• ★3代の首相と英国の泥沼  2019年07月29日

    by  • July 30, 2019 • 日文文章 • 0 Comments

     ボリス・ジョンソンが英国首相に就任しましたが、彼に関わる二つの話題が苦難の前途を予言しているかのようです。

     議会の初演説で、ジョンソン首相は欧州連合(EU)脱退と、英国を世界で最も偉大な国にすると約束しました。これは西側メディアにとっては、「進歩派(左派)の敵」であり、「米国を再び偉大に」を掲げるトランプ米大統領を思い起こさせます。

     もう一つは、ジョンソン首相がバッキンガム宮殿で謁見したエリザベス女王の言葉です。ダウニング街10番地(首相官邸)の主人になるジョンソンに対して、女王が「何で英国首相に今なりたがる人がいるか、私は分からない」とびっくりするようなことを言ったそうです。在位60年以上、世の有為転変を知り尽くし、王冠の重みを知る女王がそんな感想を口にしたのは、テリーザ・メイ前首相(在任:2016年7月13日 – 2019年7月24日)への同情の気持ちからかもしれません。(訳注:エリザベス女王は2020年で在位68年。存命中の世界一の長期在位君主)

     ★脱EUは英国にとって耐え難い重荷に

     英国の「ブレグジット」(脱EU)の経緯を整理し、メイ前首相の苦労を顧みれば、英国の脱EUが政治家にとって、二進も三進もいかない泥沼だと分かります。3年間の任期中、メイ首相は1日も心休まる日はなかったでしょう。

     2010年以来、「ブレグジット」は英国の一大重要問題になりました。アンケートには、英国人の意見分裂と動揺がはっきりみられました。

     2012年11月には、56%がEU脱退を支持し、EU残留希望は30%にすぎませんでした。しかし、2015年6月には、脱退支持が36%に減り、残留希望が43%に上昇しました。2014年3月に行われた最大規模のアンケートでは、2万人の回答者の意見は接近し、それぞれ41%で、18%がどちらとも決めかねていました。しかし、「もし英国とEUが新協定を結び、英国の利益が保証されるならば」という仮定の質問には、50%が残留を支持すると答えていたのでした。

     国内の政治的要因と外部の難しい状況という二つの重圧の板挟みにあって、時のデーヴィッド・キャメロン元首相(在任 2010年5月11日 – 2016年7月13日)は、二千十六年6月23日に国民投票に打って出ました。国内の政治的圧力を緩和し、選挙民のEUへの不満をガス抜きし、それをEUに対する圧力にして、英国のEU内での地位向上も謀れる一石二鳥の妙案だと踏んだのです。

     しかし、国民投票の結果は「脱EU」でした。本来、EUに留まるべきだと主張していたメイ女史が、危機に際して新首相となり、この火中の栗を引き継ぎました。しかし、以来3年間、各方面と折衝し立案した八つの脱EU法案は、一つも議会を通りませんでした。

     一方では脱EU派が不満でしたし、他方ではEU残留賛成派が、絶えず2回目の国民投票を要求しました。英国民衆が国民投票で選んだ脱EU派、残留派や各種の政治勢力入り乱れての無茶苦茶ぶりは喜劇的様相を呈するまでとなり、メイ前首相は辞任せざるを得ませんでした。

     ジョンソンが首相の職を引き継ぎ、このどうころんでも争いになるとわかりきっている脱EUという大問題を引き受ける事になりました。メイ前首相が直面した困難が、そのままジョンソンの難問となります。唯一、メイ前首相より有利と言えるのは、ジョンソン個人の性格と対応です。西側の左派の目から見れば、ジョンソン首相は極めて「政治的に正しくない」人物だということです。

     ニューヨーク・タイムズ紙は、ここ数日だけでも、「英国の怪人」、「チビのブ男」、「不潔な男」、「英国のトランプ」などと呼んで、もう悪評が暴風雨のように吹き荒れています。一体、ジョンソン首相にはメイ前首相より、少しでもましな日々がくるのでしょうか?

