• 人間 — 社会モデルチェンジの過程から生まれる”歴史遺産” 2017年11月28日

    by  • November 29, 2017 • 日文文章 • 0 Comments

     拙著中国語版「膿んで崩れず」(邦訳;「中国——とっくにクライシス、なのに崩壊しない“紅い帝国”のカラクリ 」)は、台湾の八旗文化出版から発売され、多くの論評をいただきましたが、残念ながら、一番読んで欲しい大陸中国では、厳重な税関検査によって、持ち込むことが出来ません。本書(中国語版)に序言をいただいたお三方の他では、周末読氏の「未だ誰も指摘しなかったことに気付かされた。『人』が今後の分析の主役になるかもと思わされた」があります。

    中国——とっくにクライシス、なのに崩壊しない“紅い帝国

     

    ★「膿んで崩れず」は、人間を分析の主役に

     中国語版「膿んで崩れず」は、中国崩壊論の焼き直しだと言う人もいますが、周末読氏は、これに対して、

     ;「我々は物の見方を早く変えた方が良さそうだ。二つの観点から物事を見て、初めて何清漣の言う「膿んで崩れず」が分かる。

    第一には、この世の中のどんな国家でも、中国のように20〜30年にわたって、政権が崩壊するだろうと言われながら長く続いてきたのには、一体どんな素晴らしい点があったのか?ということ。通常の国家の政権なら潰れたらおしまいだろう? これは中共の特殊性をよく表している。

    第二には、もし瀕死の病人が良くなって、それからまた瀕死に陥って、またなんとか命を取り留めてというようなことを何度も繰り返すなら、この病人の臓器器官には、どれほど消耗を強いられるか、どれほどの代償を支払わされるか、だ。

     これまで「中国崩壊論」は、焦点を、社会ではなくて、政権、つまり大脳とか心臓にポイントを当ててきた。しかし、「膿んで崩れず」は、初めてスポットライトを、中国という病人に当てて、何とも悲しい思いで、中国の心臓を動かし続けるために、中国社会という「身体」の方が、支払わねばならない巨大な代償のことを指摘してみせたのだ。

     と書いています。

     西側の知識人世界からの論述には、中国の「人」を問題にした分析はほとんどありません。
     早くも、1980年代に、中国で啓蒙運動の役割を担った、かの有名な「未来叢書」の中に「人間の現代化」という本があって、一国の社会モデルチェンジの家庭では、人間という要素が大変重要な働きをすることを述べていた。ある国家が、何十年、時には100年もかかる現代化の過程で、人間がその中で世代交代して、教育が作り出す新しい世代が、鍵となる働きをする、と指摘していました。

     

    ★民主化成功の鍵は、市民社会を形成できるか否かにかかっている

     現在、世界には200余りの国家があり、193の国家が国連に加盟しています。この193の国連加盟国では、174カ国が民主主義制度を取っており、専制国家はわずかに19カ国で、その中で、共産独裁国家は、中国、朝鮮民主主義人民共和国、ベトナム、キューバ、ラオスだけです。
     
     こうした民選制度の形を取る国々でも、社会内部の発展度合いは大変異なっており、アフリカの民選政府は、全てとんでもなく腐敗しており、選挙を通じても少なからぬ独裁者を選出しています。ラテンアメリカの国家は、左派政治圏を形成し、その典型的なベネズエラは、どうにもならない苦境にあります。インドは1940年末に民主化を達成しましたが、数多くの社会問題を抱えたままで、中国人からは「欠陥民主主義」と呼ばれており、ロシアは、民選の形は取っていますが、国際社会からは専制制度国家だと見なされています。

