• 程暁農;★中・米蜜月は冷戦に変わるのか? 2018年10月25日

    by  • October 29, 2018 • 日文文章 • 0 Comments

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    何清漣氏の2015~2017までのエッセイ改訳版

     最近、中・米冷戦についての議論がかまびすしい。中・米間はもう冷戦状態なのだろうか? 1900年代の長期冷戦は多くの教訓を残した。そこから分かることは、今日の中・米間の経済・貿易をめぐる衝突は、その実、北京が長年にわたって米ソ冷戦をよく理解していなかったことから起きていることだ。

     ★新冷戦前夜なのか?

     この10日来、ウォール・ストリート・ジャーナル誌や日本経済新聞、香港・信報が相次いで中・米新冷戦についての記事を掲載した。中共深圳市委員会は、市発展改革委員会内部の「宣戦布告無き戦争 — 世界構造の変革は予想よりも早く猛烈」なる研究レポートを回覧させたが、これは中国の地方政府が新たな冷戦に備えていることの反映だ。では、中・米両国の摩擦は本当に、冷戦レベルになったのだろうか?

     新冷戦勃発の可能性を理解するには、まず冷戦の特徴を理解すべきだろう。20世紀には二度の冷戦が起きた。一つは米ソ間の、もう一つは中ソ間の冷戦だ。前者は誰もが知っており、後者は中国もソ連も口をつぐんでいる。なぜなら、社会主義国家間のみっともない争いだからだ。

     いわゆる冷戦とは、2国双方の政治制度、価値観、イデオロギーの全面にわたって、お互いに対抗し合い牽制し合うことだが、更に重要なことは、双方が互いに破滅的な核兵器を持って、相手方を威嚇し、自国の安全を求め、同時に互いの経済交流、人の往来を最低限まで引き下げることだった。

     この点からみれば、現在の中・米間はまだ新冷戦状態とは言えない。米国は、中国の制度やイデオロギーを攻撃目標にしたりはしていないし、核兵器使用をちらつかせたりしていない。中国も同様に冷戦レベルの威嚇はしていない。

     まず、米国は中国の現行制度をやめさせたいとは全く言ってないし、ましてやそんな計画はない。ただ、専制制度に不満なだけだ。中国にも政治的に民主制度と自由経済体制を消滅させる戦略はない。それどころか、中国は部分的に市場体制を採用し、政治上も制度やモデルを輸出しようとは考えておらず、ただ中共政権を維持することだけを願っている。

     次に、中国の核ミサイルは確かに米国に照準を合わせてはいるが、米国の核戦力に比べれば、やはり防衛的態勢であって、核兵器大戦争という巨大な危険を侵してまで対抗しようという考え方はない。米国の核兵器は依然として、ロシアが第一目標であって、中国はその次の目標にすぎないし、実際のところ防衛的な態勢だ。民主制度の下では、不意打ち攻撃を受けない限り、米国が主動的に核戦争を起こすのは難しい。

     また、イデオロギーという面では、中共の現在のイデオロギーはもう支離滅裂で、過去70年間のつじつまを合わせることすら難しい有様だ。改革開放の一部制度の改変にだって、例えば、私有化をどう考えるといった点ですら、言を左右にしてはぐらかすしかない。共産主義のお説教も、もはやイデオロギーなどとはいえず、ただこれまでの成り行きで仕方なく唱えているお経のようなものだ。信じている人さえろくにいない。こんなイデオロギーには攻撃力などない。米国は中共のイデオロギーを嫌って、普遍的世界の価値観を強調してはいるが、米国政府だって中共のイデオロギーに的をしぼって批判しようなんて思っていない。

     最後に、経済面だが、中国の生存はすべてグローバル経済に頼っていて、自分から鎖国を実行することなど出来ない。米国企業も、中国との経済的交流をやめようなんて考えていない。だから、米国が中国を経済的に封鎖するのは不可能だ。

     以上、主な分野をみても、最近の新冷戦論議というのはいささか、奇をてらって、ウケを狙った説だ。

     ★昔の冷戦で中国は「禍から福」だった

     20世紀の冷戦を今、考えると、長年無視されてきた一つのテーマに思い当たる。それは中国が災い転じて福にしたことで、これは大変、現実的な意義がある。大多数の中国人は米ソ冷戦は知っていても、中ソ冷戦は忘れている。実際にはこの二つの相互関係を考えてこそ、なぜ中国が実は最大の米ソ冷戦のおかげで一番得をしたかということがわかる。

