• ★世界の「解けない結び目」難民問題  2018年9月6日

    by  • September 10, 2018 • 日文文章 • 0 Comments

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    何清漣氏の2015~2017までのエッセイ改訳版

     世界の難民問題は、最も難しい政治問題です。ミャンマーのラカイン大屠殺事件から一周年、国連は厳しくアウンサンスーチーを非難しました。そして、ベネズエラ難民問題のために9月17、18日に開かれる南米13カ国外相会議の準備中の8月27日、米国国務省は、国連中近東パキスタン難民救済機関の国際連合パレスチナ難民救済事業機関(UNRWA)の運営方式、資金使用などを厳しく批判し、UNRWAへのあらゆる援助を中止すると宣言しました。

     最も古い、ほとんど”世襲”となっているパレスチナ難民から、最新のベネズエラの”移民”に至るまで、この問題は全て、世界がもう手助けできないほどの難問になっています。

     ★難民問題で、多くの人権問題での栄誉を失ったスーチー女史

     民族間の矛盾と衝突は、往々にして歴史的に大変複雑な原因によるもので、国際社会が介入したからといって、容易に片付くものではありません。ビルマのロヒンギャ危機がまさにその一例です。

     ロヒンギャはビルマのラカイン州(*アラカン州)とアフガンに住むイスラム教徒で、大多数が英国統治時期にビルマにやってきたベンガル人です。第二次世界大戦の期間中に、英国が、日本軍のアラカン地方経由によるインド侵攻を阻止するために、ベンガル人を組織した「V Force」(V部隊)の後裔です。しかし、英国がインドから撤退してからは、V部隊は日本軍に抵抗することなく、もっぱらアラカン地区のラカイン族の仏教徒を殺戮し、土地を占領しました。これによって、ビルマ政府は今に至るまで、彼らを「バングラデシュからの違法移民」の意味でベンガル人と呼んでいます。2017年8月25日、150名のテロリストが、ラカイン地区の24個所の警察派出所とビルマ陸軍第552軽歩兵舞台の駐屯地を攻撃し、警備兵10人、将校1人、移民官吏1人が死亡。これに対し、ビルマ軍の大規模で激しい反撃と粛清が行われ、無辜の住民が殺戮され、特に成年男子はその場で殺され、数十万のロヒンギャ・イスラム教徒が隣邦のベンガルに帰る家のない難民となりました。世界ではこれが、ビルマ国境での「民族浄化」「屠殺」と呼ばれました。

     このロヒンギャ・イスラム教徒の難民危機によって、国際人権分野での「希望の星」だったアウンサンスーチー女史は、反対に怒りの的になってしまいました。でも、それは実は難民危機が、なんとも解決し難い「結び目」になったことの反映なのです。

     今年8月27日、国連人権理事会はロヒンギャの調査報告を発表し、事実上の政府指導者という権威ある立場のアウンサンスーチーが、事態進展阻止のため努力しなかった、と厳しく非難しました。スーチーはこれに対して、「ランカイの危機はテロ分子によって起こされたもので、現在もその脅威は存在する」と答えました。この発言以後、エディンバラ人権賞が取り消されました。これは取り消し7番目にで、その前にはワシントン、グラスゴー、シェフィールド、ニューキャッスル、アイルランド、ベルリンなどが続々と、かつて彼女に与えた賞や栄誉を取り消しています。
     
     しかし、スーチーはビルマの民選リーダーであり、ビルマ国内の民族矛盾の複雑さと厳しさに対する姿勢は、当然国際人権組織などの外部の目とは、全く違う考え方なのです。こうした怨讐が複雑にからまりあった何世紀にもわたる矛盾の中で、彼女は自国民族の生命と安全を第一番に置かざるを得ないのです。そして、かつての国際人権組織から彼女に寄せられた声望の山が、ロヒンギャ問題によってかくも激しい非難に変わってしまったとこと自体が、まさに国連をトップとする国際派が代表する難民と宗教的な立場と、各国政府の自国利益の矛盾が、大変深刻になっていることを表しています。

