• ★中国で現代版「上山下郷」(下放)のニュースが大騒ぎになったわけ(1)2019年4月15日

    by  • April 16, 2019 • 日文文章 • 0 Comments

     ★偽りの都市化の逆襲

    ¥ 海外の幾つものメディアが、中国共産主義青年団(共青団)が習近平国家主席の呼び掛けに呼応して「農村振興プロジェクト」として、2022年前に、千万人以上の青年を「上山下郷(下放)」に動員すると伝えました。海外世論は騒然となり、毛沢東時代の文革時期の「下放」と同様、一千万人の青年が「荒れ地開墾に」として、農村地域に行かされた「下放」と同様に伝えられました。

     しかし、調べてみると、この大騒ぎの元は、文書名が赤で印字されている重要文書の写真が添えられ他、共青団中央の「3年で千万人の青年ボランティアを農村へ」という文章でした。内容は、毛沢東時代の「下放」とは違って、「延べ千万人の青年ボランティア」が、文化、科学技術、衛生の三つの分野で農村へ1カ月前後の期間活動するという話です。文革時代の「千万青年を農村に根づかせる」話とは大違い。


     ★毛沢東時代の国民の悪夢「下放」

     中国国内で、この「下放」ニュースが一時、大騒ぎになったのは、国内の政治環境と不可分です。近年になって習総書記の政策が、毛沢東時代回帰の動きを見せ、各種の類似した政策が次々に出されました。計画経済復活や、第2次公私合営(訳注1;第1次は1950年代の社会主義改造で市営商工業がすべて国有化されたこと。第2次は混合所有制改革をめぐる論議)に加え、この新たな「下放」といった話は、どれも皆、中国人に過去の悪夢そのものを条件反射的に思い起こさせるのです。

     20世紀に、人類は、多くの社会変革を体験しましたが、暮らしに長く影響を与えた最大の変革と言えば、まずは、民主主義制度が普遍的になったこと。そして、小農階級の縮小・消滅が挙げられます。

     この変化は、これまで人類史上で延々と続いて来た過去を永遠に断ち切りました。先進国であろうと途上国であろうと、極めて迅速に都市化が進み、都市化率と第3次産業の発展は、国の現代化のメルクマールになりました。しかし、中国だけは、毛沢東時代の共産革命で延々と25年間にわたって、大規模な「下放」を続け、数世代の青年を、貧困と遅れた泥沼の中で苦闘を繰り返させてしまいました。

     毛沢東時代を体験した中国人にとって、「上山下郷運動」や「下放」という言葉は痛苦に満ちた記憶です。1954年5月24日、中共中央が批准した教育部党組織による「高校、中学の卒業性の学習と生産労働に従事する問題の決済に関する報告(关于解决高小和初中毕业生学习与从事生产劳动问题的请示报告)」には、はっきりと中高卒の青年で勉強するのは、ほんの一部で、大多数は将来「下放」させて生産労働に従事させるという方針が書かれています。これが、現在確認できる中国の知識青年の下放運動で、最も早く出た文献です。

     こうして25年も続いた下放運動は、改革開放の初期に中共によって「乱れを正す」重点分野となりました。鄧小平は、1978年に、「国家は300億元を費やして、知識青年の不満、家族の不満、農民の不満」の三つを購入したのだ」と評しました。李先念(訳注;共産党の八大元老の一人)は更に、「その上、国家の不満もだ」と付け加えたといいます。1981年10月、国務院知識青年指導小組は「25年来の知識青年工作の解雇と総括」を出し、「下放運動」の起きた原因、その経過、失敗、教訓などの重大問題についての、基本的な見方を発表しました。その中に列挙された主な原因は、知識青年の下放は、1950年代に中国の膨大な人口、国の基盤の弱さ、就職難などの国情から出たもので、就職問題を解決するための一大実験だった、と述べています。

     下放運動が、就職問題の解決に関係していたのは、中共政府の嘘ではありません。二つの指標を見れば分かります。1978年、中国の都市化率はたった17.9%で、全ての就業人口の中で、第1次産業(農林漁業)が2.93億人で70.5%を占め、第2次産業人口は0.69億人、17.3%。第3次産業人口は0.49億人、12.2%でした。毛時代に私営経済を消滅させてしまったために、1978年の私営企業就業人口はたった15万人しかおらず、全就業人口の0.04%でしかありませんでした。

     都市化率がたった17.9%だという意味は、都市においては、新たに増える青年たちに提供出来る就職チャンスがほとんど無かったということであり、農村においても問題だらけだったということです。しかし、毛沢東に言わせれば、彼らを農村の膨大な労働者の中に送り込んで”希釈”して仕舞えば、都市でぶらぶらして社会問題を引き起こすことも大いに減る、というものでした。

     鄧小平が総括した「三つの不満」の背後には、2千万人の知識青年とその過程の悲しみと苦しみがありました。後に、女性は下部の農村幹部や兵団の幹部によって、悲惨な目に遭わされていたことが明らかにされました。

     ★失業の圧力は生存の恐慌感を生み出す

     この度の共青団中央の文献が、新たな「下放」、「3年内に一千万人の青年を下放させる」となって伝えられたのは、故なきことではありません。なぜなら、中国が現在、直面している失業のプレッシャーは依然として深刻だからです。

     中国の都市化率と第1次産業人口は、もはや毛沢東時代とは全く違っています。2018年6月、中国政府のメディアは「中国都市の40年の大変化。都市人口は4倍に増え、都市化率はに倍以上に」という記事では、都市化率の高まりという改革開放以来の巨大な成功を報道しています。2018年末、中国の都市人口は、8.31億人になって、都市化率(都市人口比重)は59.58%です。2017年末の全国就業人口は、7.76億人で、そのうち第1次産業従事者はたった27%。1978年の70.2%だったことに比べると、都市化の速度が早くなかったとはとてもいえません。

