• 程暁農 ★駱恵寧は誰を火だるまにするか? 2020年1月28日

    by  • January 31, 2020 • 日文文章 • 0 Comments

     「香港中聯弁」(訳注1)の責任者が、王志民から駱恵寧に変った。駱恵寧は、すでに赴任後半月になる。俗に
    「新任官僚は、最初のうちは、故意に忙しそうに見せかける」と言う。しかし駱恵寧は、「音無しの構え」だ。儀礼的な訪問や記者会見、旧正月前のパーティといったものを除けば、これといった目立つ動きはしていない。国際メディアの中にはフォローする興味を失ったのもあるようだ。しかし、実は、彼の任務の重点は水面下、つまり「不正な官僚と実業界の関係」にある。そして、静かに「香港中聯弁」の粛正に向けての調整を行っている可能性がある。
     
     ★習近平は国務院の香港・マカオ閥粛正を狙う?

     フランス国際ラジオ(RFI)中国ウェブサイトの1月6日報道によると、仏・ルモンド紙の記事がある。そこでは、トロント大学の中共専門家のペイエットの見方として、駱恵寧は江沢民前総書記や曽慶紅前副主席によって、昇進させられたのだから、駱恵寧の任命は、習近平が香港・マカオで、曽慶紅一派と妥協を強いられたのだ、という見方を伝えている。

     しかし、中国の官製メディアは、明らかに異なる報道内容だ。1月14日の多維ネットニュースは「香港中聯弁の大将交代 消火隊長の駱恵寧任命は、習近平人事」と伝えた。

     それによると「駱恵寧の使命は、香港中聯弁の粛正と再調整を含む香港の政治的な行き詰まり状態を正すことであり、これまでの不正事件と、現行の香港独特の不正常な香港官僚と実業界の関係も掘り下げる」と書いているのだ
     
     この言い方は、少なくともある可能性を示している。つまり、習近平は、ひょっとすると香港、マカオにおける国務省勢力を浄化一掃しようとしているかもしれないのだ。
     
     香港中聯弁といえば、どうしても、その上級の国務院の「国務院香港マカオ事務弁公室」の話になる。香港中聯弁とは、つまり国務院の派遣出先機関だからだ。そして、党中央政治局下の「中央港澳工作協調小組」(訳注2)は、異なる看板だが、中身は同じであり、中共の香港マカオ政策の総元締めだ。

     2003年7月から、2007年10月まで、「中央港澳工作協調小組」のトップは曽慶紅だった。2007年10月、曽慶紅が国家副主席を引退し、「中央港澳工作協調小組」の総元締めの地位からも退いた。その後継者が時の国家副主席だった習近平だった。

     習近平が総書記になってから、その職務は、張徳江(第9代全国人民代表大会常務委員会委員長、第18期中国共産党中央政治局常務委員)と韓正(中央政治局常務委員会委員兼国務院常務副総理)が引き継ぐ形となった。

     ペイエットは、曽慶紅系一派がずっと香港とマカオを仕切ってきたと見ているようだ。この見方は、中共トップ層の分析をしてきたアナリストによく見られる。曽慶紅と習近平はどちらも「中央港澳工作協調小組」のトップだった。なのに、なぜ10余年前に引退した曽慶紅の方が、未だにそんなに強い支配力を持っているのか?

     一つの理由としては、二人の香港マカオ事務所への関わり合いの深さの違いだ。曽慶紅が当時受け持っていたのは、香港マカオ工作だけではなく、国家安全部など秘密部門に関わっていた。こうした立場が、北京に居ながらにして、香港マカオの活動における各部門を統括できたのだ。また、当時はまさに、紅二代目が大量に、香港に根っこを下ろそうとしていた時代だった。曽慶紅の地位は、彼らに保護の傘をさしかけるにぴったりだった。同時に、ビジネスや金融活動にも関わっていたから、互いの信頼関係ができるのに時間はかからなかっただろう。

     一方、習近平は「中央港澳工作協調小組」トップだった時代には、もう中共総書記の後継者の立場だった。習近平は、共産党建設、様々な組織活動、香港マカオ問題、北京五輪などたくさんの任務を担当していた。重点は党務に置かれていた。香港やマカオのことに関していえば、動きにくかった。そして、「これまで通り」で済ませることが多く、自分の手下を分厚く配置して勢力を扶殖することはできなかった。

