• ★天安門事件が、改めて「動乱」と位置づけられた背景   2019年6月4日

    by  • June 7, 2019 • 日文文章 • 0 Comments

      2019年6月4日

     今年は六四・天安門事件から30周年で、 世界各地では様々な形で記念活動が行われます。 中国の魏鳳和・国防部長(=国防大臣。 党中央軍事委員会委員、 国家中央軍事委員会委員)は、 シンガポールでの「シャングリラ対話」演説で、 「30年前、 中国政府が天安門広場の抗議者たちに血の弾圧を加えたのは正しい決定だった。 あれ以後、 中国は一層、 安定度を増した」と公然と述べました。 

     中国政府の天安門事件への評価は、 最初は「動乱」で後に「暴乱」となり、 2012年前後には「風波」に下がって、 今また「動乱」に戻りました。 

     中国政治に詳しい人なら、 皆、 この同じ事件の性質に対する言葉遣いの変化の背景には、 北京の大きな政治コンテクストの流れがあることを知っています。 これは少なくとも三つの方面から解読できます。 

     ★北京の高飛車姿勢は米・中関係の悪化から

     中国がこのような高飛車な姿勢で天安門虐殺事件を弁護する挙に出たのは、 明らかに5月30日の米国・国務省のモーガン・オルタガス報道官の定例記者会見発言に向けられたものです。 

     VOAの記者が、 天安門事件30周年間近に、 関連ニュースを中国政府が封鎖し、 関係人士を弾圧していることについて質問。 報道官は、 30年前の天安門大虐殺(full-on massacre)であったとし、 米国政府は今年も依然として、 天安門事件における中国の組織的人権弾圧について言及すると言いました。 

     北京の高飛車な姿勢の理由は、 米中関係の急速な悪化です。 2018年から、 この40年にわたった米中関係には大きな変化が生じています。 

     その変化は中国ではなく、 米国側で起きたものです。 中国は米国に対しては、 ずっと経済協力を通じて、 求め、 借りて、 知的財産を盗むというやり方で、 米国の先進技術を獲得して発展させてきました。 しかし、 中国内ではずっと反米で、 カラー革命を防ぐためのイデオロギー教育宣伝を基調としてきました。 

     ところが、 米国ではずっと、 中国が平和的に変革を行うという幻想を持って、 キッシンジャー以来、 「接触し、 影響を与え、 変化させる」という方針でした。 クリントン時代以来の3代の大統領時代、 ずっと「経済協力のパートナー」「戦略的パートナー関係」の間をふらふらして、 時には「重要な」という形容詞をつけたりしていました。 

     パンダ派(親中国派)の主導の下で、 米国は、 ずっと中国は繁栄とともに民主を推進し、 同時にインターネットの普及の下で言論と報道の自由を実現するだろうと、 自らを騙してきました。 

     しかし、 中共は経済改革を擁護しつつも、 民主や人権といった価値観には断固として排斥。 共産党と資本主義という天敵のような存在を、 奇怪な形で結合し、 開放と弾圧を同時に推し進め、 仰天するような世界第二の経済体モデルを作り上げてしまったのです。 

     オバマ前大統領の時期から、 中国は米・中の実力の均衡は、 すでに中国側に有利な変化をもたらしていると知っていました。 2011年のASPECハワイサミットの席上ではっきり、 「中国が制定に参加していない国際ルルールは、 中国は守れない」と言いました。 

     その意味は、 中国は今後、 国際ルールを自分たちが主導して決めるのだ、 ということです。 トランプ大統領になってから、 ホワイトハウスは、 米国ヘリテージ財団のジェームズ・ロバーツの見解を受け入れました。 

     それは、 米国や経済協力開発機構(OECD)などの西側の経済援助は、 その多くが結局は、 ただ腐敗した政府が引き続き権力を握るのを助けただけだ。 今後の援助は、 財産権、 法治、 腐敗退治といった努力を続けている国々に行うべきである、 という考え方です。 

     中国は明らかにそういう国ではありません。 中国が長期にわたって米国企業の知的財産権を盗み取ってきたことは、 米国に毎年5000億ドル以上の損害を与えたばかりでなく、 更に深刻なことには、 米国企業の競争力を弱めてしまいました。 

     トランプ大統領は、 2017年2月の「国家安全報告」で、 米中関係の変化を「戦略的競争関係である」とし、 米・中関係は、 2018年に急激に変化し、 貿易協定交渉は1年2ヵ月にも長引いて、 最後には中国が「ちゃぶ台返し」をして、 「第1期」が終わりました。 こうしたことは、 「2018年、 中国はなぜ米国を失った」で詳しく分析しています。 

