• 程暁農 ★社会主義の幽霊の再出現 2019年02月19日

    by  • February 24, 2019 • 日文文章 • 0 Comments

     

    中国 何清漣
    中国 何清漣

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    社会主義という幽霊が、100年前にヨーロッパからアジアに漂って来て社会主義陣営が生まれ、そして結局灰燼となった。しかし、この幽霊は、消滅したのではなく、今やアメリカ大陸に辿りついた。2月5日、トランプ大統領は2019年の大統領一般教書の中で、「我が国を社会主義化しようという呼び声が国内に高まり、我々の警戒心を高めさせている。我々は、米国を永遠に社会主義化しないという決心を新たにする」と述べた。実は、社会主義は一種の経済制度であって、かつて多くの国々で長年実施された結果、失敗を宣告されたものだ。しかし、それは依然として幽霊のように、その独裁制度の”味”を経験したことのない人々を誘惑している。

     ★一体、社会主義とは何なのか?

     社会主義はウィキペディアによると、生産財(資本、土地、資産、製品)などを社会で共有して、民主的にコントロールしようという一種の長い歴史を持つ理念だという。スローガン自体は一種の空想だが、それが一連の政策となると、次第に制度化され体系化される。そして、全面的に社会主義政策が推進されると必然的な結果として、専制的な社会主義政治経済制度となる。20世紀にソ連を頂点とする社会主義陣営国家のそれらの制度は、多かれ少なかれ抛棄された。しかし1980年以後に生まれた人々には、アジア、欧州、米国であろうと、社会主義制度はなじみのないものである。彼らは往々にて、なぜ、前世紀末に社会主義制度が突然崩壊したかを理解していない。社会主義国家の歴史を理解して初めて、社会主義とは一体なんであって、なぜ転落してしまったかという必然性を理解し、社会主義の幽霊の持つ「民心を惑わす怪しげな魅力」を認識することが出来るのだ。

     単純な社会主義スローガンは、ただ人の心を惹きつける宣伝手段でしかなく、それ自体にはイデオロギー上の深い意味は無い。その思想的源泉は、マルクス主義ユートピア理念とプロレタリアート革命の教条である。社会主義は「最後には完全な社会主義制度になる」とマルクス、エンゲルスが提起したという空想であって、一番最初に旧ソ連で完成した。世界で初めて社会主義を国の名前に採用したのは、ソ連だった。以後、ソ連は世界各国にプロレタリアート革命を輸出し始めたのにつれて、ソ連式の社会主義モデルは、東ヨーロッパ、アジア、キューバで芽を出した。あらゆる社会主義国家の大半は、ソ連の指導下に生まれ、ソ連のスターリン主義制度を見本にした。だから、それらの制度は同根同源なのである。

     簡単に言えば、ソ連型モデルは三つの部分からなる。専制的弾圧政治、生存プレッシャーを利用した洗脳制度、公有制を基礎とした経済制度だ。この三つの構成部分のうち二つまでは社会科学用語だと「全体主義国家」(totalitarian state)と国家社会主義(state socialism)である。前者は、政治制度と洗脳制度であり、これは「国家が抑圧できる社会的な一切の権力を握り、一切の公共、個人の活動空間をコントロールする社会制度」だ。政治指導者は、人民民衆の政治、経済、思想、価値観および日常生活の活動に対して、厳しい全方向的なコントロールを行い、自分たちの意思と欲望を全社会に及ぼし、国民に、指導者の意図や思想と異なるどんな違反も許さない。この政治システムは、日常的な監視と懲罰によって恐怖を生み出し、人民を恐れさせて無条件に服従させるものだ。

     「国家社会主義」とは公有制と計画経済が支配的な地位にある経済制度だ。いかなる国家も社会主義制度を実行する以前は、全て私有制が主だった。しかし、マルクス主義の教条では、社会主義は私有制を消滅させることによってのみ、共産主義へと向かうことが出来ることになっているので、こうした社会主義国は、全てある程度まで生産財を国有制にした財産制度を形成してきた。同時に、この主の経済制度は、経済管理上、中央集権と計画経済を行なった。だから、経済管理上の中央集権とは、つまり経済活動の方針を決定する権限を中央政府に集中し、企業はただそれを実行するだけだった。いわゆる計画経済とは、つまり全国の下から上まで、全ての生産単位団体が必要な人員、財物、物質的な計画を立て、管轄を一本化し、上級、そのまた上級と上げていって、最後に国家計画委員会がまとめてこれを批准する。そのあとで、国民経済計画の各ブロジェクトは、文書の形で下の各管理部門に下りてきて、更に各企業に分けられていく。経済計画が下に伝えられたら、簡単には変更は許されず、上級部門は計画執行状況を、下級機関の成績として評価する。計画管理が硬直化する特徴としては、それぞれの生産現場の具体的な状況や客観的な条件を十分考慮することなく、ただ前の年の執行状況から翌年の計画を割り当ててしまう。同時に、計画管理自体の利便のために、計画に影響を与える数字(物価、給料、利息など)を基本的に固定してしまい、その結果、あらゆる人々の給料、すべての物価は中央政府が統一して決めることになる。