     ★国務院の香港マカオ事務局への大地震

     中共の外交システムは、外交部、国务院香港マカオ弁公室・香港中聯弁、国務院台湾事務弁公室、国家安全部、などに分かれている。それぞれが「お山の大将」で人事権は別々、相互協力もしない傾向がある。

     香港中聯弁は、国務院香港マカオ弁公室の下級組織だ。だから、これまでずっと外部からの人員まず入れなかった。しかし、今回、左遷された中聯弁主任の王志民は、まさに国务院香港マカオ弁公室の”保守本流の後継者”だった。王志民が属する国務院系統とは、香港復帰以前の新華社香港支社が、中共の香港工作を握っていた時代までさかのぼる。

     2000年より前の香港新華社には、二つの部分があった。内部で「小社」とか「小新華」と言われていたのは「新華社香港支社編集局長室」。仕事面では新華社の指導を受けて、報道業務を行なっていた。

     もう一つは、内部では「大社」とか「大新華」と呼ばれていた。その本当の身分は、「中共中央香港工作委員会」(駐3)、つまり、中共の香港における党組織の総本部だった。中共が香港に派遣した公安部と国家安全部のメンバーの大部分は、新華社香港支社(中共中央香港工作委員会)の保安部に配属された。香港の中国資本企業は、中国本土ではそれぞれ上級に主管部門を持っている。しかし、香港における幹部の任免は、「中共中央香港工作委員会」が握っていたのだ。

     新華社の香港支社という組織名称は、外交上の法的な身分では通信社にすぎない。これでは外交特権が与えられないという不便さがあった。

     そこで、1999年12月28日に、国務院常務会議の決定がなされた。2000年1月18日から、新華社香港支社の名称は「香港中聯弁」(中央人民政府駐香港特別行政区聯絡辦公室)に変わった。これ以後、「香港中聯弁」の呼称が「中共中央香港工作委員会」が対外的に使用する新名称になった。

     王志民は1992年に福建省委員会から、新華社の香港支社に入社。1994年に「大社」の青年婦人工作部長となって、1998年にアモイ市長助役(原注;この時、福建省委員会書記だった習近平とは、一緒に仕事をしたことはない)。2006年改称後の「香港中聯弁」に戻り、副秘書長兼青年工作部長に昇進。2008年国務院香港マカオ事務弁公室によって抜擢されて中聯弁副主任、党組織副書記に。2016年7月澳門中聯弁主任、2017年9月香港中聯弁主任に。彼の国務院香港マカオ事務弁公室系統での出世は順調だった。

     頭角を現しただけではなく、さらに上まで出世が期待され、国務院香港マカオ事務弁公室の主任になるといわれていた。しかし、去年以来の香港で起きた一連の事件で、主要な責任者の一人とされた。香港における北京とのパイプ役だったわけで、当然、事件の責任を取らされたわけだ。

     しかし、王志民の降格は、彼個人の出世の道が断たれたというだけではない。国務院香港マカオ事務弁公室の大黒柱的人物の挫折であってた。それは、国務院系統のこれまで行ってきた香港政策に対する再検討や、その他の人事にも及ぶ大地震となった。

     香港の明報が1月8日に報じたところでは、免職になった王志民は、多くの主流派の人々があいさつすらする暇もないぐらい、あたふたしたものだったという。その後、彼は部長級(大臣級)から、副大臣級に降格され閑職に追いやられたと言われる

     明報がこれを報じた一週間後に、「下から上までの不正事件と、すでに形成されている不正常な香港官僚と現地実業家の関係を掘り起こす」という香港中聯弁を粛正の話が政府メディアに掲載されたのだ。この視点から見ると、国務院香港マカオ事務弁公室への”地震”は、香港実業界に小さからぬ余波を巻き起こす可能性がある。

    ★官商の香港における特別な関係

     では、何が政府メディアの言う「香港的特色を持つ」役人と実業家の関係なのか? 

