• 程暁農氏★中国、ダボス・フォーラムの”疎外感”  2019年1月29日

    by  • January 29, 2019 • 日文文章 • 0 Comments

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    何清漣氏の2015~2017までのエッセイ改訳版

    スイス・ジュネーブに本部を置く非営利財団「世界経済フォーラム」主催で、毎年1月にスイス東部の保養地ダボスで、世界を代表する政治家や実業家が一堂に会して討議する年次総会、通称「ダボス会議」が先ごろ開かれたが、その報道を読むと考えさせられる。

     英・フィナンシャルタイムズ紙のアソシエイト・エディターのラナ・フォルーハルの記事では「ダボスで開かれたこれまでのフォーラムと同様、最も肝心な問題は議題から注意深く外されていた」という。中国政府の対外宣伝メディアの多維ニュースネットは、「王岐山・国家副主席は、会議ではいささか疎外されているように見えた。それは今日の中国が世界の舞台で、同様に孤立している様を象徴するかのようだった」と。

     経済発展では大変な成功を収めたと自認している中国が、なぜこうした”疎外感”を感じるのか? その答えは、北京の行動と関係があるだけでなく、経済グローバル化のマイナス面の影響の中にある。経済グローバル化は、一連の経済社会問題を生み出し、今、米国が始めた対中国貿易交渉は、グローバリズムへの”破壊”ではなく、グローバリズムのマイナス効果に対する修正の試みなのだ。

     ★⑴ 経済グローバル化のプラスとマイナス

     去年11月2日、私は「ホンデュラスの幌馬車隊が暴露したグローバル思想の弊害」で三つの基本的な観点を挙げた。経済グローバリズムによる税収の流出と、納税者の財布という制御不能の二つの問題点。そして、受益者国家と被害者国家では、「門番」の立場が違うことだ。で、今、もう一度この問題を一歩進めて考えてみたい。

     経済グローバリズムとは、先進国の企業が推進したグローバル産業チェーンの再編成の過程で、それは一連の各国経済、社会的変化をもたらす。こうした変化は、主として技術や商品の発注先が、発展途上国に移行し、一部の先進国での税収減少、失業上昇、経済発展の停滞を招く。経済グローバリズムは、世界経済全体の発展をもたらすが、しかし、それで利益を得る国々が、損する国々を助けてくれるわけではない。

     発展途上国の中でのグローバルな産業チェーンの移転も、新たに得をする国と、損害を被る国が、不断に出現する。最近の例だと、一部の産業チェーンが、中国から東南アジアの国々に移転し、インドネシアの工業大臣は、ダボス会議でメディアに、「交渉が膠着状態の米・中貿易戦争のお陰で、チャンスが回ってきた。我々は米・中貿易戦争で得をした」と語った。

     当然ながら、インドネシアは利益を受け、中国は損をした。しかし、インドネシアが得をしたからといって、中国に補償したりするだろうか? するわけがない。中国が、自分たちがグローバリズムによって儲かっていたからといって、別に米国で損害を被った人たちに補償などしなかったのと同じだ。それはグローバリズムの当然の結果で、中国が自力で上げた成果なのだ。明らかに、経済のグローバル化は、関係各国にウィンウィン関係などもたらさない。産業のチェーンがどこかよその国に引っ越せば、元の国はグローバリズムの苦い果実を味わう。

     苦い果実か甘い果実かは、企業、政府、国民の三つに関連する。企業は、コストと利潤にしか関心がない。どこでも安ければ、産業チェーン移転する。しかし、それを失った国家は、自分たちの国の失業者のために、移転先の国から徴税出来るだろうか? 絶対に無理だ。多国籍企業は、私企業として母国やその国民のためになどとは考えない、当然、その母国の財政苦境を助けるために、海外移転を手加減したりしない。だから、グローバリズムの最大のマイナス面とは、多国籍企業の利益と、母国政府と国民の利益の間に生じた矛盾だ。そして、民主制度の下では、こうした利益の衝突は、選挙によって政府を代えて、新たな政府に解決策をとらせることになる。

     左派の学者やメディアに言わせると、こうした民意は「ポピュリズム」だと言う。なぜなら、自分たちが経済グローバリズムを「ポリティカル・コレクトネス」(政治的正義)として信奉しているからだ。彼らは、グローバリズムを批判する者は、「ポリコレ」に反していると考える。しかし、実はグローバリズムは、「ポリコレ」とは無縁なのだ。グローバリズムとは、もともとプラス面とマイナス面を併せ持った経済プロセスに過ぎない。「ポリコレ」を大上段に振りかぶって、グローバリズムのプラス効果を褒めちぎるべきではなく、また、「ポリコレ違反」だと騒いでグローバリズムのマイナス効果による社会の反発を、無理やり抑えつけるべきでもないのだ。

     経済はグローバル化出来るが、国家には地域性がある。先進国の大多数の国民は、職業のために自分の家族を引き連れて、世界中を移動出来るわけではない。まともな暮らしのために、政府に対して経済政策を変えろと要求するのは、全く正当なことなのだ。西側の左翼は、自分たちのユートピア的理想のために、国境の廃絶を主張し、発展途上国の国民を自由に先進国に来られるようにすべきだと言う。しかし、先進国人口が少数で、発展途上国人口が大多数を占める現在の世界で、そうした人口流動のグローバル化を行えば、必然的に先進国側の衰微につながる。なぜなら、高い技能を持たない、社会福祉を必要とする人口が大量に流入すれば、先進国国民の税務負担が重くなり、最後には後者は「共産化」されるしかないからだ。あるいは、こうした「共産」効果が、まさにユートピアイズムの中核なのかもしれない。

     ★⑵ 中国はなぜ孤独なのか?