     ★新首相を待ち受ける泥沼の脱EU

     十重二十重の難問題のうち、まずジョンソン首相が直面するのは残留派の2回目の国民投票の要求です。

     2016年6月23日の国民投票では、脱EU支持が17,410,74票で51.89%、EU残留支持が16,141,241票、48.11%でした。道理から言えば、これは何年もの議論の末の国民投票ですから、選挙民の熟慮の結果でしょうから、結果が出たらそれに服するべきです。

     しかし、現在の選挙民には、投票結果は必ず自分の願い通りでなければならないと信じている人々が少なくありません。いったん結果が気に入らなければ抗議して、激しい反対意見をガンガン主張して、投票結果を覆そうとします。

     EU残留派は、「自分たち用の十分な理由」を見つけ出しました。それは、今回脱EU派が3%多かったのは、完全にインターネットのビッグデータのせいだった、というのです。

     報道によれば、2015年11月、イギリス独立党(UK Independence Party、略称: UKIP、右翼政党)指導者だった前党首ナイジェル・ファラージの支援する急進的脱EU組織「Leave EU(EU脱退)」が、選挙コンサルティング会社の「ケンブリッジ・アナリティカ」の協力を得て、オンライン宣伝を展開。同社は、人々の性格を測定し、デジタル領域に残した足跡によって対象者を五つの性格カテゴリーに分類するOCEAN(Openness to experience 開放性;Conscientiousness 慎重性;Extraversion 外向性;Agreeableness 心地よさ;Neuroticism 神経症)方式に基づいた革新的な政治的アウトリーチを専門として、ビッグデータと心理的プロファイリングによって、選挙に威力を発揮したといわれています。

     共和党のリチャード・カールソン元下院議員とテッド・クルーズ上院議員、そしてトランプ大統領の選挙顧問もこれを利用したことがあります。英国映画「ブレグジット EU離脱」(Brexit: The Uncivil War)が、直接この過程を描いています。

     「ケンブリッジ・アナリティカ」が選挙で不可思議な働きをしたことについては、多くのメディアで伝えられています。オバマが世界で初めてSNSの積極的な利用によって大統領になってから、政界人は日進月歩で進むネット技術を、自分たちの勝利に不可欠な重要戦略としています。

     EU残留派は、これは「ポピュリズムと隠蔽情報」の癒着だとして、国民投票の合法性を否定していますが、むちゃな言いがかりとしかいえません。(訳注;「ケンブリッジ・アナリティカ」は、投票者に対してマイクロターゲティングという手法を編み出し、ブレグジット投票や2016年のアメリカ大統領選挙に関わったとされる。しかし、フェイスブック利用者のプライバシー問題などで2018年5月に解散した)

     国民投票自体を振り返ってみましょう。ここ数年、欧州国家は、国民投票で政治的難題を解決するのが大好きです。例えばスイスなどは、社会福祉問題を国民投票にかけていますが、投票結果は尊重します。

     英国のキャメロン元首相は、これを困難な問題の解決策にもっぱら愛用したのでした。2014年、スコットランド独立の是非を問う国民投票を行い、結果は55%が独立反対でした。EU残留派のキャメロンはこれに味をしめて、再び国民投票によって決定責任を民衆に押し付けたのでした。ところが、なんと国民投票をもてあそんだ結果、国家が大変困った羽目になってしまったのでした。

     ジョンソン首相は2回目の国民投票を拒否していますが、もう一つ難題があります。妥協を拒絶して、英国を困らせてやろうというEUの姿勢の変化です。

     ★英国内部の喧嘩を座視するEU

     英国の脱EU国民投票が実施前は、EUは英国を引き留ようと低姿勢でした。しかし、英国の残留派が2回目の投票を要求し、内閣がメイ前首相とEUの合意した離脱案を何度も否定してから後は、譲歩して引き留めるよりは、むしろ強硬姿勢で「火中の栗」は英国に拾わせ、内輪揉めをずっと続けさせておいたほうが良いと考えるようになりました。

     メイ前首相とEUの合意した協議内容は、議会の同意を得るすべもありませんでした。ジョンソンは首相に就任するや、すぐEU委員長のジャン=クロード・ユンケルに、「あの協議は修正しない限り議会を通過することはできない」と通知しました。これに対するユンケルの返答は「あれが唯一の可能な合意だ」でした。

