最近、中国から、マカオ、台湾、タイ、日本、韓国、そして米国にまで広がった武漢肺炎。ウィルスの来源、政府の危機管理と広報体制、民衆のパニックなど、すべてが2003年のSARS事件とそっくりです。「人類の歴史上、唯一得た体験は、すなわち、人類は歴史の中から、何ら教訓を学ばないということだ」というヘーゲルの名言を思い起こさせます。
★政府の危機対応は、グローバル化以前のまま
今回の疫病の発生状況は、最初は2019年12月31日の、武漢衛生部門による通報でしたが、どんな病気なのかがはっきり指摘されず、”初期消火”のチャンスを逃しました。
中国政府の今回の対応の誤りは以下です。
第一に、新型コロナウィルスによる肺炎は、武漢の地方的な発生状況とみなされました。世界各国が、感染者が皆、過去に武漢を訪れたことがある事実を発見してから、ようやく1月22日に、武漢人は街から出てはならないという都市封鎖に踏み切りました。翌日には、その他の三つの湖北省の都市、黄岡、鄂州、赤壁も検疫隔離されました。
第二には、発生状況の深刻さを認めるのが遅すぎました。ネットの上では、もう20日にわたって論議されていたのです。しかし、武漢市は、肺炎がタイ、香港、台湾、韓国、日本、そして米国まで広がって、武漢旅行関係者が原因だとみて、防疫措置を講じるまで言を左右してきました。
しかし、このウィルスの爆発を抑えよという中国に対する要求がますます高まったため、習近平中共総書記は、1月20日になって、ようやく談話を公表しました。その内容は「流行状況の蔓延の勢いを断固阻止せよ」「流行状況に関わる情報を速やかに発表し、国際協力を深めよ」、そして、「病気の実情を隠蔽するものは、歴史の上の永遠の恥となるであろう」という警告でした。
こうしてやっと、中国人は、初めて流行状況の深刻さを確認できました。しかし、この20日で、流行状況はますます深刻になり、死亡者数も増加し続けました。
第三に、中国政府は、依然として「悪い知らせをもたらした使者は殺せ」でした。武漢市の衛生部門は、通り一遍の流行状況を公表していましたが、武漢市はずっと情報を隠蔽し、ニュース記事やソーシャル・メディアの書き込みを厳しくチェックし、ウィルスに関する記述を削除しました。多くの書き込みがこのチェックにかかり、#WuhanSARS のタグ付けされた書き込みは全部削除されました。武漢警察は、1月に8人の市民を、ネットでデマを流したとして捜査しました。
すべてこうした措置は、流行と蔓延を食い止めることができなかっただけではなく、逆に、民衆の恐怖感をより深めるものでした。
★中国の防疫体制は、完全にグローバル時代に立ち遅れ
中国経済は、すでにグローバル化して、人口も全世界に広がっています。しかし、防疫体制と危機管理は、旧態依然です。
⑴ 中国の政治体制では、情報伝達は、下から上に取り次がれます。そして、上から下へと、どう処理すべきかが伝えられます。特別重大な事故、例えば強い地震、大洪水、そして、各種の新型伝染病などがこれです。こうした防御システムを支えるのは、各層ににわたる官僚組織で、各都市の、各級の組織と居住委員会などの基礎的な組織で、農村では郷鎮、村の共産党組織です。
1980年代以後、人口の流動化が増え、この種の体制の効率は、大幅に低下しました。労働者の雇用制度が変わり、すべての労働者が「単位」と呼ばれる各職場組織に属するというそれまでの制度では、都市における全人口をカバーできなくなりました。どの大都市でも、地元以外の労働者や、外国人旅行者、ビジネスマンが来るようになりました。農村でも、大量に都市の非正規労働者人口が増えました。
これが、武漢肺炎が発生した後、多くの人々が、病気にかかっていながら、それでも、航空機を利用し、国内他都市や、外国に武漢肺炎を運んでいった原因です。
例えば、台湾では、ある女性の実業家が、1月11日にに発症しましたが、中国の医療を信用しておらず、1月20日に武漢から台湾への便を利用して帰国し、自分から不調を申告しました。発熱、咳、呼吸不全などの症状がみられたので、空港の検疫職員が医者にみせたので発覚しました。台湾のSNSでは、無理やり帰国して人々に感染の危険を与えた、自分勝手な行為だとの非難が相次ぎました。
⑵ 中央政府が危機を解決する方法は、官僚制度の上下関係を使って、官僚に昇進や降格といった飴と鞭で動かそうとします。そして、危機の処理は、危機が起きた地元の役人ではなく、千里も離れた場所にいる中央政府が決定します。
緊急状況の下では、中央の指導者が自ら指揮をとりますが、この非制度的な処理方式は、地震や洪水などでは、結構、因循姑息なやり方に凝り固まった官僚主義を打破するには、最も有効な方法です。しかし、疾病の防疫体制となると、専門家の出番ですから、このやり方では問題があります。