     米ソ冷戦では、中国は主役ではなかったので、国内でも関係資料は公開されており、誰もが知っている。一方、中ソ間の摩擦に関しては、1950年代生まれ、1960年代生まれなら切実な経験を持っていいる。ただ中国人が気づかないのは、実は米ソ冷戦より中ソ冷戦の方が大国の争いとしてはもっと危険だったという事実だ。

     1960年代から70年代末期まで、中ソ間のイデオロギーと制度上の大っぴらな対決では、核兵器の照準をお互いに相手に合わせ、双方の軍隊が黒竜江の珍宝島(訳注;ロシア名はダマンスキー島)と新疆ウイグル自治区タルバガタイ(塔城)地区チャガントカイ(裕民)県の鉄列克提(テレクチ)地区でも第一線の本格衝突が起きた。

     中国政府の人民ネットの2016年10月25日の報道では、1969年8月28日にソ連のドボルイニン駐米大使が、クレムリンの密命を帯びて、ソ連は中国の重要軍事目標に対して外科手術的な攻撃を計画しており、隠密裏に米国側の意見を聞きたいと打診してきた。

     この計画は核兵器使用を考慮しており、精密な照準によって大した核汚染は起きないとしており、ドボルイニンは米国のキッシンジャー国務長官に伝えた。ホワイトハウス側の反応は、米国はソ連の計画に反対であり、もしソ連が実行したならば、米ソ間の世界平和に関する協定に違反し、国際条約にも違反する、というものだった。

     同時に、ホワイトハウスは「ワシントンポスト」にこれをリークして、中国に準備をするようにさせた。8月28日に同紙に報道された「ソ連、対中外科手術的核攻撃を計画」というニュースは世界を揺るがした。

     中国政治局は直ちに緊急会議を開き、トップレベルは全部、分散して、周恩来一人を副参謀長として、北京の玉泉山中央軍事委員戦争準備センターに配置。「戦時に備えよ」を全国スローガンとして、重要な工場設備を中西部の山岳地帯に建設し、全国いたるところに防空壕を掘らせた。北京では党政治機関と事業の単位の大部分の人員が各地の農村の幹部学校に分散させられ、市内の人口は大幅に減った。同時に外国旅行客もほとんどいなくなり、私は1970年夏に北京に行きましたが、西直門から万里の長城を見に行くと、八達嶺長城の上には誰もおらず、私と友人だけだった。

     当時、キッシンジャーはソ連大使に、「米国大統領は、中国の利益米国の利益は密接に関係しており、もし中国が攻撃を受けるようなことがあれば、米国は第三次世界大戦の開始とみなし、真っ先に参戦する」、「米国大統領は、ソ連の130以上の都市と軍事基地に対して核報復の秘密命令に署名しており、一旦、ソ連が中距離弾道弾を発射装置に乗せたら、米国は直ちに報復計画を実行する」と伝えた。

     中国はこれによって、中ソ核戦争の恐怖から解放された。そして、米国政府が善意に基づいて中国を中ソ対決の危機から助けたことで、中・米接近のチャンスを発見した。これによって中・米国交回復の過程が開かれ、70年代末の中・米蜜月が生まれたのだった。

     ★中・米蜜月はなぜ終わった?

     米ソ冷戦で中国は儲かってしまい、損をしなかったということが、北京に冷戦の教訓をおろそかにさせてしまったのかもしれない。単純に米国側が必要だったから、自分たちの災いが転じて福となったのだと思ってしまって、自分たちの僥倖を理解せず、大国間の問題処理と相互関係という国際構造の大局から物事を考えていないようだ。

     中国の過去の指導者は、米ソ冷戦終結後、国際戦略上、米中共通うの敵、というのは存在しなくなったのだという事実、つまり、米ソ冷戦時代に生まれたお互いに相手を必要としたから生まれた蜜月は、いつかは終わりになり、いつまでも美味しい思いばかりは出来ないということを真剣に考慮してこなかった。