     メイ前首相の脱EU協議では、アイルランド国境の「バックストップ」計画は、アイルランド共和国と北アイルランドの間に国境を設けないと言うものでした。(訳注;ブレグジット移行期間中、アイルランド国境を開放しておくための税関検査手段)

     しかし、脱EU派からみると、これは無期限に英国をEUの関税ルールに留めることとなり、英国が脱EUをした意味がなくなってしまうことになります。(訳注;北アイルランドとアイルランド共和国の間に国境や税関を置かないと、英国全体がEUの関税体制に組み込まれ、英国に関税自主制定権が実質的に無くなる)

     EU側は、新たに国境に、再び税関を作るとなると、アイルランドの平和が破壊されるといいました。EUと英国が合意できなかった後、ジョンソン首相は、英国はどんな状況にあっても必ず10月31日に脱EUを果たすと言い切りました。(訳注;北アイルランド=英国も、アイルランドも同じEU加盟国同士なら国境は不要。長年の内紛も減少。しかし、英国が脱EUすると国境が復活し、再び泥沼の北アイルランド紛争が起きかねない)

     ★英国のブレグジットはグローバリズムの否定

     EUというのは、各国が選挙で選ばれてはいないエリート官僚たちによる国家を超えたスーパー政府で、実質的に、各主権国家が、部分的に主権と自治権を譲渡することで成り立っています。

     EUを推進してきたドイツとフランス両国は、EU設立の最終目的は、間違いなくEU内主権国家の消滅だと理解しています。欧州の一体化は、世界を一つにする「グローバリズムの目標」に、一つのモデルを提供することだとはっきり分かっているのです。そして、このスーパー政府は当然、ドイツとフランスによってコントロールされるわけです。

     英国は、早くから危機感を持っていました。英国がEUに加盟するまでの歴史には、何度も躊躇しました。EU内部では、英国は物事を決められる親分ではなく、EUにお金を払ってもドイツ、フランスの相方でしかありません。

     英国が脱EUを望む主要な理由は、当面の理由は貧困移民、難民が押し寄せる恐怖ですが、更に深い理由は、EUによる国家主権消滅を受け入れられないからです。つまりグローバリズムに対するある意味での否定なのです。

     脱EUを支持する人々の大部分は「EUがいつも英国にああしろ、こうしろと指図するのが気に入らない。俺たちは自分の法律があり、主権があるんだ。俺たちは、これまで少しずつ失ってきた価値観を取り戻し、以前のように戻らなきゃいかんのだ」と言います。

     脱EU国民投票前に、脱EU派が唱えたスローガンは「コントロールを取り戻せ」でした。これはまさに、各国の主権を無くそうというEUとは正反対です。

     EUを支配する側も、この目標をはっきり知っています。しかし、口には出しません。ドイツのメルケル首相は、これ以上続投しないとなった2018年11月に、コンラート・アデナウアー財団の講演の席上で、やっと本音を明らかにしました。

     それは、「民族国家は必ずや今日、主権の一部を放棄する準備をすべきであり、とりわけ移民や国境、主権の問題でさえも、民族国家は自国国民の願いを聞くべきではない」でした。調べてみても、メルケル首相は、それまでの国民への演説では、こうした本音を述べたことはありません。

     英国とEU間のあらゆる矛盾は、依然として存在していますし、EU内部は各種の危機に直面しています。難民危機がもたらした国境の危機、債務の危機、ドイツを含む経済の後退です。

     英国のジョンソンが首相就任にあたって約束した「脱EU実現、団結して労働党に勝利し、英国を再び偉大に」という三つの公約のうちの脱EUだけでも成功させたら、ジョンソン首相は、英国と自分自身を泥沼から救ったといえるでしょう。(終わり)

    これまでの何清漣さんの論評の、翻訳はこちら

    過去のものはウィンドウズやMacのサファリでは、句読点が中央配置になります。Macのchromeがおすすめです。なお、「拙速」でやってますので誤字、脱字ご勘弁。(電子本の方は校閲して直してあります。多分w) なお、お気付きの点がございましたらお知らせください。ツイッター → @Minya_J。

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     原文は;三任英国首相深陷其中的脱欧泥沼

     

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