• ★「文明の衝突」の予言を再読するなら今その時 2019年03月22日

    by  • March 28, 2019 • 日文文章 • 0 Comments

    日中両文収録「何清漣 2017中国」Amazonで発売しました;20152016Amazon改訳版を電子ブックで。Kindle Unlimited なら無料です
    何清漣氏の2015~2017までのエッセイ改訳版

     3月15日にニュージーランドのクライストチャーチで起きた28歳のオーストラリア国籍のブレントン・タラントによるモスクでの大量乱射殺人事件は49人の犠牲者(訳注;後50人に)を出し、世界を震撼させました。西側メディアは哀悼の意を表氏、これを大々的に報道しています。容疑者のタラントは凶行前に自分はファシストであると宣言し、2011年のノルウェー連続テロ事件の犯人、アンネシュ・ブレイビクとも繋がりがあったとも。更に「彼の政治の理想社会として一番近いのは中国だ」とも書いています。こうした安っぽい「ポリティカル・コレクトネス」的な態度を除くと、西側世界は、故意に直面するのを避けているものがあるようですが、それは何でしょうか?

     ★それは「文明の衝突」です

      ファシズムであろうと、殺人者本人が中国にシンパシーを感じていようと、そんなことより、覆い隠せない本質的な問題は、イスラム世界と西側文明の衝突だということです。

     報道では、タラントの自供内容は、乱射殺人の背景(難民の潮が欧州を永久的に変化させた)とか、無理やりこの凶悪事件を中国に関連させたりしていますが、殿堂級の学者、サミュエル・P・ハンティントンが「文明の衝突」(1996年)で予言した三つの要素が全て登場しているのです。それは、日増しに弱まるキリスト教文明、原理復帰を唱えるイスラム文明、儒教文化を破壊しながら孔子の子孫だと称する中国のことです。

     そして3月18日早朝、オランダ中部のユトレヒトでは、3人が死亡し9人が負傷した事件が起き、37歳のトルコ人の男がテロの主役でした。4日間に2度のテロ事件は、またもや、イスラムの大規模な西側への流入以後に高い確率で起きるテロ事件と、それが引き起こす白人の危機感を証明しました。

     西側の主流メディアとSNSにみられるこの事件への見方からは、二つの分裂した世界が見えてきます。主流メディアは、容疑者タラントは多元的な価値観に反感を持つ民族主義者だと強調しましたが、SNS上では少なからぬ人々が直接、あるいは間接的にタラントの動機は理解出来るとしたのです。つまり民族の生存危機感です。

     ★大所高所からの「ポリコレ」説教では防げぬテロ活動

     ニュージーランドの事件発生後、同国と犯人の国籍のオーストラリアその他の首相たちは、みな、死者に哀悼の意と、犯行を非難する声明を発表しましたが、数日後に起きたオランダのイスラム教徒による殺人事件に対しては口をつぐんでいます。これは、「ポリティカル・コレクトネス」が、足かせとなって、この文明の衝突を正視しようとしないことを表しています。

     タラントの自白は、誤解の余地なく、西側キリスト教文明と白人が直面している民族的脅威について、長いこと考えたことが分かります。その言い方をみれば、その思想のロジックはISIS(自称イスラム国)と比べてみても、この両者の間には、同じ枝に生えた植物の葉が、方向だけを異にしているような関係にあることが分かります。

     例えば、

    ⑴ 「我々の文明(キリスト教西側文明)は脅威を受けており、現在、衰退している。これは外来の異教徒が我らの地盤を占領したことによるもので、彼らは、今、我らを殺戮しているのだ。我々は彼らを片付けて、文明と人間性の純潔を維持しなければならない。ISISのジハードのように、一切の異教徒を掃滅するのだ。

    ⑵ ISISのジハードに対して、タラントの使用した銃には各種の欧州とイスラム教との長年の怨讐にまつわる歴史的事件のことが記されており、少なからぬ人が、こうした言葉の意味を正しく読み解いています。

