• ★北京の「底辺層人口」追放;秩序と人道の中国的桎梏 2017年12月9日

    by  • December 11, 2017 • 日文文章 • 0 Comments

     今回、北京で出稼ぎ労働者らが「底辺層人口」として追放されたことは、中国内でも国外でも大いに怒りと批判を浴びています。人々はこうした追放措置が、今後その他の中国の大都市に広がり、人道的な災難を引き起こすことを心配しています。中国の底辺層人口は、総人口の8割を占める事実を考えれば、今回の北京の「底辺層追放」の背後にある、本当の原因を真剣に考えるかもしれません。秩序と都市景観の面から、大中の都市におけるスラム街の定期的な、「片付け」は必要だとされているからです。

     

    ★都市のスラム街と政府の良心指数

     スラム街の出現・消滅は、一国の国家能力が強くなる過程で体現されるばかりでなく、更にはその政府の「良心指数」をも表します。工業化が一番早かった欧米国家では、小規模農業経営経済が駆逐され、消滅させられる中で、大量の農民が都市に生存を求めて流れ込み、英、仏、米国いずれも、かつてスラム街現象を経験してきました。ロンドン、ニューヨークのスラム街は世界的に有名でした。国家が力をつけるにしたがって、米英両国では伝統的な意味でのスラム街は無くなりました。しかし、金持ちと貧乏人は依然として存在します。ラテンアメリカと東南アジアなどの後進国では、国家の力はまだスラム街の問題を解決するに至っていません。これらの国々では、依然としてスラム街は深刻な社会問題です。これらの国家のスラム街の発生は、欧米と大した違いはありません。大量の農民が土地を失い、小農経済が行き詰まって破局を迎え、やむを得ず都市に移動したけれども、都市にもこうした失地農民に対して十分な空間を提供出来ず、都市の農村化、農村の都市化の双方向のマイナス作用によって、大量の土地を失地農民が、都市周辺部にとどまってスラム街を形成したのでした。ケニアの首都ナイロビ、ベネズエラのカラカス、インドの金融センターのムンバイ(ボンベイ)、インドネシアの首都ジャカルタのスラム街は世界的に有名です。

     スラム街は、一般的には貧しい人々の住むところを意味します。その定義は「低水準で貧困を基本的特徴とする、人口が高度に密集した地域」です。2003年10月、国連ハビタット(United Nations Human Settlements Programme,UN-HABITAT/国連人間居住計画)は「スラムの挑戦」(The Challenge of Slums)という重要なレポートを発表し、スラムは全地球規模で存在すると指摘しました。「2007年世界人口状況報告」では、「スラム街」という言葉は、改良すべき住居、蚕棚式住居、非正規住居、低収入住居区などの意味を含む様々なタイプの住居を表します。伝統的には、かつては高級住宅地だったのが、住んでいた人々がより良い住居地区に引っ越して、荒廃した居住区の意味でした。しかし、今ではこの発展途上都市の中で、多くの一時的な居住地(飯場など)にも使われています。2008年、全世界の都市の人口が、初めて農村人口を上回りましたが、その3分の1の都市住民(約10億人)は、スラム街住まいでした。国連の当時の予想では、今後25年以内に、スラム街の居住人口は倍増するとみられています。

     

    ★都市貧民窟 — 中国人の現実的な”いじめ”

     中国のスラム街居住者はどれほどか? 中国政府側は統計データを公表していません。国連の「世界都市状況報告2010 — 2011」(The State of the World’s Cities Report 2010/2011)で、中国では、2000年から2010年の間に、人口比率は37.3 %から28.2%に下がったとしています。インドのスラム街人口は1990年の 41.5% から 28.1% になったとされます。このレポートは、中国政府が「中国にはスラム街がない」という自慢は根拠がないことが分かります。人口の絶対数から計算すると、中国のスラム街人口は、3.84億人、インドは3.43億人で、中国は、インドより4100万人多いことになります。

    政府の言う「中国の都市にはスラム街が存在しない」という言葉は、本当の状況を表していません。「スラム街」という言葉の定義は、「低水準の住宅と貧困を特徴とする人口密集都市区域」です。もし、中国が北京、上海、深圳、広州などの4大現代化ショーウィンドー都市の基準で、全国を見るならば、3、4線級都市(訳注;3線なら河北省秦皇島市、四川省綿陽市、肇慶市、西寧市など。4線は浙江省台州市、衢州市、江蘇省太倉市、河北省張家口市など)には、スラム街が満ち溢れています。少なくとも、少数の大都市には「貧民窟」が生まれないという、この見せかけの虚栄の背後には、中国政府の人権無視という現実が隠されています。都市の見てくれを良くするために、中国農民の居住の選択、移動の権利を犠牲にしているからです。