     民主化の基準は、英米両国の民主選挙、三権分立、言論の自由です。この100余の国家は、基本的に全て、英米の民主制度を移植しましたが、そのコピーの出来栄えは色々で大きな差があります。その原因は、制度ではなく人間にあります。民主制度が有効に運営されるかどうかは、大変大きく、果たしてそこに健全な市民社会があるか、人々が自分たちで組織した各種の利益集団があり、そうした集団が利益を争う政治ゲームが行われているかです。国家が民主化した後、社会は自分で「市民社会」と自称することは出来ますが、しかし、それを健全なものにするのは決して易しいことではありません。新制度派経済学を代表するダグラス・セシル・ノース(Douglass Cecil North)の、「パスディペンデンス(経路依存)」性によれば、「民主化のモデルチェンジを果たした後の市民社会がどんな顔になるか、それは、その国家の民主化以前の社会の状況に直接関係してくる」のです。

     非民主国家が、民主国家に転換を果たす過程で、民主的選挙や三権分立の政治制度がありながら、お手本の英米のようになれないのは、たった一つの原因、つまり国民の素質の違いなのです。

     一人一票の民選制度は、どんな人民がどんな政府を選び出す何を決定します。ですから、拙著では特に、中共政府が自らの存在を維持するために、いかに精神のレベルで中国人の文化・教養といった面で、無茶苦茶にしているかに注目しました。

    ★中国の総崩れ状態は「人」にある

     中国の人心の総崩れ状態は4つの面があります。

     政権当事者と反対者の構造は、悪い意味でのコインの裏表をなす関係にあります。政権は強盗型の政権で、役人は当然、全面的に腐敗しております。地方政府の役割は、二役あって、ひとつは社会動乱の製造者にして、治安維持者です。この種の政府の役割の錯乱状態は、政治腐敗という災難を蔓延させ、社会構成メンバーの魂を、深刻に腐蝕していきます。社会メンバーの腐敗を憎む気持ちは、次第に、自分たちが腐敗にありつくチャンスがないことに変わっていきます。世界では、共産革命であろうと民主革命であろうと、これまでたくさんの革命が起こりました。しかし、郭文貴の”ツィッタ〜革命”のような奇妙奇天烈な、「反腐敗に反対し、腐敗役人に光を与え、恨みを果たさせる」などという旗幟を掲げて、政府反対派の人士から、知的にはエリートと呼ばれる人々や、更には、底辺層から呼応されて、その烏合の衆の中では、よりいい加減なデマを流したほうがエラく、他人を罵しることに自分も遅れを取るまい、と先を争うといった現象を呈したのことはありません。人心の崩壊これに過ぎるは無い、といっていい状態でした。

     人間の劣悪さは、さらに自然生態システムを踏みにじる方面でもみられます。文明社会は、とっくに人は自然によって養われ、同時に人間もまた自然生態システムを愛護しなければならず、それによって人類は、代々子孫を残して生きていけるのだ、と理解しています。古来、中国人が今のようなていたらくになったことはありません。政府が恣意的に民衆を踏みにじり、中国の生態システムは、水質、土壌、空気まで汚染され、清らかな水は得難く、新鮮な空気は失われて、国家ごと、生態の安全を失ってしまっています。

     人間は社会の細胞で、家庭と地域居住コミュニティーは基本単位です。拙著では、この社会の救いようのない堕落をお見せしました。中国農村社会の全面的な零落状態。中国農村の衰退・閉塞状況と農業の生態系の瓦解、村幹部の全面的な腐敗、村ぐるみのヤクザ社会化、夫婦、兄弟の間でも信頼を失い、相争う姿、農村の女の子が、村の男たちに凌辱されるのが当たり前、といったことです。

     人間社会を維持していくには信用システムを維持運営しなければなりませんが、中国では全面的に腐敗しており、人間関係は不信と欺瞞です。生産者と消費者の信頼は失われ、政府と国民の間の制度的信頼関係も破産し、中国政府は国際社会では国家としての信用がありません。

     もし、今の中国で、中共統治が終わったとしても、社会を再建する資本はどうなるでしょうか? 生態環境、人心が既に崩壊しているのです。社会階層構造の転換の中でもお話しましたが、中国の社会底辺層人口は8割を占め、更にそこから上昇していくルートは、深刻なまでに詰まっています。これは、再建不可能な社会なのです。张清溪教授(台湾の著名経済学者)は、鋭くも、この種の膿潰れても崩壊しないという局面は、中国にとって、最も悲惨な将来の破局となるだろうとみておられます。