     香港は長く、中国大陸とは、切ってもきれない千万本の糸で結ばれた商業関係がある。英国統治時代からの香港の実業家は、地元や香港のイギリス政府の各部門と様々な関係を構築してきた。大陸の対外開放にも触覚を伸ばしていた。少なからぬ人々が大陸投資を行い、同時に、積極的に政治的な「関係(ぐわんし)」を作って、香港の祖国復帰後、「北京の買弁」たらんと準備おさおさ怠りなかった。

     香港復帰前、中共は「香港人によって香港を統治する」という「統一戦線工作」を展開した。具体的な舵取りは、まさに香港新華社支局だった。香港復帰後、こうしたベテラン実業家たちは、とっく政府の中堅を担う力となって、香港特区は香港中聯弁による政・商協力の共同統治連合をなした。

     香港の人民代表と政治協委員の中で、工業・商業界の人士は、ほとんどが中共を支える人々で占められるようになった。こうした官僚と実業界の関係ができると、自然とそこには香港中聯弁の役人とベテラン実業家たちの間での、利益のやりとり関係が生まれる。「香港の安定化」にこの政策は十分寄与したのだった。

     しかし、1980年代からは、中国資本の機関が大量に香港にやって来て、「新香港ビジネスマン」が生まれた。彼らはまさに正真正銘の、中国大陸内地の買弁代理人だ。そのうちの国務院の各部門が設立した企業の人事は、新華社香港支社(つまり後の香港中聯弁)が管理した。この組織関係は、香港中聯弁と上級の国務院香港マカオ事務弁公室にとって、大量の役人と実業界の結託のチャンスを生み出した。贈賄なぞは、いとも当然のことになった。

     香港のことは、国務院香港マカオ事務弁公室・香港中聯弁が一手に仕切っていた。だから、中央紀律委員会も手を出せなかった。こうした中国資本の機関や組織、中共経済管理に携わる幹部連にとっては、反腐敗の潮流の中でも干渉されない「天国」だった。

     大量の地方政府が香港で、中国資本の企業を設立し、民間企業も香港で株上場を果たした。この香港という”自由な港”を大いに利用して、中国国内国外の両方から巨大な利益空間を作り出して、取り締まられなかったのだ。

     以上の2種類の香港実業家たちが基本的には、やはり香港情勢の安定を望んていたと言える。しかし、もうひとつ別の種類の香港実業家たちの場合は、なかなか微妙だ。これが、つまり、紅二代目、紅三代目、官僚二代目、官僚三代目や、その金銭をあずかり、かばん持ちをしたり、企業の管理をするといった「北京系の香港商人」だ。彼らは「北京の香港商人」と呼ばれている。長年、北京の紅色貴族たちの家や、権力者にサービスを提供している連中で、1990年代半ばから続々と香港にやってきて民間企業を設立した。

     この連中は、先に述べた2種類の香港実業家ったちとは大違いだ。大半が大陸でがっぽり手に入れた金で金融活動を行なっていた。蕭建華がその良い例だ。彼らのお金は、紅色貴族や権力者と関係している。当然、腐敗とも直接関係している。だから、過去数年の反腐敗の潮流は彼らにとっては大変な脅威となった。彼らは、当然、それに対して大きな不満と怒りをもっている。去年、香港政府が提起した「逃亡犯条例改正案」(訳注4)がこうした連中に恐怖を感じさせ、彼らには、この法律を阻止しようとする動機がある。

     ★駱恵寧と対外部門への「反腐敗」

     国務院の「香港中聯弁」は中共の対外交渉系統の「独立王国」の中でも重要な一つだ。去年の香港での事件は「香港中聯弁」が調査を受けて処罰される前例の前倒しとなった。

     駱恵寧は、こうした背景の下で、半ば退職したような閑職の全国人民代用大会財経委員会の副書記から、対外部門の系統の調査と処罰に関わる前線に派遣された。

     官製メディアの言い方だと、駱恵寧が指揮官に任命されたのは、彼がこれまで香港マカオと全く関係がなかったからだ。つまり、これまでの様々な香港のしがらみにとらわれないからだ。

     これでも分かるとおり、北京のトップレベルでは香港政策と人事のコントロールから「香港中聯弁」の伝統勢力の一部をなんとか外し、人員もやり方も変えてしまいたいのだ。しかし、香港とマカオ勢力は深くガッチリと根を張り巡らせている。これをなんとか”きれいにお掃除するのは容易なことではない。

     官製メディアも、「駱恵寧は「中央と香港の連絡役で、”香港党委員会書記”ではない。党中央も駱恵寧自身もこれをはっきり分かっている……香港問題は深く何層にもなった構造性の矛盾であり、一人の人間がひと頑張りりすれば解決するような問題ではない」と書いている。

