• ★武漢肺炎の背後に渦巻く政治的大勝負 2020年02月10日

    by  • February 10, 2020 • 日文文章 • 0 Comments

     武漢肺炎と李文亮医師の死が政治危機の触媒作用となり、 事態をつき動かしています。

     中国民間に巻き起こる怒りの声は言論の自由への要求に集まっていますが、 中国トップは、  これに背を向け別の方向に動きました。 2月7日、  中央紀律国家監察委員会サイトは、  中央が武漢に調査班を派遣することが批准され、  李文亮医師に関連する問題を全面調査する方針を明らかにしました。 

     しかし李文亮医師事件は、  別に複雑でも何でもありません。 SNSで武漢肺炎流行初期にその話をしただけ弾圧された話は、  彼の生前にもう明らかでした。 死因に関する調査も別に難しくはありますまい。 鶏を殺すのに牛刀を用いるような大げさな話にする意図は、  この調査班の目的が、  実は李文亮を突破口にして、  武漢肺炎の流行に関する「すべて」を調査しようというねらいだということです。 

     ★武漢肺炎で習近平は極めて不利な立場に

     武漢の都市封鎖が実施されて以後、  武漢肺炎の政治的衝撃は、  間断なく続いていますが、  その方向は「中共政権」に対してではなく、  「習近平」に対してでした。 

     今年の1月上旬、  武漢肺炎の流行に関するネット上の噂は、  やまほどありました。 にもかかわらず地方政府は、  遅々として情報を明らかにしませんでした。 

     しかし、  外交部のスポークスウーマン華春瑩が、  事情を一番知る必要がある武漢人に対して情報を隠匿している時期に、  米国に対しては、  なんと30回以上も流行状況を報告していたことを、  記者会見で大っぴらに公表してしまいました。 

     ここでは、  この奇怪な情報公開はさておき、  関連した事情を時系列に並べてみましょう。 

     1月20日 習近平が、  武漢肺炎流行に関して重要指示。 「人民大衆の生命安全と身体健康を第一に、  流行の蔓延を断固として抑えよ」で、  李克强も同様の指示を出しました。 

     1月22日、  武漢市政府が、  封鎖を決定。 

     1月25日、  習近平が主催する中央政治局常委会議で、  できるだけ早く情報を公開し、  透明化し、  情報発表が遅らせたり、  嘘を発表したり、  漏れがあれば、  厳しく追求されると強調。 

     1月27日午後、  武漢市長の周先旺が中央電視台から、  ライブ放送で取材を受けました。 そして、  周先旺が情報が適時公表されなかった点に対してこう言ったのです。 

     ;「地方政府としては、  私が得た情報は、  公開する許可がないと発表できない、  これが理解されなくて…」、  「のちになって、  とくに1月20日の国務院が常務会議を招集してから、  地元が責任をもってやれということになり、  やっと我々の思う通りやれることが増えた」と。 つまり、  直接、  流行情報が適時発表できなかったのは、  中央の責任だと言っているわけです。 

     周先旺のこの話は、  世論の大騒ぎを引き起こしました。 これは周先旺が我が身可愛さに、  もうこれ以上、  中央のために罪を引っ被る役目はごめんだと内情を暴露したのだとか、  中央と地方の矛盾だとか、  制度的な原因があるとか言われました。 

     海外の中国語メディアでは、  習近平に対する批判がすごいことにななり、  習近平引退を実名で要求するアピールが、  いくつも出されました。 国際メディアにも批判は多く掲載されましたが、  しかし多くは体制に対するものでした。 

     しかし、  中共政治、  とりわけ党内闘争の歴史をご存知の人なら誰でもわかることがあります。 それは、  上級がとんでもない大間違いを犯した場合でも、  下級は「いえ、  私めが悪いのでございます。 死に値するのはやつがれでございまする」というのが普通なのです。 

     誰かが、  背後から周先旺をサポートして、  勇気づけなければ、  こんな公開の場で中央指導者(習近平)の罪を負わないぞ、  といった態度を見せることは、  あり得ないことなのです。 

