毎年恒例で、内容より儀式性が重視される中国全国人民代表大会(全人代、国会に相当)だが、今年はちょっと様相が異なる。と言うのは、改革開放(1978年末〜)以来、初めて政治、経済、国際の三つの面を重ね合わせて、政府がリスクを提起したからだ。では、一体この三つのリスクとは何か?
今年の全人代は「外商投資法」(訳注1)を大急ぎで審議しているが、実はこれが三つのリスクと関連する。そして、来年は不動産税が正式にスタートするが、これも経済リスクを軽減するためで、都市住民の懐具合とも密接に関係する。
★習近平の政治的危機

今年の全人代の開始前、中共のトップレベルでは「政治的リスクの防止」が提起され、それが何を指すのか海外では憶測が広がった。何周年かの記念日に起こりかねない事件だとか、伝統的な権力闘争だとか、全人代で「習近平ノー」が突き付けられるのだろうとか、様々な臆測が生まれた。しかし、官製メディアの報じる情報をよく読んでみると、何と、この政治的リスクは、主に中共党内や政府内で、官僚が中南海からの命令をちっとも聞かないという話だった。以前は、中南海の号令が「喉元」でストップしてしまうという話なら、概ね省レベルのトップ層だったが、それが「足元」まで伝染している、というのだ。つまり、上の命令に対して、下部の官僚が、ちっとも実行しないか、またはやり過ぎるという話なのだ。
官僚たちは、いつだって独裁専制政府の擁護者である。サボるのは、民主化とは無縁の話だ。だから「官僚に二心がある」というのは、専制政治体制に面従腹背なのではなく、「反腐敗キャンペーン」に従うふりをしているだけ、という意味だ。
王岐山・国家副主席が大奮闘した「反腐敗キャンペーン」によって、官僚世界では、多くが反対か、大不満で、命令をサボるようになった。こうした不満は、江沢民・朱鎔基時代や胡錦濤・温家宝時代を、「あのころは『腐敗を許す代わりに協力せよ』で良かったなあ」と懐かしむ気持ちにさせる。また、ここ数年の「反腐敗キャンペーンをムチにする」方針は、強力な「非協力・消極的反対」に遭遇中だ。官僚たちの「非協力」のやり方には3種類ある。一つは笑い物にしようという姿勢で「経済が落ち目。さあ、トップ連中どうするか見てやろう」と傍観。二つ目は、「仕事をしなければ、間違いも犯さないで済む。お茶でも飲んで見ていよう」。三つ目は「盲滅法、何でもやっけ仕事で片付ける」だ。上には唯々諾々と従いはするものの、経済政策の上で有意義かどうか、かえって良くない結果を招くのではないか? などとは考えずに、ただ命令を、とにかく形の上で「実行」だけはする、というのだ。
では、なぜ官僚たちのこうしたサボタージュが重大な政治的リスクなのか? それは北京が。今や目に見える形で危機に直面しているからだ。
独裁国家では、経済的な困難に対する政府の対処方法は、各級の公務員が努力して、地元の現状にふさわしい、各種の具体的な措置を講じる。毛沢東時代に、官僚たちは風向きを読んで行動したが、それは迫害を恐れ、粛清を恐れたからだった。江沢民・朱鎔基時代や胡錦濤・温家宝時代には、官僚たちは上部の指令に積極的に自分から協力したが、それは「腐敗のチャンス」が重要な彼らのモチベーションだった。しかし、習近平時代には、腐敗の旨味はもう存在せず、モチベーションも失われてしまった。今も変わらない。だから、彼らは「何もやらない」方を選ぶ。今日の政治的リスクとは、官界の単純な問題ではなく、彼らが「働こうとしない」ことが、経済的な危険を拡大してしまいかねないのだ。
★李克强の経済危機と国際的な危機
全人代は形式上の役割としては、毎年報告を聞いて挙手賛成し、承認する。実質的な役割は立法だ。全人代は、経済政策を決める機関ではないし、経済情勢と経済政策の分野では、国務院と異なる見方などまずしない。とはいえ、審議される各種の仕事の報告や関連会議のニュースから、往々にして経済の風向きのヒントは得られる。毎年、人代は首相から政府の仕事の報告を受けるが、2015年から「経済リスク」という言葉が、李克强首相の報告に登場した。その後、毎年の報告には、同様の表現がずっと登場しており、「経済リスク」の範囲も次第に広がって来ている。
過去6年間の政府の経済情勢の国内要素の評価報告を顧みると、2014年には早くも「生産能力過剰」、2015年には「財政、金融面の危険性」、2016年には、再び財政収支問題に加えて、「生産能力過剰」(原注;相対的過剰ではなく)、2017年には「一部業界の生産能力過剰」、2018年には「経済成長のエンジンとなる力不足。創新(イノベーション)能力の弱さ、中小企業の経営困難」と続き、今年の報告は、更に広範な「消費拡大の速度の低下」「有効な投資力の不足」「実体経済の多くの困難」「民間企業融資難、融資コスト高」「企業の自主創新力の弱さ」「一部地方財政収支の矛盾拡大」「金融分野などの隠れた危険性」に及んだ。