     ★ 社会主義経済の典型 怠惰

     社会主義経済の下では、あまねく「食いっぱぐれの無い”親方日の丸”主義、低効率、高浪費”の三つが制度の特徴です。中国では、「最近、どう何とかごまかし(混)てる?」という言い方がある。この「ごまかしてる」は社会主義制度の必然的産物であると同時に、人々の日常行為の特徴でもある。社会主義経済制度では、企業の利潤は全部政府が吸い上げ、労働者の給料は政府によって決めれている(中国では1950年代から文革の終わりまで20年間、労働者の給料は上がらなかった)。つまり、仕事の業績と個人の収入は、いささかの関連もなく「よく働こうが、働くまいが、かわりなし」だった。改革開放前の「鉄の大鍋」制度は、労働者や農民にも「誤魔化して日を過ごす」気持ちを起こさせ、仕事も適当でしたから、結果は自ずから生産効率は低下した。

     前ソ連では有名な小話があった。「奴らが俺たちに給料を払ってるふりをするから、俺たちは仕事をするふりをするのさ」と。中国でも同じで、改革開放前の工場労働者であろうと、人民公社生産だいたいの農民であろうと、いい加減な仕事ぶりはどこでも見られる現象だった。1987年に中国では統一企業調査が行われましたが、その結果、目一杯努力してる人は12%しかおらず、半ぶんぐらいと答えた人が3割、14%ま全く仕事をしていなかった。国営企業の無駄や浪費の大きかったのは、仕事で材料を節約することを考えなかったばかりでなく、廃品率も高く、また、労働者が材料を家に持って帰るケースも多かったのだ。

     経済管理では、計画管理部門は、各企業と地方政府が政府に上げてくる資金や物資の請求報告には、割り引いて支給するのが常だった。下部もまた、上級に申請するときはサバを読んでいたから、最後には資金も物資も「不足」になってしまうのは当然でした。また、下の方はボーナスも賞品もなかったので、そのかわり財務予算がユルユル担っていて、借金しても、損害をだしても返す必要はない、というものだった。社会主義経済の政府部門と企業には惰性に満ちて下り、上部から特別な圧力がない限り、こうした機関も職員、労働者ともに、毎日「なんとか上手く誤魔化して日を過ごす」有様で、自ずから上を目指そうという創造力は生まれない。

     ★社会主義経済革命の宿命 墜落

     社会主義経済は生まれつき硬直化し、低効率、大浪費で、当局は政治的圧力と懲罰で、少数の「よろしくない人々」を罰することはできても、改良社会主義経そうしたターニングポイントは、一般にトップレベルの政治変化から生まれる。

     共産党国家の建設時の政権は往々にして集団指導制になる。ソ連共産党のレーニン時代や、中共の1950年代初めがそうだった。しかし、この種のモデルは、遅かれ早かれ個人独裁に変わる。理由は、トップレベルの政治的衝突や社会管理の需要に関連する。世界から資本主義を消滅させようと宣言している社会主義政権としては、必然的に民主国家の抵抗に遭いますから、スターリンや毛沢東は、大急ぎで工業化を完成させ、強大な軍事企業を作り出さねばならない。これには最大限の資源の集中が必要になり、同時に一般大衆の生活の需要は才芸限度まで落とすことになり、民衆の暮らしを考えようとする役人を弾圧して、内部にいかなる不協和音も生じないようにする。かくて、指導者頼みの個人崇拝と、広い範囲の政治的粛清統治モデルが出来上がる。民衆は政治を極度に恐れ、日々の暮らしが苦しくても文句は言わない。当局は安い給料でこれまで通り、役人や一般大衆をおとなしく従わせることができる。しかし、党内やハイレベル内部で、政策に対して批判が出ることは免れず、政治的粛清がいつも行われ、統治手段の一部になる。

     一旦、独裁者が死亡すると、ハイレベルに権力の空白が出現する。後継者が引き続き政治監視装置の指揮権を受け継ぐが、必ずしも前指導者の作り上げた枠組み装置を有効に指揮できるとは限らない。同時に、前任者に対する崇拝をそのまま引き継ぐすべはない。更に危険なのは、死んだ独裁者の部下連中が、各種の権力を握っているだけでなく、新リーダーやその政治局の危険な弱みを握っている可能性もある。だから、高層では通常、集団モデルに回帰して、走行レベルの指導メンバーが権力を分掌することになる。同時に、過去の冤罪事件などの名誉回復などして、民心を得ようとし、また一般大衆にも少しばかりは経済的な利益を与えて、権力後継者の正当性を生み出そうとする。フルシチョフと鄧小平はこのようにした。この過程の中で、政治エリートの腐敗は、不死鳥のように蘇る。ブレジネフと江沢民、胡耀邦は、腐敗を許すことによって、官僚たちの服従と交換したのだった。

