• ★孟晚舟問題 — 「スパイ交換」 — ”橋”の無い中共はどうする? 2018年12月11日

    by  • December 13, 2018 • 日文文章 • 0 Comments

    日中両文収録「何清漣 2017中国」Amazonで発売しました;20152016Amazon改訳版を電子ブックで。Kindle Unlimited なら無料です
    何清漣氏の2015~2017までのエッセイ改訳版

     中国通信大手のファーウェイ・テクノロジーズ(華為技術)の創設者の娘で首席財務官(CFO)・孟晩舟がイランに制裁禁輸措置に違反した容疑で、カナダ当局に逮捕され、米国の引き渡し要求で身柄を米に移送されようとしています。近年、知的財産権をめぐっては多くの中国のスパイが起訴されていますが、孟晩舟逮捕に関してだけ、中国外務省は抗議しました。中国が最近多くのハイテクスパイを失い、外務省が抗議となると、これは冷戦当時の西側諸国とソ連や東側国家の「スパイ交換」の場として有名な「ブリッジ・オブ・スパイ」の話を思い起こさせます。

     ★スパイは各国政府の”財産”

     スパイ映画の愛好家はご存知でしょうが、情報部門ではスパイを”アセット(asset)”と呼びます。つまり「資産」です。スパイは太古の昔から、敵対する双方が必要とする「道具」であり、平和な直には各種の経済情報を探り合う道具であり、各国のスパイの交換は、スパイたちの安全と志気を保つ重要な手段でした。

     冷戦直には、米国とロシアが捕虜となったスパイ交換はよくありました。ドイツのハーフェル川にかかるグリーニッケ橋はベルリンとポツダムに近く、「ブリッジ・オブ・スパイ」と呼ばれました。2004年、私も行ったことがありますが、人気の無い静かな場所で、その橋でかつて3度も世界で有名なスパイ交換が行われたことを知らなければ、まったくただの田舎の橋にしか見えません。

     とは言え「ブリッジ・オブ・スパイ」は、実際はただのシンボルで、多くのスパイ交換は橋の上で行われたわけではありません。割と知られた話では、米・ロシア間で、ロシアの美人スパイ、アンナ・チャップマンとその仲間10人が交換されました。タリバンも、米国の逃亡兵とタリバンの”ドリームチーム”の幹部と交換しています。

     ★中国の経済スパイと人民戦争

     中国人なら誰でも「人民戦争」とは何を意味するか分かっています。これは毛沢東と中共が政権奪取のために発明した、軍事闘争戦略と動員体制のことです。その骨子は、大衆を中共軍支援に動員することで極めて効果的であり、中共が政権を取ってからも、依然として対米戦争のスパイ活動を含む”人民戦争”として続けられました。

     米国留学生に、もし当局が価値ありとみなせば、当局との「お話」に呼ばれ、「愛国目的」で各種の情報を組織に報告するように言われるのです。これはそこら中であったことで、中国系人の間ではもう、誰もが「知ってはいても見て見ぬふり」の周知の事実でした。アメリカ側だって十分承知していましたが、それでも中国政府はあくまで否認してきました。そして、今年作られた「中華人民共和国情報法」7条によって、やっと明白に「いかなる組織も国民もすべて、この法律によって国家の情報工作に協力しなければならず、国家の情報の秘密を守らなければ成らない」とされたのでした。これは中国は情報戦争で中国人に”人民戦争”をやらせるのだ、と世界に向けて宣言したのに等しいことです。

     この点に関しては、米国は実は早くから気がついていました。1996年には「経済スパイ法(Economic Espionage Act,EEA)」が定められ、初めて、「商業機密あるいは知的財産権など無形の財産」が刑事犯罪の対象となったのです。

    米国司法省の手引き書によると、経済スパイ罪が成立するには四つの要件が必要です。
     1 被告人は商業機密を許可なく獲得、または窃取、破壊、第三者に伝えた場合。
     2 被告人が明らかに関係情報が他人の専有物だと知っていた場合。
     3 情報が商業機密であること。
     4 被告人の行為は、外国機関、外国の代理人、外国の政府が利益を得るためのものであること。
     第4の要件は犯罪成否のキーとなります。

     「経済スパイ法」が出来てから、米国下院では、カリフォルニア州の共和党議員のクリストフ・コックスが中心となって「コックス・レポート」と呼ばれる秘密報告が作られました。そして、1998年6月18日には409対10の票差で特別委員会が作られました。この委員会の任務は、核兵器関連やミサイル、大量破壊兵器に利用されかねない技術情報が中国に流れていないかを調査することでした。

     コックス報告は、中国が1980〜1990年代にかけて、米国で大量のスパイ活動を行ったことを指摘。中国は情報収集に当たっては、専門の情報員ではなく、米国を訪問する研究者、学術交流プロジェクト、米国の技術や機械部門で働く中国系人士や記者を通じて情報を得ていることも書かれていました。しかし、当時はまさに天安門事件で経済制裁を行っていた時期で、中・米双方とも正常な交流を回復したばかりで、両国の交流強化を切実に待ち望んでいた米国の学会、ビジネス界、科学技術界は、この報告に対して強烈に反発し、中には同報告を、「マッカーシズムの再来」とまで非難する声もありました。