こうした内容は、生産能力過剰、財政の危険性、金融の危険性と幾つかの分野に及ぶが、この6年間、大して改善されなかった。2018年から、経済成長力の原動力不足、実体経済の困難が目立った、という言葉の意味は、下り坂経済が既に始まったということだ。
今年、民営企業の経営困難という現象がまた増えた。民間企業は求職者の主要な雇用先であり、民間企業の困難が増えたということは、今後の就職情勢はますます困難になるということだ。(訳注2)つまり、政府の過去6年間の経済政策は、せいぜい経済下降を先延ばしにしてきただけで、経済のリスク軽減には効果は無かったと言える。
今年の報告が、初めて「国際的なリスク」に触れたのは、意外ではない。米・中貿易交渉という外部的要因の衝撃は誰でも分かる。去年の後半から今に至るまで、中国では多くの輸出企業が、懸命に時間と競争で輸出に励んできた。米国の関税値上げ後に市場を失うことを恐れたからだ。そして、上述の消費、投資、実体経済、企業経営などが遭遇している困難は、多かれ少なかれこの国際的要素を反映している。こうした背景の下で、今年の全人代は、「外商投資法」を通そうと準備している。これは国際的なリスクと、経済のリスクを緩和しようとする応急措置だ。
★「外商投資法」の審議加速
4年間も放置されていた「外商投資法」は、去年末以来、全人代によって異常ともいえる早さで審議され、今大会期間中に最後の審議を終えて通過させようとしている。中国では、経済法規の大半は、国務院の関連部門が全人代の代わりに起草して、全人代に手渡すのが通例だ。しかし、2015年に関連部門が起草した「外商投資法」は、現在の「外資3法」(中外合資経営企業法、外資企業法、中外合作経営企業法)に代わるものだが、その草案は外国企業への制限条項を多分に残したままのもので、全部で170条、1万8千文字もある。が、それでもこの草案は、ずっと先送りにされて、立法機関が必要とする3回の審議にかけられなかったというのに。
ところが、今回提案された「外商投資法」の新草案は大幅にカットされて簡単になり、たった39条3千文字で、その3分の1は、1条あたりたった一言しかない。この新草案は、去年12月下旬の全人代常務委員会で初めて審議され、それもたったの1カ月で各界の意見聞き取りも終えてのことだ。今年の1月29日の全人代常務委員会は、更に常務委員会会議を開き(原注;通常は毎年2カ月ごとの月末に開催するのが常なのにだ)、再び「外商投資法」法案を審議し、続いてこの3月の全人代で第3回の審議をしたことにして、投票という運びになる。
4年間も先送りされていた外国と関わる立法が、たったの3カ月以内に、猛烈な速度で審議を終えて、表決に持ち込まれたのは、主に米・中経済交渉の過程で出て来た問題に対応するためだ。現行の「外資3法」では、対外投資者にはあまたの制限が課せられているが、その中の多くの制限や不作為の行為は、貿易交渉の中で、何度も米国が北京に対して「世界貿易機関」(WTO)のルールに従って改正せよ、と要求しているのと合致する。
例えば、中国は「市場開放は技術移転と引き換え」政策を取って来ており、外国企業に技術移転を要求すのが常だった。「外資3法」は、中国の企業や各級の政府による外国の知的生産権侵害を制裁しようとせず、合法化してきた。しかし、今回の新草案は、外国の投資家が、皆、関心を持っているこの知的財産権保護、強制的な技術移転など対して擁護する条項を儲けた。行政機関やその関係者が、行政手段をもって、外国企業に技術移転を迫ってはならないとしている。
また、「外資3法」や、その他の関連行政法規が、外国企業投資に数々の制限を許していたのに対して、今回の新草案は、外国企業に中国人と同様の権利を認め、多くのマイナス面を清算している。つまり、政府が特別に規定した分野以外では、外国の投資家が、中国の投資家より不利にならないようにした上で、分野も開放するとしている。
また、以前、地方政府が外資企業から勝手に自分たちの都合の良い税金を取り立ててきた。が、新草案では、原則として、国家は外国投資から税金を取らないとしている。更に、外国企業が利潤を自国に送金しようとする際には、常々、数々の公開規則や、非公開ルールに遭遇したが、今後は外国企業は利潤を自由に持ち出せることになっている。
この法案の草案が、大幅に審議速度を早めたのは、明らかに立法レベルで、米・中貿易交渉での、中国側の約束の法的根拠を整えるためだ。多くの条項はあまりにもシンプル過ぎて、政策宣言のようなもので、裁判で使われるような法的な条項の体をなしていない。まさに中国欧州連合(EU)商議所がいう通り、草案の条項が広範かつ曖昧模糊としており、多くの条文が法的拘束のある条項というよりは、政策方針のようなものだった。
また、新法案は、知的財産権保護を強化するとは言っても、外国製品の偽物を作らせない措置とかいった具体的な規定は別にない。「外商投資法」新法自体は、米・中貿易交渉が関わる様々な方面の問題を完全に解決するものではない。それが果たして、新たに外国からの投資熱をもたらすかどうかは、米・中貿易交渉の最終結果、特に今交渉の最中の監督、執行面の具体的な中身を見ななければ何とも言えない。