     共産党の指導モデルが、個人独裁から集団指導制に変わるとき、よく一連の改良現象が出現するが、目的はソ連モデルの効率の改善である。こうした改良はしかし、ソ連モデルの二つの基本的な枠組みには影響を与えない。つまり、「全体主義国家」(totalitarian state)と国家社会主義(state socialism)にである。例えば、フルシチョフはスターリンを批判したが、政治的な開放は行わなかった。中国では1970年末に農村の請負責任制を採用したが、国家による農産品の統一購入制度と定価政策は変えず、計画経済の根本は依然として堅固なものだった。

     もし、単に政治的見地から考えるならば、民衆の福祉向上とか、腐敗を多めに見て役人の忠誠を贖うといった「金で政治の安定を買う」方法は長期安定で可能に見える。しかし、それは、当局の持つ経済的資源を大量に消耗する。1980年代の中国で流行った話が、よく民衆の気持ちを表している。「茶碗を持って肉を食って、箸を置いて母親=政府=を罵る」(拿起碗来吃肉,放下筷子骂娘)、つまり改良といっても経済効率改善にはなってない、ということだ。ソ連ではフルシチョフ失脚後、経済体制と経済政策上の改良を諦めてしまい、経済状況は次第に悪化し、最後には病膏肓に至李、20年後のゴルバチョフもどうにもならなかった。 

     中国の経済改革でも同様の状況が見られる。各種の改革措置は労働者の福祉を高めたが、「全人民所有制」の企業の損失は、ますますひどくなり、1996年、銀行システムは全面的に欠損を出し、限られた銀行資本は企業の赤字に急速に飲み込まれてしまい、工業企業の悪化は、即金融システムの長期疲弊となった。1997年末、朱鎔基は企業改革を迫られ、「全人民所有制」を企業幹部を主人とする私人所有制に変えた。この措置は経済を救いはしたものの、社会主義の大黒柱たる企業国有制を放棄するものであった。その後、計画経済はめでたく大往生を遂げ、国家計画委員会も解散してしまった。

     中国経済改革というのは事実上、二つの時期に区分され、前半の20年は社会主義経済体制内での改良で、「大きな鉄鍋」つまり、「全人民所有制」には触れないできた。そして後半の20年は、完全にこれまでの50年の社会主義経済制度の核心たる、「鉄の大鍋」「全人民所有制企業をぶち壊し、企業の私有制を復活させた。だから、1997年以後、中国は実際には資本主義経済制度を採用して、政権の延命を図ってきたのだ。

    (★中共幹部は如何にして資本家に化けおおせたか — 中国企業の国営・私営の関係の変化(1)★2017年9月9日 
    「私有化は許されない」建前の裏で— 中国企業の国営・私営の関係の変化⑵★ 2017年9月10日 
    政治とビジネスの”結婚”— 中国企業の国営・私営の関係の変化⑶★ 2017年9月14日

    程晓农 中国模式:共产党资本主义(未訳 中文) 


     ★なぜ米国に出現したのか?

    米国の各階層や年齢層の中で、社会主義に最も興味を持っているのは若い人々だ。ニューヨーク・タイムズ紙が去年7月3日に掲載した「民主党は社会主義化しつつあるのか?」では、「多くの年長の民主党員からすれば、どんなに自由主義的な人であっても、民衆が生産財をコントロールするなどと言えば、皆、反発する。しかし、それは若い人たちからは歓迎されており、最新の調査では、18歳から34歳の民主党員のうち61%が社会主義に好感を持っていることが明らかになった。

     長引く不況と就職難、教育コストの上昇、医療保険に頼れないことなどが重なって、若い人たちには物質的な面での痛みと不安感がある。共産主義が世界中で失敗した記憶はないが、資本主義が失敗した例なら身近にいくらでもあるのだ。

     しかし、その実、過去数年来、米国の経済は明らかに復活してきていて、また、ある種の経済問題が原因で社会のあるグループに不満を持つようになることは珍しいことではなく、特に資本主義の失敗を証明しているわけでもないのだ。この世代の社会主義を歓迎する若い人たちは皆、米国の左傾思想の大学教育を受けてきたせいなのだ。彼らが教室で学んだ多くの学派、ものの見方は多くが欧州の新マルクス主義思想を背景に持っている。こうした思想は、まさに異なった考え方を排斥するので、世間知らずの若者たちは、社会主義に憧れを持つような方向に引っ張られてしまうのだ。

     結局のところ、社会主義政策や社会主義経済体制が果たして選択肢になるかどうか、というのは長年実践を経てきた社会主義制度をとっていた国々の歴史の中から学ばなければならないのだが。(終わり)

     原文は;程晓农:社会主义的坠落和幽灵再现 

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