     前述の国連人権理事会の最新調査では、ビルマ軍のロヒンギャにたいする虐殺は国際法に規定される三つに違反するとしています。ジェノサイド、人類に対する危害と戦争に関する罪であって、必要なら軍人に対して刑事調査と起訴を行うとしています。しかし、こうした決議を本当に実行するには、国連が強大な執行能力を持たなければなりません。が、その国連の強大な執行能力とは、主として米国の支持だというのは歴史が証明するところなのです。

     ★ベネズエラの難民の重さに耐えかねる隣国

     国内経済が崩壊し、ほとんど改善される見通しがない状態で、数百万人のベネズエラ人が国を捨てて逃亡の道を選んでいます。国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)と国際移住機関(IOM)が公表したデータによれば、2015年の経済崩壊以来、国外のベネズエラ人は約230万人、うち160万人は2015年以後逃げ出した人々で、その9割がラテンアメリカにいます。

     最初は、隣国も同情心からベネズエラの経済難民を受け入れました。コロンビアはこの16ヵ月で100万人のベネズエラ人を受け入れ、そのうち82万人を自国での合法的な身分を与えました。しかし、3年以上経っても、潮のように押し寄せるその数に、多くの国々が不満を漏らすようになりました。ペルー、エクアドル、ブラジルでは仕方なく、移民の流入を規制する方法を考え始めました。今年8月23日、UNHCRとIOMは、連合声明で、中南米国家がベネズエラの移民受け入れを縮小しようとする政策を採ったこと、特にエクアドルとペルー両国が、移民居住に対して新規定を盛り込んだことを批判しています。

     ベネズエラの難民を、国連は”移民”と呼んでいますが、これは「難民」の範疇に入れたくないからでしょう。その難民の直面している問題は、難民問題については基本的に解決方法がないということを示しています。

     人口が密集して、民族が複雑に絡まりあったアジアに比べて、ラテンアメリカはまだ幸運な方で、みなラテン系の言葉(スペイン語、ポルトガル語)を話しますし、民族間の衝突もあまりありません。1930年代以来、ラテンアメリカの政府は極めて左派が強く、ラテンアメリカの国々の8割は左派政権で、人口移動に際しても、イデオロギー的な障害はありません。

     しかし、何事も程度問題で、コロンビアでも100万人のベネズエラ人を抱え込んでからは、社会的な気分にも変化が起きて、諸手を挙げて歓迎する、から、多くの民衆が、政府にベネズエラ人難民への補助を減らして、もっと自国民のために使えと要求し始めました。8月末には、ブラジル国境のパカライマでは、ベネズエラ移民のキャンプが襲撃される事件が起きました。地元住民がキャンプを焼き討ちし、数百人が国境を越えて逃れました。メディアによると、ブラジル警察は傍観を決め込んで阻止しようとしませんでした。

     UNHCRと中南米13カ国の外相が、近くより多くのベネズエラ”移民”を受け入れるようにするための会議を開きますが、現在の情勢からみると、期待する成果を得るのは大変難しいでしょう。

     ★欧州でも歓迎から、「あっち行け」に

     2015年以来の難民の潮は、欧州社会の生態を徹底的に変えてしまい、各国はみなテロや強姦事件に疲れ果てています。この2年間で、ドイツは120万人の難民を受け入れましたが、テロの他にも、社会問題が山積みになっています。ドイツ社会は、2015年9月の難民歓迎から、収容政策と難民の受け入れ同化政策に疑問を持っています。フランスの「Nouvelles d’Europe」が今年の2月4日に伝えたところでは、アンケートに答えたドイツ国民の3分の2が、護身用に武器を購入し、3分の1が、「外国人と難民が一番怖い」と答えました。フランスは2016年に基本的に難民受け入れを中止しています。

     メルケルの難民政策を支持していた欧州連合(EU)も2018年、とうとう態度を変えました。6月のEUサミットで、大変な折衝と談判が繰り返され、各国が”共通認識”として、「EUの外部に難民収容センターを設立し、すでにEUにいて登録されている難民をそこに収容しよう」ということになりました。しかし、サミット終了後も、これを実現する方法はありません。モロッコ、チュニジア、アルジェリアが皆、自国にそのような難民キャンプを設置することを拒否しました。