     ★批判は、  習近平8年の実績に向かう

     1月28日、  周先旺が中央テレビの取材を受けた二日目、  英・BBCは「白信」という署名の「武漢肺炎の下での統治壊滅:北京ー武漢ー福建の政治観察」を掲載しました。 

     白信は、  近年時々、  フリーライターとしてBBCに文章を発表しています。 基本的には中共トップの政治に関することで、  遠慮なく自分が手にした内幕情報を暴露しています。 

     この原稿が注目に値するのは、  二つあります。 

     一つは、  全国の全国の重要な地方が、  武漢都市封鎖後にも次々と深刻な流行状況に襲われているのに、  筆者は流行状態がどちらかというと軽い、  習近平が若い頃いた福建省や福州、  倉山老城のことを話していること。 タイトルにもわざわざ「闽(福建)」の字を使っていること。 

     二つには文章の内容が直接、  黄龍(皇帝)を批判し、  数々の習近平統治下の「統治崩壊」をを列挙したあと、  こう書いていることです。 

    1月20日、  中共政治局常務委は、  流行防止専門指導班を作ると決定したがメンバーは未定。 二日後に李克强総理が武漢視察し、  大衆と外界はようやく、  李克强がこの指導責任者で、  政治局常務委員会に対して責任を負うのだとわかった。 

     これでは、  習近平が自分で組長やる20いくつもある指導小組にくらべるとめちゃめちゃ格下。 疫病流行状況と爆発に関する指導権を巡って、  習近平と国務院の間、  政治局常務委員の間で、  さまざまな交渉や、  権力争奪戦が、  政策決定や対応の遅れが続いているんじゃなかろうか。 

    2 ;ある北京のウォッチャーは、  「2019年末から今年1月以来の武漢肺炎の大規模拡散と、  政治の失敗は、  全面的に習近平が主席となってからの行政体制と軍隊改革から党組織の革命化とか言いながら、  樹立した忠誠体制を検証するものだった。 ”新常態”以外の公共問題への対応は、  非効率的で硬直したもので、  公共統治を全面的に失敗させたばかりか、  社会と人民に巨大な代価を支払わせている。 

     一番目の話は、  中央に矛盾があり、  それは習近平と李克强間の矛盾だという話です。 これは、  まあ見せかけの牽制球のようなものです。 盛んにいわれる習近平と李克强の「南院と北院」の矛盾というのは、  実際は李克强側が弱くてお話にもなりません。 

     後段の「ある北京ウォッチャー」が、  肝心な話です。 中国政治に通じた人なら誰でも、  この話が、  習近平の武漢肺炎だけの指導責任を問題にしているのではないことがわかります。 

     問題にしているのは、  習近平が中国の最高権力者になってからのあらゆる政治実績なのです。 つまり、  反腐敗キャンペーンで作りあげた行政体制と軍隊の清算と総入れ替え人事のことです。 

     この文章は、  習近平がしょっちゅう彼に歯向かう情報系統が存在するのに、  それをなんとかできないままだ、  ということには一言も触れていません。 

     大いに興味深いのは、  北京大学の中文系教授で孔子の第73代子孫の孔慶東が二日後の1月30日に、  微博上で、  明朝の最後の皇帝・崇禎帝が煤山で自殺した故事でもって、  大変露骨に中共最高指導者をあてこすった一文を書いたことです。 

     孔慶東は、  失脚した薄熙来支持派で、  習近平が勝利した後は、  粛清こそされなかったけれども、  冷や飯を食わされていたことは、  中国国内では、  誰もが知っています。 もし誰かによって、  何かを耳打ちされなければ、  孔慶東は、  ここまでの文章は書かなかったでしょう。 
    https://i.epochtimes.com/assets/uploads/2020/02/8de83cb8a71eb8c4ca84c4a34b097be1.jpg