     

    ★人間 — 過去と未来の間で、もがき続けざるを得ない

     どのような社会にとっても、政治形態の転換、民主化は影響が極めて深く、広範な大変革です。これまで、こうした国家のモデルチェンジに対して、学界の研究や議論は、基本的に二つの全く異なる観点から行われてきました。

     一つは、転換後の国家経済や社会の動揺の原因を単純に政治形態の転換そのものに求めることや、転換後に新たに形成された政治体制や政策モデルに求めるものです。例えば、ソ連崩壊後の独立国家共同体(CIS)諸国の経済危機の原因は、ソ連解体とその後の私有化のせいだ」といったものですが、これは短期的な要素に注目しているだけで、政治形態の転換を重視する余り、完全に、一つの国家の政治的転換以前の歴史的要素が、転換後の社会の変化に与える影響を無視しています。

     もう一つは、全く反対で、国家のモデルチェンジ以後の社会発展は、実はこれらの社会の転換前の社会的、歴史的な道のりのただの延長に過ぎないというものです。これは、政治のモデルチェンジを表面的なものに過ぎないという見方で、社会は歴史の反復に過ぎないという認識で、完全に現実を無視しています。

     私は、政治のモデルチェンジの過程の中で、旧制度、旧環境は、転換後の結果に影響を与えるだけでなく、その過程にも深刻な影響を与えると思っています。歴史が、重んじられるに足る理由は、それが重要だからだというだけではなく、更にそれが発揮する作用が往々にして、極めてアイロニカルだからです。郭文貴ツイッター革命は、まさに人心の崩壊した中国のジャングルの様な社会が、全く自由放任状態にあった時に、中国人が思いっきり自分の中にある卑劣さ、見苦しさ、金銭と利益に対する手段を選ばない追求ぶりを見せつけたものです。

     かつて、中共の紅7軍指導者だった龚楚(1901年11月-1995年7月24日)は、革命部隊のメンバーについて、「地方のぶらぶらしているやくざ者だけが、中共の『土豪をやっつけ、田を分ける』に大喜びだった。……そして、大いに自分たちの忠誠を目立つようにして、こうしたゴロツキ分子は、中共からは革命の積極分子と見なされ、どんどん中共に加入させ、出世させ、大胆に昇進させた」(《龚楚将军回忆录》下卷,第566页)と書いています。

     中国の言論管制の下で、中国人はこうした、過去の修羅場で好き勝手し放題だった悪党の正体を語れなかったということなら、今回の、郭文貴ツイッター革命は、生き生きと中国の未来の情景を見せつけました。共産党統治の中国における”革命家”たちは、かのISIS(イスラム国)に引けを取らないことでしょう。この点は拙著の後書きにはっきりと書いておきました。

    「本書『膿んで崩れず』は、初めてスポットライトを、中国という病人の上に当てて、何とも悲しい思いで、中国の心臓を動かし続けるために、中国社会という「身体」の方が、支払わねばならない巨大な代償のことを指摘してみせたのだ」という、言葉は、作者として、本当に拙著を理解していただけたという思いがいたします。

     中共のイデオロギーに洗脳された中国人、土地改革で人殺しをしてお金を奪うことを学び、土匪の考え方で政治理念を評価し、マルクス・レーニン主義の暴力革命と結合させ、”改革”の中で腐敗と一切を顧みず思うがままに物欲を満たし、汚職腐敗を恥としないことで、是非黒白をあべこべにしてしまう考え方を完成したのです。人々の心の腐敗こそが、救い難い社会の「膿潰れ」です。このような歴史遺産は、中共にとっては、未来の中国への「贈り物」でしょう。もし、私たちが人間という”歴史的遺産”の重みを知りたいのなら、今日のロシアを見れば良いでしょう。かつて、中共から、様々な時期に、師として、友として、敵としてみられた国ですが、今尚、未来と過去の間でもがき苦しんでいます。(終)

     原文は;人:社会转型过程中的“历史遗产” 

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