     この対外向け宣伝メディアの記事は、1月12日に「中国外交部が中央紀律委に「人の使い方の視野が狭い」と名指しされる」からのもの。中紀委は去年、すでに外国関係の各部門に目をつけていたのだ。記事には「中共18回大会以後の大規模な反腐敗キャンペーンの中で、外交部も含む中国の対外部署は、見逃されて来たうちの一つだとしている。

    「しかし、対外部門、中聯部など若干の部門は調査され、外国菅家にはいくつかの腐敗事案が発見された。外国関係も完全に腐敗を免れているわけではない。中国の対外関係系統の腐敗は、対外援助と投資、ビジネス協力の分野だ」中共の「対外関係は国内には、下級の部署を持たない」ともある。(原注;これは外交部は各省や市には、自分の手足となる下級組織部門がないこと)。そして、「だから利益輸送と利益関係は他の部門に比べると、単純だ」とある。

     外交部の「利益輸送と利益関係は比較的単純」だ。これと鮮明な対比をなすのは、国務院香港マカオ事務弁公室が、香港に数十年間どっかり腰をすえて、密接な人脈を作り、築きあげた無数の複雑な利益の輸送パイプだ。そのメンバーと既得権を守るために、この一派が得意とした方法がある。「香港は特殊で重要」を強調して自分たちの存在意義を強調することだ。

     駱恵寧が「下から上まで、すでに形成されている官僚と地元実業家の不正常な関係を掘り起こす」ということは、当然、国務院香港マカオ事務弁公室系統のスタッフを震え上がらる。

     そして、反腐敗キャンペーンは、王岐山が長年やりなれた手法。駱恵寧も山西省でとことん腐っていた官僚システムに手を入れた経験を持つ。彼は香港に赴任した後も、深圳に住み、広州に出かける、これは「香港中聯弁」のベテラン勢に包囲されるのを避けて、側面から突破口を探しているのかもしれない。

     中国と香港の関係史上、これは、北京が初めて人員を派遣して、香港の役人と地元実業家の関係に手を入れ、香港マカオ関係の隠された秘密を掘り起こす試みだ。成功するかしないかは、天のみぞ知るだ。

     駱恵寧は赴任しても、目立たないようにやっていて、「新任の官僚はこけおどしに大げさに振る舞う砍上三板斧」ではないし、「新任官僚は、最初のうちは、故意に忙しそうに見せかけ」もしない。しかし、この「あひるの水かき」式に、そっと事態を探り取ろうとする方が、もっと怖い人も多かろう。(終わり)

    訳注1;「香港中聯弁」、すなわち「中央人民政府駐香港特別行政區聯絡辦公室」は、香港特別行政区における中国中央政府の出先機関。2000年1月、従来香港における事実上の中国の代表部を兼ねていた新華通信社香港支社から分離し、正式に香港での中国の中央政府の出先機関となった。国務院香港マカオ事務弁公室は、その上級組織。

    訳注2:「中央港澳工作協調小组」は、中共中央委員会政治局の下にある。香港とマカオに対する中国の政策の最高事実上の機関。党組織である。

    訳注3;中共中央香港工作委员会(略称:中央香港工委)は、中共中央委員会の香港における派出機関で、中央人民政府驻香港特别行政区联络办公室(香港中联弁)と実質は同じで二つの看板を掲げていた。二つの名称があるのは、対外的に使い分けする必要性があったと言われている。

    訳注4:2019年逃亡犯条例改正案。改正案が成立した場合、香港行政長官は事例毎に引き渡し要請を受け付けることになる。要請を受け付ける容疑には殺人罪のほかには贈収賄、入出国審査官に対する詐欺など7年以上の懲役刑が科される可能性のある犯罪が30種類以上含まれる(wiki)

     原文は;骆惠宁:新官上任火烧谁?

    中国 何清漣
    中国 何清漣

    中国2018 中国2017 中国2016 中国2015

    これまでの何清漣さんの論評の、翻訳はこちら。「拙速」でやってますので誤字、脱字ご勘弁。(電子本の方は校閲して直してあります。多分w) なお、お気付きの点がございましたらお知らせください。ツイッター → @Minya_J。

    中国 何清漣
    Print Friendly, PDF & Email

    Leave a Reply

    Your email address will not be published. Required fields are marked *