     例えば「ロザラムの仇」は、ロザラム児童性的搾取事件、5名のイギリスに住むパキスタン系=イスラム教徒=住人による1400名の児童が性的虐待事件のことですし、「ツールズ732」は、西暦732年のトゥール・ポワティエ間の戦いのことです。これは、フランス西部のトゥールとポワティエの間で、フランク王国と、イスラム史上最初の世襲イスラム王朝ウマイヤ朝(661年 – 750年)の間で起こった戦いで、カール・マルテルが8万人の農民を主力とした軍隊で、ウマイヤ朝のアブドゥル・ラフマーン・アル・ガーフィキーの7万人の騎兵を打ち破った戦争で、西側文明の命運を決める戦いでした。以後、アラブ人は欧州侵攻を諦めました。「1571」はレパント沖での、オスマン帝国海軍と、教皇・スペイン・ヴェネツィアの連合海軍による海戦ですし、「1683」はオスマン帝国による最後の大規模なヨーロッパ進撃作戦となった第2次ウィーン包囲で、この二つの戦いはどちらも、欧州の王国がオスマン帝国の侵攻軍を破って、欧州文明を守った重大な戦いです。

     タラントの銃に記された言葉は、タラントが自らを中世の十字軍の騎士になぞらえていたことを指摘した人がいましたが、その通りです。私もそう思います。ただそうであっても、近年のISISの勃興に伴って、イスラムテロ勢力による欧州での無数の大小様々なテロ攻撃をが、欧州人に深い恐怖と絶望を与えて、一種の極端な反撃を呼び起こしていることを見逃してはなりません。

     以下のことは誰も否定できない事実です。

     2015年夏の難民の潮が初めて起こった時、ドイツ人は難民に対して異常なほどの親切さを示し、社会の各階層からは、熱烈な「歓迎文化」が起こって、世界中がメルケル首相にあらゆる賛辞を送りました。しかし、事実は容赦無く、2015年10月、ドイツの公共放送連盟(ARD)が行なった調査では、51%の回答者が、新たな難民の到来に懸念を示し、9月に比べて一カ月で、そうした見方をする人が13%増えました。2018年になると、ドイツの内務大臣のホルスト・ゼーホーファーが、移民問題が「ドイツのあらゆる政治問題の母」だと指摘しました。メルケルが政党の支持を受けなくなってレイムダック化した政治的失敗は、欧州の左派でさえも移民政策の結果だと認めざるを得ないのです。

     ドイツの状況は、欧州の縮図の一つに過ぎません。しかし、欧州の政治家は、これに対して無為無策で、依然として移民問題が自国生存の安全を脅かしている事実を無視し続けています。メディアときたら更に、新たな身分政治、つまりテロ分子の肌の色、宗教信仰、選択的な怒り、関連情報のフィルタリングと隠蔽を行い、事実を無視するポリコレを続けており、ハンティントンの「文明の衝突」10大予言がまさに実現しつつあるということを検証しようとしていません。

     ★ハンティントン予言はなぜ敬遠される?

     1993年夏、ハンティントンが発表した「文明の衝突」は、冷戦後の全世界の政治理論の枠組みを分析したもので、その中の「イスラム世界は、いたるところ流血の世界だ」という診断は、冷戦後に最も論議の的となり、また最も先見性に富んだ予言でした。その10大予言をここで振り返ってみましょう。