     「ダボス会議は重大な議題を忌避する」と「王岐山国家副主席はいささか疎外されているように見えた」は、実は同じことを言っている。この世界経済フォーラムが、一番大事な話は議題としないと言う意味は、すなわち、まさに緊迫している米・中貿易交渉のことだ。交渉の結果は、疑いなくグローバル化の方向に重大な影響を与える。しかし、世界経済フォーラムの参加者は、廊下でこそこそ話はしても、これを議題として自分の意見を述べることはしたがらない。
     
     「ダボス会議」に参加するには大変なお金が必要で、大企業しか会員になれない。1千社にのぼる会員企業は、基本的な年会費として5万スイスフラン、ダボスで開催される年次総会へのCEOの参加を対象とした年次総会参加費として2万5千スイスフランを納めている。合計すると一回の会議に出席するには8.5万米ドルを払わねばならない。参加者は各国企業のエリート。それが「昔のダボス会議は元気一杯だったが、今年の参加者は皆、心配そうだった」とフィナンシャル・タイムズ紙が評した。

     なぜ彼らは、あんなにグローバリズムを喜んでいたのが、今やその将来を心配するようになったのか? 心配しているくせに、公然と論じたがらないのはなぜか? これには多分、二つの理由がある。一つは自分たちの企業が、米国と中国の双方に関係しており、どちらからも嫌われたくないこと。二つ目は、自分たちがまさにこうした問題の当事者だから。例えば、グローバリズムのマイナス面は、まさに多国籍企業の脱税問題だ。当然、彼らはそんなことを討議したくはない。

     グローバリズムを批判する先進国の国民には、自分たちの道理がある。一方、グローバリズムの弊害を論じたがらない多国籍企業のエリート達も、口に出せないことがある。ならば、グローバリズムに密接な関係のある中国政府は、どんな難問に直面しているのか?

     疑いなく、中国は、世界経済の舞台の上でこれまでにない重要な存在だ。しかし、舞台上での役割は、必ずしも拍手を浴びる存在ではな位。野次り倒されることだってしょっちゅうある。中国はグローバリズムで得をしているわけで、だからそれを擁護しようと努力中なのだ。しかし、中国が疎外感を味わう理由の根源もまた、グローバリズムに関係する。原因は、グローバリズムが完全無欠の枠組みではなく、イデオロギーがもたらす欠点だらけの現実があるからだ。

     中国の疎外感は、政治制度の面からだけではない。政治制度はこの70年来、全然変わっていない。中国の疎外感は、北京当局がグローバリズムに対して、単細胞的な考えしかないからだ。グローバリズムが自分たちに都合が良いという一面しか見ておらず、自分たちがトクをすれば、他国は損をするダイレクトな関係は、認めようとしないのだ。

     中国の典型的な言い分は、「グローバリズムによって、米国の消費者は大量の安い中国製製品を買えるから、両国はウィンウィン関係だ」と言うものだ。この種の弁明の欠点は、グローバリズムの新しい波は、まさに今、中国からインドネシアに産業チェーンの移転となっている。では、中国は、インドネシアが儲けて、自分たちが損をすることを褒め称え、これをウィンウィン関係のグローバリズムだと言い得るか? それとも新たなグローバリズムの流れは、自分たちに損だからと反対するか?

     米国の消費者は、別にインドネシア製品が中国製品に取って代わったところでどうでもいい。彼等が関心を持つのは、自分たちが、日用品を買えるだけの給料がもらえるかどうかだ。そして、まさにこの点で、この2年間、米国人は政府の政策が変わって、就職先が増えたと感じているのだ。現在、米国の失業救済を申請する人々の数は、既に過去50年来最低になっている。

     不断に変動する経済のグローバル化においては、永久に得し続ける人は、事実上誰もいない。中国製造業のコストは必然的に、「世界の工場」が形成されるに従って上昇する。だから、一部の産業は外国に移転するし、失業は増える。北京当局の「疎外感」は、民主主義制度の政府とは違う。中共政権の政治的正当性(レジティマシー)は、経済繁栄としっかり結びついているからだ。経済衰微は、当局にとって特別の緊張をもたらすだけではなく、国内宣伝的にも苦しいことになる。かつての経済繁栄は、「中共による改革開放の成功のおかげ」だった。ならば、これからの長期にわたる経済不況は、その政策の失敗のツケ、ということになる。これは、自分で掘って、はまってしまった落とし穴だ。

     ★⑶ パティシエ? それともケーキ泥棒?