    1月28日は、  習近平が世界保健機関(WHO)のテドロス事務局長と会見した日でした。 そして、  偶然、  時を同じくして、  続く何日もの間、  2月5日に北京人民大会堂で、  カンボジアの首相に会うまで、  習近平は、  公開の席に顔を出さず、  この”神隠れ”が話題になりました。 

     これに対して、  いろいろな憶測が乱れ飛びました、  多くが、  情勢は、  習近平に不利だと見ていました。 少数の人々は、  習近平は毛沢東が1966年6月に韶山滴水洞一号楼に11日間、  ”神隠れ”して、  文革を発動する準備をしたことを思い出しました。 毛沢東は、  劉少奇や鄧小平を「資本主義の道を歩む反動路線」として8節11中全会で「司令部を打倒せよ、  わが大字報」てやっつけたのです。 習近平は、  きっとあの事件を学んでいるんだろうと、  思う人もありました。 

     ★習近平の「神隠れ」は何のため?

     習近平の「神隠れ」は、  毛沢東とは違いました。 彼は依然として、  中共政治局など、  ハイレベル会議を主催しました。 「中国共産党ニュースネット・習近平活動報道写真専門ページ」には、  2月3日の写真なしの会議から、  毎日の活動が記されていました。 2月5日には北京人民大会堂で、  カンボジア首相との記念写真が公表され「神隠れ」への憶測は消えました。 

     この「神隠れ」期間中に、  いくつもの大きな決定がなされています。 

     国家安全部のスパイだった郭文貴が2017年に米に逃亡指定リア、  香港の「反送中運動」を経て、  党内の敵対勢力に対して、  習近平は、  ずっと守勢を取ってきました。 

     郭文貴は、  大っぴらに「保命、  保財、  敵討ち」を掲げて、  王岐山に泥を塗ろうとしました。 同時に「200万人の汚職役人の家族のための敵討ち」を掲げました。 

     このため、  極めて複雑な配慮の下で、  習近平は、  仕方なく「7上8下」(訳注:最高指導部のメンバーが党大会の際に68歳以上なら引退する、  という暗黙のルールがある)を守らざるを得ませんでした。 そこで、  王岐山を中国共産党第十九回全国代表大会では、  王岐山を常務委員から引退させ、  国家観察委員会に中央紀律委員会の大部分の職能を手渡し、  「党による政治干渉だ」という非難を避けざるを得ませんでした。 

     2019年に香港で「反送中」運動が起きた時、  ”勇武派”が出現しましたが、  北京からの「暴力阻止」の命令によるコントロールは効果をあげられませんでした。 そして、  米国は2019年11月、  中国の制裁を意識した「香港民主と人権法案」を可決しました。 

     今年、  1月になって、  やっと北京は香港中聯弁の立て直し工作の準備の工作として、  駱恵寧を中聯弁主任にすえ、  ”勇武派”は引退し、  香港の抗議活動から手を引くと宣言しました。 

     そこへまさかの武漢肺炎です。 情報封鎖による行動の遅れは、  ついに病気流行を全中国から、  世界20数カ国にまで及ぼしてしまいました。 国際公共性事件となって、  習近平は、  受け身の大変困った立場に立たされました。 

     各方面からの、  期せずしてやってきた「辞任せよ」の大合唱が起きました。 習近平は、  当然、  その中で一番危険なのは、  誰かを嗅ぎわけます。 ですから、  周先旺のCCTVへのインタビューが引き起こした論著の中から、  「神隠れ」した数日をかけて、  対策を考えたわけです。 

    ★習近平の政治的反撃は成功するか?