今回の武漢肺炎の流行は突然でしたが、中国の防疫センターの専門家の意見は無視され、「社会の安定」への要求が一切を黙らせてしまい、流行を抑える最良の機会を逸しました。応急措置も、まったく不十分で、素早い検査キットも足りませんでした。
どうして人々に伝えるかすらはっきりしないうちに、医療当事者にも多くの感染者がでてしまいました。こうした全ては、より専門化した危機処理の方法が必要でした。伝統的な官僚組織の危機対応では、SARSや武漢肺炎のような突発的な流行には対処できないのです。
⑶ 危機処理の過程における、メディアはただの宣伝道具でした。発表される記事は、現地の中共党地方委員会の宣伝部がチェックしており、当事者と家族や、大衆は、危機的な事件について、ほとんどの場合、何も知りませんでした。政府は、大衆は、ただ政府の政策を、受けるだけの存在だと決めていました。
最も私が愕然としたのは、宣伝部門が、「まだマシ」戦術を使い出したことです。中央テレビが1月22日に流したニュースは「米国では40年来、最も致命的なインフルエンザが流行中で、6000人が死亡、1300万人が感染」でした。米国のインフルエンザの流行の深刻さは、6000人以上が死亡して、48州に蔓延していると言うことで、中国の防疫体制は、それよりマシだ、とほのめかしているわけです。
こうした宣伝で満足できるのは、宣伝部だけでしょう。流行の脅威にさらされている武漢や湖北省の人々は、多分、はじめっからこのニュースに関心すら持ちますまい。
今や、ソーシャルメディアの時代で、どのSNS利用者も皆、情報の伝搬者であり、批判者です。中国政府と大衆の間には、もともと信頼感なぞありません。
ニュースが不透明な状況で、中国政府がさらに「デマを信じるな!デマを伝えるな!」と、逮捕勾留や刑罰で脅かしても、情報の伝播を抑えきれるものではありませんし、かえって火に油を注ぎ、各種の本当とも嘘ともつかない流言が、そこら中に飛び交うことになりましょう。
★外資の中国進出のコストも大幅に値上がり
情報が行き交わず、人口流動が比較的少なかった時期、中国では毛沢東時代に生まれ、後にちょっとだけ修正された「指導者が政策を決定する方式」ができました。それは、中国が鎖国状態だった頃には、確かに危機や災害時の実際の損害や心理的打撃を、一定の範囲に抑え込むことができました。
また、その時代には、毛沢東に対する、極めて強い個人崇拝がありましたから、よしんば誤りがあったとしても、適当に政策を調整すれば、政府の合法性(レジティマシー)は、実質的な影響を受けずにすみました。
1960年代初めの、餓死者1千万人をかぞえた大飢饉でも、毛沢東と中共政府は、このやり方で”解決”してしまったのです。
しかし、現在は、グローバル時代です。インターネットによって人類は、情報共有のできる状態で、この種の「指導者決定モデル」は、とっくに、2003年のSARS爆発の時に、厳しい試練を受けました。にもかかわらず、17年を経た今も、依然として使われていたのです。
習近平が、公開談話を公表する前の、20数日の間、地方政府は、情報に蓋をする以外は、世論にブレーキをかけ、社会の安定だけを目的としました。防疫分野では、呆然とするばかりで何をして良いかもわからず、対応に疲れ、結局、全世界に広げてしまったのでした。
しかし、これは2020年に起きたことです。中国政府が2003年にSARSの挑戦を受けた時より事態は深刻です。2003年は、中国は世界貿易機関(WTO)に加入したばかりで、グローバル資本も中国市場、労働力、土地価格の安さがお気に入りでした。ですから、中国の環境や、疾病の危険が比較的高くても、中国での儲けの方が大きいとみて、外資はその危険を受け入れました。
しかし、今、中国の人件費、土地価格、電力、エネルギー価格など、皆、中国の周辺国家よりずっと高くなり、米・中防疫戦争の影響もあって、外資は、中国経済の将来性を良いとは思っておらず、次々に撤退しています。
それに加えて、知的財産権窃盗、世界各国での紅色浸透行為、香港の反送中デモの影響で、中国の国際的地位は、すっかり値を下げてしまっています。中国の国際的イメージが傷つき、経済の将来がパッとしない時に、外国の実業家は、中国投資のリスク(健康保証、医療保険、生命保険など)がさらに高くなり、儲からないと見るでしょう。そうなれば、中国は、外資を呼び込んできたナンバーワン国家の地位を失います。
2003年のSARSと2020年の武漢肺炎の経験を経て、中国政府がグローバル時代にふさわしい新たな疾病防疫体制を作り、また、中国人が野生動物を食べる習慣を放棄し、また同じ落とし穴に落ちることがないようにと願っています。(終わり)
原文は;武汉肺炎:旧体制在全球化时代遇到新问题

これまでの何清漣さんの論評の、翻訳はこちら。「拙速」でやってますので誤字、脱字ご勘弁。(電子本の方は校閲して直してあります。多分w) なお、お気付きの点がございましたらお知らせください。ツイッター → @Minya_J。