     このことは、中国の官僚たちも分かっています。2011年4月12日、中国 — 東欧都市交流協力研究会の席上、マレーシアの代表が、中国の都市の見かけの立派さに感嘆して、中国国家発展改革委員会の李鉄主任に「どうやって、こんなに清潔にして置けるのか? なぜ、中国の都市には貧民窟がないのか?」と尋ねました。李鉄の回答は、「政府が、ブラジルやインドのようなスラム街の出現を望まないから。そして、農村人は、勝手に都市に住めないから」でした。これはつまり、農村人は都市で就職し、流動的な生活は出来ても、都市住民と同じ公共サービスを受けられないことであり、こうした制限政策は中国経済の発展を妨げ、中国農村の発展を妨げていることを認めたことです。

     言葉と国情の違いから、東欧代表たちは分からなかったかもしれませんが、李鉄のこの言葉に隠れた意味は大変残酷で、都市の体面と清潔さを保つために、中国政府は、戸籍制度を分割の道具に使い、社会は見えない壁(都市の高い家賃や、高い公共サービス)で分割され、数億人もの基本的な権利を奪っているのです。

     

    ★中国の都市はスラムの存在を容認すべき

     外来者を追い出すという今回の北京の出来事は、中国では初めてではありませんし、当然、最後でもありません。今回の北京の外来者追放が、人々を憤慨させたのは、スマホで人々が寒空の中を追い出される恐ろしい光景が撮影されて、世界に伝えられたということの他に、時代的な原因もあります。人々は中国当局に積もり積もった憤りを持っており、反腐敗キャンペーンぐらいでは解消されていないのです。「底辺層人口」という言い方は、更に中国人の心の奥の敏感な神経に触れるものでした。大多数の中国人は皆、苦しい思いをして社会底辺に置かれており、とりわけ、都市に行って暮らしている農村人は、いつでも当局に追い払われる「底辺人口」になってしまうからです。

     中国の数千年の歴史で、王朝転覆は何度もありました。歴代の王朝の転覆は外敵の侵入以外には、基本的に全て流民が立ち上がった結果でした。古い時代のことはさておき、最近の王朝でも明や清では、中期以後、全て人口が次第に増えて、土地がますます少数者に集中され、土地を失った農民が流民となっていったのでした。統治者は、まず「追い出して田んぼに返す」政策を行いましたが、その土地が無いので放置するしかありませんでした。政策は脅したり、すかしたりの間を揺れ動き、最後に農民一揆の波の中に沈没したり(明末の大一揆)、各種の民衆蜂起のために政権が衰弱して滅亡に至ったのです。例えば、清朝中期以降の歴史では、まず白蓮教や天理教などの各種の小規模な乱が起こり、後期には太平天国の乱が全国11州で発生しました。中共は「無産階級革命」と称していますが、その実態は中共が言うような、いわゆるプロレタリアートではなく、流民、すなわち失地農民だったのです。

     「BRICs4国」(Brazil, Russia, India ,China)の中国以外の3国のうち、ロシアを除く、インド、ブラジルにはどちらにもスラム街があります。スラム街で世界トップの面積を持つのは、インドのムンバイで住民は600万人と言われます。ブラジルには南米最大のスラム街があります。中国とインドは世界の第一、第二の人口大国で、どちらも中産階級が少なく、貧困人口が大変多い国です。インドに世界第一、第二のスラム街が出現しているのは(*訳注;スラム街の順位については様々な説あり。中国語の世界ではインドが1、2位になっている)、インドが民主国家だからです。一人一票の選挙制度の下では、スラム街の住民も選挙では、中産階級や金持ちと平等の権利を持ちますので、政治家もそれを考慮して、スラム街の改善を公約しなければなりません。スラム街には、水道、電気、学校、トイレ、下水道、道路の改良など、解決を要する問題が山積みです。政治家たちは、公約によっていくばくかの票を得ることが出来るのです。これに対して、中国政府がスラム街出現を無理やり阻止して、「底辺層人口」を駆逐出来る理由は、ただ一点、権力はただ権力の源にしか責任を負わない、からです。民衆に選ばれていない権力だから、民衆に対して、責任を負いません。

     社会底辺層にいる総人口の8割の大半が農村人口です。でも中国の農村生態システムは、もうこの膨大な底辺人口の生存に必要なだけの需要を満たせません。彼らは、どうしたって都市に移り住むしかないのです。都市がどうやってこうした人々を受け入れ、彼らに都市で尊厳ある暮らしをさせられるかは、秩序と人道の間に横たわる「中国の桎梏」です。いかにこの問題を解決出来るかは、中国政府の財政能力にとってチャレンジであると共に、更には政府の「良心指数」も試されているのです。(終わり)

    原文は;何清涟:驱赶“低端人口”:秩序与人道之间的“中国结”

    当Webサイト連載のブログ集改訳;日中両文収録 
    「中国2016 何清漣」Amazon電子ブック発売中。
     何清漣さんの「中国2016」表紙

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