     つまり、グローバリズムの広がった30年で、米国、欧州などの先進国の中産階級が損害を被った中で、中国とインドだけは、全くの受益国だったのです。それはコスト的優位のおかげで、先進国の資本が不断に中国に向かい、中国の新興産業が急激に拡大したからです。この有利な情勢の下で、なぜ、中国にはまだ就職難という難題があるのでしょう。それは以下の理由によります。

     中国の人口の巨大さによる就職圧力の深刻さは普遍です。2019年でも、それは減っていません。毎年必要な都市就職の、新たな労働力は依然として1500万人以上で、大学.専門学校卒業生は834万人と記録を更新しています。1990年後期に、中国では、既に世界経済市場未曾有の奇妙な現象が起きていました。経済成長率が、毎年8〜10%以上だというのに、就職率の増加は逆に1〜3%の間で下がっていたのです。

      1999年の教育の産業化が始まって後数年で、知識型労働力の過剰現象が始まって、大学卒業イコール失業が社会問題になりました。高等教育機関は、上部からの圧力で、やむをえず卒業率の偽造に走りました。つまり、多くの大学生は両親の所属する職場単位から、就職保証書を出してもらわないと、卒業証書を手にすることが出来なかったのです。2014年、大学.専門学校卒業生は727万人になり、当時、「市場最難の就職の季節」と言われました。2016年には、大学.専門学校卒業生が765万人となり、その上、海外帰国組と、仕事の見つからないそれまでの卒業生を加えると、1千万人近くの知識型労働力が就職出来ないといわれます。

     中国の構造的失業。中国の就職難の直接の原因は、「★2018年の中国のますます深刻化する失業状況 」 2018年10月17日
     で、分析しました。何年も続く経済下降の圧力、少なからぬ製造業の破産、貿易戦争の圧力による外資撤退。AIの導入政策も構造的失業を一層、深刻にしています。2018年8月の中共中央政治局の「六つの安定」策には、「就職の安定」を最初に挙げています。

     農村の労働力は、ずっと過剰です。2017年全国農民工は、2.87億人で、前年より481万人増え、そのうち出稼ぎの農民工は1.72億人でした。企業破産が相次いだせいで、多くの農民工が仕事を失いました。「財経」雑誌の2018年5月4日号によると、「500万農民工が郷里で創業」でしたが、誰もが、これは失業の聞こえのいい表現にすぎず、大半の農村に、起業の余地などありはしないことは知っています。

     ★青年の下放  —  韓国の新農村運動の劣化版コピー

     共青団中央の意味不明の文章を見ると、確かに「郷村振興戦略」に迎合して出されたようです。各種の政府関係の資料をみると、「韓国の新農村振興運動(セマウル運動)」が、中国の「郷村振興戦略」のタネ本のようです。中共中央政策研究室副主任の鄭新立が2006年1月に「人民論壇」で発表した「韓国”新農村運動”の啓示メモ」が、一番最初の研究かと思われます。この後、中共の「社会主義新農村建設」の需要に応じて、続々と韓国の新村運動に関する資料が紹介されました。

     中国農村のヤクザ社会化、郷村文化のならず者化現象は日増しに深刻になっています。少なからぬ記事が、韓国のセマウル運動が始まる前にも、農村男性が酒や博打に溺れていたのが、セマウル運動によって改善されたという点に注目しています。共青団中央の文献の内容から見ると、都市青年を農村に送り込み、科学技術の普及を含む一種の新たな考えや雰囲気を持ち込み、農村の退廃した遅れた点を改善し、同時に、一時的に無職の青年たちに有益な体験をさせて、自分たちが社会に役立つのだという気持ちにさせようということのようです。

     こうしたことは日本でもありました。日本の連続テレビドラマ「遅咲きのヒマワリ」(訳注;高知県四万十市の四万十川周辺を舞台とする男女7人の青春群像劇。フジテレビ系列で2012年10月23日から12月25日まで放送された)では、東京の失業青年が政府のプロジェクトに参加し、遅れた農村で働く中で人生の意義を見つけるというストーリーでした。

     韓国のセマウル運動は、1970年代の初期に始まって、精神の啓蒙、環境改善、収入増加の3方面から同時に進め、その間、確かに、青年や大学生が「グリーン・ニューディール」活動に参加し、国際社会も関与しました。しかし、セマウル運動の最も革新的な仕事は、農村指導者の育成と村の発展でした。他の援助プロジェクトとの違いは、単純な「豊かな国家が貧しい国家を助ける」ではなく、「彼ら自身の発展を実現する」という点にありました。中国の農村の状況は韓国とは全く違います。それは拙著中国:溃而不崩(邦訳;「中国——とっくにクライシス、なのに崩壊しない“紅い帝国”のカラクリ – 在米中国人経済学者の精緻な分析で浮かび上がる – ワニブックスPLUS新書)の第6章「地方政治の苦境」で書きました。

     郷村社会のギャング化と堕落、農村人の絶望と出口のないことが、逆に中国社会に”逆襲”化することなどです。それに加えて、中国青年と韓国青年の人生に対する姿勢は大いに違っています。こうした状況の下で、3年以内に1千万人の青年を、1カ月そこら農村に送り込んだところで、トンボが卵を生みに水辺に立ち寄るようなもので、農村の発展を促進することが出来るはずもありません。

     中国は、世界第2の経済体だと言いますが、中国の都市の現代経済部門は、あまりにも就業チャンスを欠いています。その原因を遡れば、2005年に始まった「農村消滅」運動(訳注;都市建設のために農地や農民の住居を取り壊した)と「嘘っぱちの都市化」なのです。

    (続く)

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