     エジプト議会のアリ議長は、合法的に登録された難民をキャンプに強制収用することは自国の憲法に反するとして拒否しました。エジプトはすでにシリア、リアク、イエメン、パキスタン、スーダン、ソマリアなどから1000万人の難民を受け入れており、もう限界だと。290万人のシリア難民を受け入れているトルコも重荷に耐えかねて、度々、EUと不愉快な思いをしつつ、難民を欧州に行かせると言い出し、その都度、EU側はなんとかなだめています。

     ポーランドやハンガリーを中心とする東欧国家は、イタリーやギリシャの難民の一部を受け入れることを拒否しています。イタリーは難民の来航に困り果て、とっくに受け入れの港を閉じています。

     こうした情勢で、ドイツの声は今年7月1日「EUサミットの難民決議は水の泡?」と題する報道で、一言で言えば「カイロからワルシャワまで、難民受け入れの声が優勢だ」と報じました。

     ★UNHCRの憂鬱

     UNHCRは、国際的な難民の落ち着き先を探す責任を負います。しかし、現在、各国の抵抗に遭って苦境にあります。今年のデータでは、全世界に6,850万人の居場所がなく漂流する人々がいます。そのうち、戦乱や迫害から国外に逃れた難民は2,540万人です。

     次々に絶え間なく発生する難民に対して、UNHCRは逆に、ますます彼らの収容先となる国々を探すのに苦労しています。6月25日に発表された「2019年グローバル難民再配置予想報告」によれば、全世界で第三国に居場所を求める難民は、20019年には140万人に増えるとみられていますが、2017年に新たな居場所に落ち着けた難民はわずかに7.5万人でした。現在の速度でいけば、全世界の今いる難民をなんとかするだけで、18年かかることになります。

     欧州が中東難民に大きく扉を開くまで、米国は長年、世界で最も難民を受け入れた国で、毎年8.5万人を入国させてきており、これは、他の国々の受け入れ総数より多かったのです。しかし、2018年に米国が「Global Compact on Migration」(国連の後援の下に作られた移住に関する政府間交渉)から脱退した結果、UNHCRは一番気前の良い受け入れ国を失いました。今や、米国から積極的な協力が得られなくなったUNHCRは、難民の配置問題で厄介なことになっています。

     米国以外に、カナダとオーストラリアが移民大国です。現在、カナダ政府が難民歓迎の姿勢をとっていますが、オーストラリアは2012年末から、厳しく船で密入国する違法移民に対処し、完全にオーストラリアから締め出そうとする厳しい移民政策を採るようになりました。ニューヨーク・タイムズ紙は2009年11月5日に、オーストラリアは3.7億ドルを投じて、クリスマス島に難民収容センターを設置して、違法に入国しようとした難民をここに閉じ込めることにしたと報道しました。これは「21世紀の(*ドイツの強制収容所があったポーランドの)オシフィエンチムだ」と言われました。しかし、同国はこうした国際的な非難にも動揺しませんでした。同国移民局の統計によれば、難民のうち「政治的難民」と認められた1割だけが同国入国を許されました。現在、同国民の違法移民、とりわけイスラム教徒に対する恐怖感は大変なものがあります。

     UNHCRは、難民受け入れ国探しで、ただ人道主義的な建前で各国を説得するだけでは、問題解決はまず無理でしょう。どのような国家であれ、みな受け入れ負担能力の問題を抱えていますし、毎年、続々と増える難民を限りなく受け入れることなどできません。従来の効果の失われた方法を採るより、難民の発生の根源に対する政策に重点をおいたほうが良いでしょう。UNHCRの報告書には、はっきりと、「3分の2の難民は、みな以下の5カ国から来ている。シリア、アフガン、南スーダン、ビルマ、ソマリランド。もしこの5カ国のうち、ひとつでも国内の衝突がなくなれば、グローバルな難民流出状態を改善するのに、巨大な貢献となるだろう」と書かれています。

     国連決議がこれまで有効だったのは、米国が自国軍人の命を犠牲にし、お金を出して執行したからでした。米国が、国連の各種機関から次々に退出してる現在、「国連決議には、執行力が失われた」というのが本当の問題なのです。(終わり)

     原文は、台湾上報 2018年9月6日 难民问题——世界的难解之结 (原载台湾上报,2018年9月6日,https://www.upmedia.mg/news_info.php?SerialNo=47408)

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