ただ、注目に値するのは、新たな「外商投資法」には、政府部門の外国企業に対する行政干渉を減らそうという傾向が見られるることだ。あるいは、これで中国の官僚たちが、旨い汁を吸おうとするチャンスがちょっとは減るかもしれない。客観的に見て、外国企業の手足を縛ったりせずに、自主経営への信用が少し増え、政府の官僚の前で、これまでのようにペコペコしないで済み、官僚たちも、これまでのような「管理し、締め上げ、無視する」といった態度がちょっと減るかもしれない。最終的な結果はともかく、米国企業以外の、各国の外国企業も、米国政府のおかげで「無賃乗車」出来るというわけだ。
★中国人の関心は「不動産税」に
中国民衆は「外商投資法」になどあまり関心はない。都市住民の心が騒ぐのは別の、曖昧模糊とした情報だ。それは、栗戦書・全人代常務委員長の示した不動産税だ。今年、遅くとも来年には制定されるという。つまり、はっきりと不動産税審議が全人代の立法審議日程に上がっており、来年には通過する。李克强首相の今年の政府工作報告でも触れられており、地方税制体系を健全化するには、ゆっくりと不動産税立法を進めると述べている。不動産税が政府報告に記されるのは、これで3回目、全人代が不動産税の立法期限を明らかにしたのは、これが初めてだ。
いわゆる不動産税とは、二つの税に関わる。不動産税と都市の土地使用税だ。立法機関と行政部門は、不動産税立法に注目している。その目的は、明らかに財政上の危険の軽減に関わる。
つまり、経済のリスクが既に生まれており、その内の「財政の落とし穴」は一番厄介なものの一つだ。しかし、現在、当局は、この穴を埋めるために、有産者の懐からお金をちょうだいする政策を確定したということだ。
全中国の省以下の各クラスの地方財政は、長年高度に「土地財政」に依存して来た。つまり、土地を開発し、販売して財政収入として来たのだ。過去10年の「土木景気」は、インフラ施設建設と不動産開発が行き詰まり、地方政府の「土地財政」は立ちいかなくなり、どこからか金を持って来て財政の穴を埋めなければならない。それには不動産税しかない。過去10年来、財産を増やす一番の期待は不動産だった。しかし、現在、政府は全面的に不動産税を徴収しようとしており、多くの不動産所有者は、全て対象になりかねない。
これが欧州の国々での不動産税なら、一般に、定額で住民の反発はさほど強烈ではない。米国では、主に郡や市の政府が得た税金で、地元の公立学校の経費に充てており、用途には相対的に透明性がある。しかし、中国の不動産税はそうはいかない。主に、財政の「穴」を埋めるというなら、懸念が残る。もし地方財政の「穴」がどんどん大きくなるならば、将来の不動産税率もまた、ますます高くなるのではないだろうか。これはまだ今の所不明だ。
不動産税は、既に何年にもわたって論議され、重慶や上海ではとっくに範囲を決めてテスト的に実施されてきたし、陝西省や寧夏回族自治区では、数年前から徴収されている。これまで全国的に全面的課税が遅々として実施が遅れたのは、3、4線級の都市の不動産在庫が関係すると言われる。いったん税を課せられたならば、不動産市場への打撃となるからだ。しかし、不動産の過剰在庫は、自然消滅を期待するのは無理だ。地方財政の方は、日増しに財源が枯渇してきた。だから、不動産税を立法化したのは、この税制度が最後の階段を上り切ったということだ。このニュースが流れるや、香港の株式市場で上場されている中国の地方不動産会社の株が軒並み下落した。おそらく、今後、中国国内の株式市場でも同様の現象が見られるだろう。
中国人で、自宅に法律書を備えている家などまずない。しかし、不動産税が始まれば、おそらく多くの家庭では、仕方なく買うことになるだろう。この不動産税法は、税率や範囲面積は、地方政府が決めることになる。それなら、どれぐらい税金を取られるのか?だ。
多くの家庭では、自分たちの地域が出来るだけ税率が低く、免税面積が広いことを願う。実際、不動産税がどのぐらいになるか、は経済の下降と関係してくる。地方財政の危険性が増せば、不動産税軽減は、ますます難しくなる。これからみると、今年と来年の全人代は、かってなかったほど注目を集めることだろう。(終わり)
原文は;【两会2019】观点:今年的人大有何不同?
訳注1;「中国外商投資法」;合弁事業や100%外資出資企業に関する既存の規則に取って代わるもので、投資環境を巡る外国企業の懸念に対応した措置だとされる。
訳注2;習近平主席は、2018年11月1日に開かれた民営企業座談会で、「中国において、民間企業は税収の50%、GDPの60%、技術革新の70%、都市部雇用の80%、企業数の90%を占めている。我が国の民営経済はもはや我が国の発展に不可欠の力になっている」と述べている。https://www.jil.go.jp/foreign/jihou/2019/04/china_01.html
原文は;【两会2019】观点:今年的人大有何不同?