習近平個人独裁を固めたことです。部分的には、毛沢東一人が強大なトップ権力を持っていた構造に回帰したことです。この種の、一党による政治資源、経済資源、文化資源の独占構造の中では、政治的な反対勢力が良いものになれないというだけでなく、反対者らの主流もまた中共のイデオロギー、闘争理念上で、中共と同様の固定化された状況に陥ってしまいます。社会が一旦、このような制度の構造的固定化状態になってしまうと、極めて強い制度的なロックインされて抜け出せない状態(パスディペンデンス/Path Dependence)となります。

     ★経済上の公私の変化;国有経済主導は変わらない

    経済上、中共の40年近い、用心深く手探りで前に進む改革の過程では、人類の歴史上初めてといってよい政治経済制度が生まれました。すなわち、私の用語で言えば「共産党資本主義」(communist capitalism)体制です。その特徴は、共産党独裁政治と資本主義の相互結合で、中共が一度も手放したことのない国有資源独占掌握権によって、全産業構造の配置において、極めて容易に、ある種の産業の「敷居の高さ」国有企業と私有企業の比率、外資の比重を中共が、いつでも思うままに決めることができるということです。つまり習近平の前任者が行ってきた「国進民退」(国営企業が幅を利かせ、民間企業が圧迫され)から、再び、はっきりと、国有経済を主導的なものとするということです。

     中共の執政集団は、とっくに程度的な教条主義者であることはやめております。が、ただ政権の存続に有利でありさえすれば、有効な資源を活用し、政治上もいつでも好きに路線や方向、さらには執政党の同盟相手である社会層すら”調整”します。経済ときたら、さらに融通無碍であり、市場経済、雌雄経済、外国資本といった共産主義が本来排斥する対象でも、機敏に受け入れ、発展させ、政府がコントロールと市場経済とを高度に結合させたモデルを生み出してきました。

     ★価値観上では「マルクス主義と始皇帝」を固守

    文化面では、中共は今も依然として、100年以上前の清末の洋務派が唱えた「中国の学問を体となし、西洋の学問を用いる」(中体西用)モデルです。ただ「中体」の中身が、昔の儒教思想から、毛沢東の「マルクス主義プラス始皇帝」に変わったのです。西側文明を受け入れるのは、道具としてに限り、つまり技術と流行文化の表層だけであり、民主、自由、人権といった革新的な普遍的価値観の理念は、決して受け入れません。

     鄧小平の時期に対外開放を行い、江沢民は、国際ルールと軌を一にするといいましたが、どれもビジネス方面の開放の話です。ビジネスルールは国際ルールに基づくということです。しかし、政治方面では、中国は終始、西側文明を拒絶して、鄧小平の「四つの基本原則」から、江沢民の「三つの代表」、胡錦濤時代の「五つのやらないこと」を経て、再び、習近平の「七つの講義しないこと」に至るまで、こうした排斥はずっと続いており、ただ言葉が違うだけです。中共は自分たちのイデオロギーを堅持し、西側政治文明を排斥し、教育体制とメディアの独占によって国民思想の深いところまで浸透させています。「政治的反対派」といわれる人々でも、彼らが反対するのはただ共産党が権力を独占していることであって、その権力を独占する形式のことではないのです。そのイデオロギーにせよ、闘争手段にせよ、ほとんど全てが中共の闘争哲学のコピーなのです。

     社会階層の構造上、中共の改革が盛んな時には、一つの目標が設定されました。それは、中国は中産階級を中心とするラグビーボール型の社会になろう、ということでしたが、しかし、今やこの夢はとっくに破綻してしまいました。90年代の初期から始まったグローバリズムの時代の過程とともに、世界の大多数の発展途上国が利益を得ました。中国はこの流れにうまく乗って、社会があまねく貧しいという基礎の上に、世界で最も超富豪階層が多く、また一億以上の中産階層を生み出し、1950〜1980年代に生まれた中国人は中国の歴史上、最も豊かな一世代となったのです。(時代であって、年齢ではありません)

     しかしガッカリさせられることに、政治経済の資源分配があまりに不平等だったために、中国は千載一遇の階層構造の転換をするチャンスを逸してしまい、未だに社会底辺層を主体とする社会を中産階層を中心とするラグビーボール型に出来ませんでした。今に至っても依然として、社会底辺層が中心の逆T字型の社会構造で、広大な農村地域と、農村周辺の小さな村に、社会底辺層の人口の大部分が住んでいます。こうした社会構造は、中国の明や清の時代から変わっていません。社会のモデルチェンジの過程で、社会階層の転換は極めて重要なポイントで、それは政治、経済のモデルチェンジの結果であり、国民の文化価値観のモデルチェンジに影響します。グローバリズムの中で最も利益を受けた中国が、その転換を成し遂げられなかったのは、政治の失敗が原因です。

    2017年の19回大会の報告の中で、習近平は珍しく中共の存亡に関わると警告し、中国が厳しい経済的なチャレンジに遭遇していることを認め、さらにその他の少なからぬ深刻な問題にも言及しました。例えば、収入の差の不断の拡大や、教育、医療の分野などの問題です。しかし、中共の指導者として、彼はただ党の利益を重んじるしかなく、自分の政治姿勢が、まさにいま強化しているこの制度的な構造性による固定化には思い至れないのです。引き続き、「膿んでも崩壊せず」の状態を保つことは出来るかもしれませんが、つまり中共の統治を続けることはできても、その結果、中国を失敗国家の道に導いてしまいかねません。

     長い間中国経済と社会問題を研究してきた者として、私は当然、中国のために制度的な出口を考えてきました。今回の本は、私有財産権の上の地方自治を一条の出口として考えています。それは地方自治の主体は国民であり、権力の上でも、一歩づつ中央の強権に変わっていけるものだからです。また、経済上は、現在のような貧しい地方を豊かな地域に寄生させるという構造ではなく、各地の経済の自立と自治の達成です。地方実の過程とは、つまり国民の権利意識を養い、社会の価値観の再構築の過程のことです。この構造的な固定化された政治経済文化の交わるところから、手を入れることができれば、あるいは中国の王朝交替期に常に、暴力を以って暴力に変わるという輪廻の業を解決し、中国社会の平和的転換を実現できるやもしれませんし、そうすれば台湾の人々を安心させ、香港人の苦境を解期、チベット問題などでも一筋の解決の光明を見いだせるでしょう。

     そうであれば、中国は幸せであり、中国人は幸せです。

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    原文は;中国变革之难:制度的结构性锁定 ——我为何认为《中国:溃而不崩》

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