     2月7日、  習近平は状況に応じて、  守りから攻めへと二つの手を打ちました。 

     一つは、  国家観察委員会が、  調査チームを李文亮事件がかかわる全体の問題を調査する、  です。 民間の政府の言論統制への強烈な不満を、  李文亮の死そのものに引き戻そうというものです。 大変都合の良いことに、  Stoneと名乗る人が、  李文亮の病歴所見に問題があると言い出しています。 その病歴は、  Stoneによれば知らない人からメールで送られてきたと言います。 

     もう一つは、  正式に武漢ウィルス研究所が、  中国解放軍首席生物化学兵器防衛の専門家である軍事医学科学院生物プロジェクト研究所の陳薇院士の管理下に置かれることになったことです。 報道によると、  陳薇氏は、  1月25日に武漢に着任しているそうです。 

     つまり、  李文亮向けの調査グループ派遣は、  再び官製メディアに李文亮を宣伝賛美させ、  習近平受け身から主導的立場に変えます。 責任者として非難のマトから、  観察、  調査者への立場に変えます。 これは、  恥知らずと言われるでしょうが、  しかし、  わずかな労力で最大の効果を上げることができます。 

     陳薇女史の任命は、  直接核心を突いたものです。 彼女は軍で一流の生物化学兵器の専門家です。 今回の流行の台風の目ともいえる武漢ウイルス研究所の事故原因を専門的分析できますから、  この任務には彼女に勝る人材はいません。 
     
     この研究所にまつわる話は、  もうネット上に山ほどあって、  どんどん新しいものが増えています。 ”伝説”はますます増え、  そこで働いていたという人だけでなく、  各国のウイルス、  生物化学の専門家やメディアまであります。 私は生物化学は門外漢ですが、  陳薇少将任命からは、  二つのニュースの狙い、  ひとつは、  軍の首席生化学兵器専門家、  二つには武漢に10数日いて、  すでに基本的な状況は把握しているとわかります。 

     されに意義のあることは、  2月7日、  トランプ米大統領がトップ級の科学者による、  新型コロナウィルスの源調査を行うと宣言しました。 この日、  習近平はトランプの電話に応じています。 各種の配慮から、  中国側は、  米国人を調査には参加させませんでしたが、  この話の展開ぶりは、  様々なことを考えさせます。 

     ★2022年中共20大前の激戦

     習近平が、  果たして武漢肺炎のもたらした政治的衝撃に耐えることができるか? これは二つの方面から見なければなりません。 武漢肺炎は、  習近平の中共総書記としての権威には、  確かに深刻な衝撃となるでしょう。 しかし、  だからといって、  それが直ちに彼をやめさせるとは言えません。 

     任期終了後に辞めろ、  ということになるでしょう。 中共の現在の権力体制では、  1957年にソ連共産党でマレンコフらが、  フルシチョフを引きずりおろしたようケースや、  1976年に、  葉剣英らが四人組を逮捕したようなことが起きなければ、  習近平を引きずりおろすことはできません。 

     郭文貴事件から今に至るまで、  3度あった反対は、  みな、  習近平の権威を弱めようとするものでした。 世人に、  習近平の政治能力に疑問を抱かせて、  無期限連任を阻止しようとする試みでした。 

     習近平が、  無期限の連任を求めたのは、  単純に権力にしがみつきたいだけではないのです。 彼は、  反腐敗キャンペーンを通じて膨大な行政、  軍事系統の人員を粛清しました。 敵が多すぎるのです。 その中にはまだ、  キーマンとして厄介事を引き起こせる人物もいます。 

     いったん、  権力を失えば、  家族や一派には、  かならずバックラッシュに出くわす人も出るでしょう。 政治的安全という点から、  習近平は、  決して手をこまねいて退却することはできないのです。 

     2022年に開かれる予定の中国共産党第二十回全国代表大会大会前の、  中国政治の波は高く、  朝野各方面のさまざまな力は、  全てがこの政治的殺し合いの戦に参加しているのです。 (終わり)

    原文は;武汉肺炎背后波谲云诡的政治豪赌

    中国 何清漣

    中国2018 中国2017 中国2016 中国2015

    これまでの何清漣さんの論評の、翻訳はこちら。「拙速」でやってますので誤字、脱字ご勘弁。(電子本の方は校閲して直してあります。多分w) なお、お気付きの点がございましたらお知らせください。ツイッター → @Minya_J。

    中国 何清漣
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