     こうした米国各界を挙げての巨大なプレッシャーによって、コックス報告は棚上げになってしまい、以後20年、クリントン、小ブッシュ、オバマの各大統領時代、中・米関係は、ずっと「重要な経済的パートナー」、「戦略的パートナー」「重要な戦略協力パートナー」などと呼ばれるようになったなかで、自由に活動した中国の経済スパイは、その活動ぶりに比べて、逮捕された数は実に少なかったのです。

    Fedcaseという公共情報サイトでは、1996年からの「経済スパイ法」事件が皆、掲載されています。

     それによると、2017年末までに経済スパイによる商業機密窃盗事件は180あり、少なくともそのうち55件が中国系米国市民か、中国国籍者によるもので、1997年から2008年まで毎年平均少なくとも3件、2009年から2015年には4〜6件発生しています。現在もまだ19件が結審していません。結審した中では少なくとも9件が起訴取り消しか無罪、3件が罪名を軽減、88%が有罪判決を受けています。

     ★中共の”スパイ保護術”は、赤ん坊同然

     中共はこれまで外国でスパイ行為を行っていることは認めたことがありません。ですから、外国で捕まったスパイを交換しようとは絶対に考えないのです。つまり、中共は自分たちのスパイを守りません。いったん、捕まってしまったら「自然消滅」を待つわけです。

     先ほど申し上げた「国家情報法」第七条の関連内容は、中共が最終的に、自国の市民を外国でのスパイ活動をおこなうことを奨励していると認めたということを意味します。孟晩舟がカナダ当局に逮捕されて以来、中国政府が高姿勢で釈放を要求しているのは、一種の救出活動とも言えるかも知れません。

     しかし、孟晩舟を救援の成否は、そうした”抗議”や高飛車な要求によって決まるわけではありません。強大な力を持つ米国といえども、スパイを救い出す方法は一つしか持っていませんでした。それは「スパイ交換」なのです。自分たちが捕らえている相手方のスパイを「価値を勘案して」、交換するのです。ところが、中国が孟晩舟を交換したいと思っても出来ないのは、「ブリッジ・オブ・スパイ」のルートがないからではありません。今まで無くたって、そんなことは始めればよいだけです。問題は中国の手の内に、交換するコマがないことです。

     今年になってから米国に捕まったのは、少なくともこの人たちがおります。

    10月にベルギーが米国に引き渡した江蘇省国家安全庁副所長の徐彦君。12月にカナダで捕まったファーウェイの孟晩舟。そして12月1日に辞さすしたスタンフォード大学教授、物理学者で中国系科学者の張首晟。この名簿はまだ長くなりそうです。米国ゼネラルエレクトリック社の中国系の主任エンジニアの鄭小清が、商業機密窃盗容疑で連邦捜査局(FBI)に逮捕されたあと、当局は米国の科学技術を中国に伝えた疑いのある中国系の学者、エンジニアに対してビザ発行を拒否しましたが、彼らに共通するのは、中共が特別待遇で世界の人材を招いたプロジェクトの「海外ハイレベル人材招致・千人計画」(2008年中国が世界の人材を科学技術発展のために、厚い待遇で招いた)」のメンバーだったことです。中・米の学界の中国系人士の間では、「千人計画」は、FBIによってしっかりマークされており、「千人計画」のメンバーだったことが誇らしく自慢していた中国系の英才は、現在夜も眠れないと話題になっています。

     もし中国が、今から米国の多国籍企業の駐中国のトップを逮捕して、「スパイ交換」したいとしても、それは無理は話で、却って中・米摩擦を激化させるでしょう。でも、中国政府の下には目下、米国と交換できるスパイがいません。ニューヨーク・タイムズ紙(2017年5月22日)が報道したように、2010年から2012年末までに、中国政府は米国中央情報局(CIA)の中国スパイ網を完全に破滅に追い込み、何年にもわたって情報収集を完全ダウンさせてしまいました。その2年間に十数人のスパイを禁固刑ではなく処刑にしたのですが、これには中国政府のスパイに対する認識に関係します。記事によると、その中には少なからぬ中国政府内部のスパイ、重要部門の中国人がいたと言われます。中共から見ると、こうした連中は売国奴であり、反逆者ですから、殺しても飽き足りない連中なのであり、後日、交換要員として役立てようという発想はもともと思いもよらない事なのです。

     中国は、スパイ戦で”人民戦争”を行い、長年効果を上げてきました。孟晩舟が逮捕され、張首晟が自殺したのは、些かそうしたスパイたちにとっては「キツネが盟友のウサギの死を悲しむ」の感があります。張首晟に対しては、中共はあるいは、「なんとか英雄」とかいう称号を与えて些かの慰めにするかもしれません。しかし、孟晩舟についてはもっと難しいでしょう。なんとか助ける方法を考えるでしょうが、それでも、孟をうまく「橋」をわたらせて助け出せるかどうかは、北京でも何とも保証しかねる事態なのです。(終わり)

    原文は、“晚舟”能否横渡中美“间谍桥”?

     

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