     今世紀の初めに米国が、中国の世界貿易機関(WTO)加盟に同意したのも、実はそこに中・米の蜜月を続けて行きたいと、中国が国際ルールを守り、約束を果たし、互いにウィン・ウィンの関係で、20世紀に改善されてきた米中の関係を維持したいという思いが含まれていたのだ。

     しかし、中国側は、米国のこの気持ちを十分に理解出来なかったようで、せいぜい、自分らで金儲けが出来るチャンスだ程度の思いしかなかった。中国が自らの勃興を開始するにつれて、米ソ間の冷戦の教訓は、更に忘れ去られていってしまった。

     米ソ冷戦時代の一番深刻な教訓とは、核大国間では、「大きな魚が小さな魚を食べ、小さな魚は小エビを食べ」といったゼロサムゲーム戦略(訳注;誰かが儲かれば誰かが損をするような取引)は出来ないということであり、そのような戦略は最後は、却って自分自身を傷つけるだけだということである。

     お互いが対抗し合う国際構造の中では、互いに利があるという戦略こそが上策だ。米ソ冷戦は半世紀続続いたが、最終目的は、互いに核戦争を回避するということだった。核戦争は地球の消滅につながり、双方が敗北する終局だ。そして、双方の間の信頼には、誠実に行動をもって、相手に示す確認させることが必要だということだった。互いに騙し合い、あざ向き合う行為は、互いの信頼を弱めるだけだった。

     だから、ソ連は中国に核攻撃を行う前に、米国に知らせたのだ。そして、米国がその話を中国にもらしたのは、中ソ核戦争という世界平和の国際的構造を脅かすものだという大局的な思考と、ソ連は米国と生死をかけた戦いなどしないと信じていたからだった。果たしてソ連は中国を核攻撃するのをやめた。

     米ソ冷戦時代の二つの大きな教訓とは、実は過去の中・米関係の分析にも使える。

     現在、中米間は、まだ新たな冷戦の勃発までにはなっていない。しかし、中・米間の貿易衝突は発生しており、北京はウィン•ウィン関係と誠実さの持つ重要性と、直接の関係を理解しておらず、それは、米国の善意を「当たり前のものだ」と考えているからである。

     北京は大国間関係の国際構造に対する考え方が欠けており、経済力さえ強くなれば、中・米経済競争をゼロサムゲームに変えて、自分だけが一人勝ち出来ると思っている。同時に、そのためには手段を選ばず、その結果、中・米間の矛盾を激化させてしまった。

     そして、1980年代に始まった中・米関係の処理に際しても、常に二枚舌だった。一つには、”中国式賢明さ”を発揮して、言行不一致、空白を狙い、ごまかし、隙あらばうまい汁を吸おうという姿勢で、数々の米国企業の知的財産権を、スパイに盗ませるようなことまでした。WTOのルールの間隙を出来るだけ利用するなどといった問題は全てここに起因する。20世紀末に朱鎔基がWTOの監督が及ばないことを利用して、隙を狙えと指示した内部講話も発表されている。二つには、中国式横暴野蛮であり、批判されれば怒り狂い、愛国主義の宣伝を使って、正邪の判断には蓋をしてしまう。こうしたことは久しく行われており、その弊害は山のようにある。

     米国は、今、ただ「パイをごまかしたり、インチキしたり、雀卓ひっくり返したりしないで、ルールは守れよ」と中国に要求しているだけだ。中国だって実は、そんなことはしたくない。しかし、心の中で、はっきりインチキしなければ勝てない、ということを承知している。

     数年前、米国側から、「中国は責任ある大国として、国際社会の大人となるべきだ」ということが言われた。この話は、一見、激励の言葉に聞こえるが、裏返せば中国に誠意がなく、隙を狙うやりかたを長いこと続けて来たことへの批判だ。米国はトランプ大統領以前は、ずっとこれまで、損得をとやかく言わず善意の”友人”でやってきたが、それは将来、「共同で発展へ」という夢をもっていたからだった。トランプ大統領が変えたのは、つまりそうした「幻想」を打ち砕いて、醜悪な現実を見るということだ。それが米国の「対中国新戦略」なのだ。しかし、別に新たな冷戦を始めようというのではなく、ただ経済分野で正常な形にしようというものでしかないのだ。(終わり)

     原文は;中美蜜月:始自冷战,终于冷战?
    程暁農博士は、何清漣氏の夫君。

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