     王岐山は、ダボス会議の席上、「ケーキを大きくしてこそ、大きなケーキの分け前にあずかれる」と述べた。この分野では、中国は、疎外に直面している。なぜなら、多くの国家が、中共を「ケーキを作る」だけでなく、「ケーキ泥棒」ではないか?と疑っているからだ。現在の米・中貿易交渉の中心議題は、知的財産権の侵害で、これは「ケーキ泥棒」の問題。国際知的財産権分野では、中国はとっくに「特許協力」(1970年)、「工業所有権の保護に関するパリ条約」(1883年)、「集積回路についての知的所有権に関する条約」(1989年)サインはしている。しかし、あの手この手で、大々的に先進国の知的財産権を侵害してきた。だから、北京は確かに「疎外」されている。どんな国だって「我が国はケーキ泥棒を支持する」などとは言わない。

     しかし、客観的に見れば、他の分野で、北京当局が唯一の「ケーキ泥棒」というわけではない。欧州連合(EU)メンバーの国々でも似たような現象が起きている。

     最近、EUは、マルタ共和国、キプロス共和国、ブルガリアが、その市民権を売っていると、公開で非難した。マルタを例にとると、アラブ圏やロシア、アジア、南アメリカから、マルタに住まないでもマルタで不動産を購入して5年間持っていて、一度マルタを訪問しさえすれば、国籍申請が出来る。そして、マルタはEU加盟国だから、EU国民として、EUのどの国にでも住むことが出来る。その国の地域医療制度や年金を受け取ることが出来るし、ビザなしで米国にも入国可能なのだ。

     ドイツの国際公共放送「ドイチェ・ヴェレ」(Deutsche Welle)は、NGOのトランスペアレンシー・インターナショナル(国際透明性機構)とグローバル・ウィットネス(グローバル証人)が、去年秋にこう発表したと報じた。

    ;過去10年に一部のEU国家は、金儲け目的で10万通の「投資移民証」を発行し、そのうち6千人は既にEU市民の資格を持っている。こうしたビザは大部分がスペイン、キプロス、ボルトガル、英国で発行されている。キプロスだけでも、これで48億ユーロの収入を得ている。キプロスは金融危機以後、あの手この手で資金を獲得しきた。実はEU28カ国中、20カ国のメンバーが、金額は違うが、それぞれ、投資と引き換えに長期居住権を与えている。

     これが問題なのは、欧州に移民をした外国人側から見れば、自分たちの本当の目的地に投資しなくても移民が可能なことだ。彼等が本当に行きたいのは、キプロスだのブルガリア、マルタなんかではなくて、フランスやドイツやイギリスだ。ブルガリアやキプロス、マルタを踏み台にして、楽々とEU公民になった後、そうした国々へ長期滞在目的を果たせる。つまり、ブルガリアやキプロス、マルタは「途中駅」で、「入場券」を売って収入にしているわけだ。一方、フランス、ドイツの納税者は、そうした外国人に各種の福祉手当を払ってやっていることになる。つまり、フランスやドイツの「ケーキ」は、ブルガリア、キプロス、マルタなどにかじりとられている。「ケーキ泥棒」と呼ばれるのは、自国民の身分を「売り出して」、他の国家の甘い汁をいただけるからだ。

     こうしたケースは、「グローバリズム」のテスト地域であるEUに、無数の「ケーキ泥棒」の穴が空いているということだ。国籍法やビザ発行は本来ならば、それぞれの国家の内政だが、「人口流動グローバリズムの欧州実験場」のEUでは、「ケーキ泥棒」に大々的に門戸を開放している。この問題については、グローバリズム無条件賛成派は口をつぐんでいる。そして、一部の国々で、「ケーキがあまりにもたくさん盗まれた」となった。その国民たちは、この「ダブル災難」の話をせざるをえなくなった。イギリスのEU離脱問題でも、これは重要な要素だ。米国とメキシコの国境もあってないようなものだった。しかし、ホンデュラスからの米国移民を求める大幌馬車隊問題で、矛盾が爆発した。それでも、米国の民主党左派は「国家の国境をなくすべきだ」と考え、依然として壁建設計画には反対だ。

     EUの「ケーキ泥棒」の話は、外国移民の個人的行動だけではなく、その国家の不当な行動であることを、はっきり示している。同様に、知的財産権問題でも、北京当局は産業スパイ、ネットハッキングなどの違法手段を通じて、技術を盗んだばかりでなく、グローバル化の守護の下に、先進国のハイテク企業のリスク投資による知的財産を入手している。米・中貿易交渉が進まないのも、こうした知的財産権問題に対しての、実効性のある解決がなされないからだ。

     グローバリズムのイデオロギーは、本来全然、「ポリコレ」とは関係ないし、神聖不可侵でも、経済の現実を見直すのはタブーという話でもない。事実上、これまでに述べてきた問題はもう起きている。米・中貿易交渉は、グローバリズムを「破壊」するためではなく、グローバリズムのマイナス面を是正しようという試みなのだ。(終わり)

     原文は;程晓农:达沃斯论坛 中国为什么孤独?

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