     ★米国と台湾に振り上げた拳骨

     2012年、 中共は天安門虐殺について態度を和らげたことで、 政治的な反響を呼び、 これは一種の譲歩ではないか、 名誉回復を行う可能性があるのではないかという期待が、 世間に広がりました。 

     しかし再び、 暴乱を鎮圧したという理屈を持ち出し。 30年前の学生虐殺を正当化しました。  歴史的事件の再定義というよりは、 中国国内向けに、 政府に反抗する群衆は、 問答無用でぶっ殺すという姿勢を見せたのです。 中国の国防部長がこう言ったということは、 もちろん中共政府の立場と態度を表明したわけです。 

     こればかりでなく、 魏鳳和は発言の中で更に米国を攻撃しています。 米国の地域事務の構想についての発言に、 中国側は異なった見解を持っているとし、 更に、 台湾や南海問題での発言は「誤り」であり、 中共は「堅く反対」だとしました。 

     魏鳳和は更に、 もし台湾を分裂させようとするなら、 中共は「軍には他の選択肢はなく、 一戦を交え、 あらゆる代償を払う。 決して武力使用を放棄しない」と述べています。 

     これに対して、 台湾行政院大陸委員会は直ちに反応し、 ネットで中国側の威嚇的な言葉と、 中共が平和的安定を挑発する危険性に強く非難しました。 

     米中関係の急速な悪化の下で、 米国の「天安門虐殺」(以前はより穏やかな「天安門事件」と言っていた)批判に対して、 中国側はきっぱりと、 外交部のスポークスマンの「言い合い合戦」から、 国防部長という軍人を出してきたのです。 国際会議で大変強硬な威嚇的な言葉を言わせました。 この意味は、 米国との一戦も辞さないぞ、 という意思表示です。 

     ★中国は西側によって変わらず、 しかし西側は中国に浸透される

     国防部長として国際会議場で発言したことは、 もちろんの事ですが、 政府の意思です。 この発言は、 中国が完全に、 国際的なルールと「軌道を一つにする」ことを放棄し、 自分自身が国際主流の方針として、 人権、 民主といった類の話には一切、 拘束されないという意味です。 

     中国は世界史上の「四つの波」の例外です。 中東、 北アフリカのアラブの春は、 最初は第4波の民主化と見なされました。 しかし、 その結果が余りにもひどかったため、 西側の者よくは、 民主革命の名誉を擁護するために、 そうした見方をやめましたが、 しかし、 やはり第四波の民主化というべきでしょう。 社会学者のアセフ・バヤト(Asef Bayat、 イラン系アメリカ人学者)https://en.wikipedia.org/wiki/Asef_Bayat は、 これに対してこんな見方をしています。 

     ;1989年以後、 世界には「ムーブメント」はあったが、 「チェンジ」する革命はなかった。 

     これは、 まさにこの種の状況を指しているのです。 中国が、 米国など西側国家に与えた教訓は、 米英などは、 自分たちの好む形に世界を変ようという望みは、 もう放棄すべきだということです。 

     中国が貧しかった頃は、 「韬光养晦」(能ある鷹は爪隠す)式で、 「世界の標準ルールを守って行きます」と口にしていました。 が、 実際には、 西側の影響はいささかも侵入を許さず、 しっかり防いで、 政権を維持し、 自分たちは上手く立ち回って自国を発展させて、 逆に「代理人」によって、 西側へ広範に浸透して行きました。 

     そして、 いったん、 自分たちが世界第二の経済体になりおおせるや、 欧州連合(EU)などが、 中国市場を欲しており、 資源国家は、 中国の強大な購買力を必要としているのを利用して、 自分たちが今や、 世界に「ゲームのルール」を決める能力を持つようになった、 と考えるに至ったのです。 

     西側諸国が、 天安門事件をどのように見るかは、 自ずからその国の外交政策によります。 しかし、 中国人と台湾人にとっては、 今回の中国の国防部長である魏鳳和の公開談話によって、 中国は既に再び暗黒時代に踏み込んだのであり、 この暗黒は、 中国人を飲み込むだけでなく、 その危機は常に脅威にさらされている台湾にも及ぶことが明らかなのです。 (終わり)

     原文は;六四事件被重新定性为「动乱」的背后

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