     ① 米・中衝突は不可避。
     ② 西側文明とイスラム文明の衝突は1400年以上で、今後も続く
     ③ イスラム教世界の辺境では血なまぐさい状態が続く
     ④ キリスト教国家が外敵に一致団結する長い伝統(これは今後を見なければ。ガーディアン紙によると、多くの若者はもはや宗教を信じていない。欧州はポストキリスト教社会へ向かっている)
     ⑤ イスラム文明と中華文明の共通性は、西欧文明とのそれに及ばないが、政治上は共同して西側文明に対抗するだろう。
     ⑥ 欧州のイスラム移民問題は2025年に解決へ
     ⑦ 西側の極右勢力の勃興と移民問題がからまって起きる。
     ⑧ 国際貿易は長所をもたらすが、互いに恐れあって衝突する。
     ⑨ 宙ぶらりんな状態の国家としては、トルコ、ロシア、オーストラリア。西欧はイスラム国家のトルコに席を与えない。ロシアは数百年間、自分たちが西側国家なのかどうか分かっていない。豪州はアジア人と性格が合わない。

     とりわけ注目に値する予言⑩は、西側文明の価値は独特のもので、普遍的なものではなく、西側が世界で勝利したのは、その思想や価値観、宗教の優位によってではない。(他の国々ではちっとも帰依していない)。その成功は、彼らが組織暴力を有効に作り上げたことによる優位だ。西側の人間は、往々にしてこの事実を忘れるが、非西側の人間は決して忘れない。

     このハンティントンの説は事実です。米国が第2次世界大戦後、世界最強の国家になったのは、本来、ソフトパワーのおかげではありません。米国の強大な国力と軍事力のおかげです。ジョセフ・ナイの提唱するソフト・パワー論を賛美する人々は、ともすれば意識的にこの点から目を背けるきらいがあります。

     ハンティントンは著書の9、10章で、この三つの文明の比較をしており、イスラム文明は内部衝突を起こしやすいだけでなく、他の種族と平和共存できない原因として、イスラム教が暴力的な衝突に至る可能性は合計で6つあると指摘しています。その中の三つはイスラム教徒と異教徒の間の衝突を説明しています。他の三つはすべて現代のイスラム教の暴力傾向を説明しています。そして最後に、ハンティントンは、イスラム教の人口が極めて急速に増えていることと、外部への拡張の衝動を指摘しています。2017年のピュー・リサーチセンターの「欧州のイスラム人口の増加」も、このイスラム教人口の増加の予測を指摘しています。

     ハンティントンは「文明の衝突」の中で、20世紀末から21世紀初めの世界の変化を理解するための「文明の研究パターン」を打ち立てました。彼は、未来における衝突が必ず起こると見ており、それは、「西側の傲慢」、「イスラムの不寛容」、「中華文明の独断」の間における構造的衝突で、調和は不可能だと見ていました。しかし、まさに人口学の父、マルサスが「すべて人類の悲観的な結末を予言する人は、歓迎されない運命にある」との予言通りでした。

     ハンティントンは2008年のクリスマスにこの世を去りましたが、その時の状況はまさにエリック・カウフマン(ロンドン大学政治学教授)の言う通り「ハンティントンは米国思想界のエリートたちの中で、賎民扱いを受けてこの世を去った。なぜならば彼がまともな人物だったからだ」でした。

     左派知識人が主流を占め、常識はつねに深刻に捻じ曲げられている西側世界において、まともな人物はつねに非難され続け、「軍国主義から自国優先主義まで、『文明の衝突』は、米国のエリートによって『人民支配』のツールだとされた」のでした。

     しかし、ハンティントンが世を去って、この10数年の、西欧の未来を含む世界情勢は、彼がやがて思想学術の大神殿に名誉ある地位を与えられることを示しています。今後、西側文明がその輝きを維持できたとしても、後の世の人々は、ハンティントンの先見性とその警鐘を記念することでしょう。西側文明は衰亡し、後裔たちは、ハンティントンと同時代の人々が、その理論を排斥、攻撃した過ちと、かくも悲惨な結果に陥るにいたったことを大いに嘆くことでしょう。

     サミュエル・ハンティントンに謹んで深い敬意を捧げます。
     (終わり)

     (終わり)

    原文は;何清涟专栏:重温亨廷顿《文明的冲突》正当其时 

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