• 程暁農★「秘密保持」から生まれる災難  2020年2月14日

    by  • February 16, 2020 • 日文文章 • 0 Comments

     専制国家と民主国家の最大の違いの一つが情報コントロールだ。「民は由らしむべし、知らせるべからず」を奉じて、民間の重大事件には「秘密保持」が要だ。

     今回の中国における武漢肺炎の爆発はまさに「秘密保持」からおこった災い。「秘密保持」によって起きて、「秘密保持」によって隠蔽され、国中がパニックに至り、最後には真相が漏れて後手を踏むはめになる。

    ★⑴ 災いは「秘密保持」から

     去年、12月初めに登場した”武漢肺炎”はあっという間に全国に拡散し、多くの省と直轄市、そして世界の多くの国々で流行した。根源をさかのぼると、これは「秘密保持」が招いた災いだ。

     流行への「秘密保持」は、流行程度と発生源の二つにかかわる。肺炎流行の始まりは、去年12月初頭だった。12月1日に武漢市で最も早い症例が出現した。

     その後、一カ月以上、武漢市は全く無防備だったし、全国でも警戒されなかった。その理由は「秘密保持」だった。

     武漢で医療関係者として内部告発した最初の数人のうちの1人だった李文亮医師が亡くなる前、武漢政府は同医師がデマを流したとして、流行を否定した。実際には、「秘密保持」が必要だったからだ。

     そして、武漢市長だった馬国強・党委書記(2月13日解任)は「自分には権限がなかったから、流行状況を公表できなかった」と言ったのも、「秘密保持」が要となる体制のせいだ。

     上から下まで、皆こうなのである。多くの人々は、防疫には情報の透明化が肝心だと思っている。しかし、彼らがご存知ないのは、中国の防疫と「秘密保持」には、直接関係があって、後者が前者を破壊しているということだ。

     「秘密保持」は中国国内だけではない。ウィキペディアによると、1月14日には、世界保健機構(WHO)が「新型コロナウイルスは『既に』一定程度人から人へと伝染する」と確認していた。しかし、中国政府のプレッシャーの下で、WHOはその報道を「可能性がある」にさせた。

     もし、この疫病が人から人へ感染するならば、武漢都市封鎖はできるだけ早く、春節前、大量の人口が流出、流行拡散が拡大する前に実行すべきであった。しかし、公共衛生管理部門が何度も「忖度」をしているうちに時期を逸してしまった。

     武漢市の流行の発生上昇期は、春節の直前。人口の大規模な外部への移動は予見できた。そこへ、この流行情報だ。それは、武漢に住む人々を郷里に帰郷を加速させ、旅行などの方式で急速に全国や世界各国に広まった。流行拡散は最後には、取り返しのつかないところまで広がってしまった。

     2月8日の中国新聞周刊は、元上海副市長の謝麗娟が、1988年1月の上海甲型肺炎の爆発時の防疫活動の回顧を紹介している。その中で、「1987年12月に何系方面は、甲型肝炎の大規模爆発を予想していた。その予防を大規模に宣伝できなかったのは、秘密保持が求められたからだった」と述べている。理由は、政府がいろいろな配慮があったからだ。

     そして、30年以上過ぎた今、この秘密保持体制のルールは、明らかに変わっていない。だから、武漢市でまたしても同じことが起きた。当局は、いつも「秘密保持」の陰で、こっそり処理をはかる。しかし、上海のA型肝炎から、ラッサ熱、そして今回の肺炎に至るまで、失敗の連続、災難の連続だ。

     ★⑵ 「秘密保持」で災難隠し

     流行状況更改後も「秘密保持」ルールは依然として機能し続けている。ウイルス発生源は公開の論議から外されている。大衆の注目する発生源に関するニュースも厳しくコントロールされている。さらに、流行統計の多くが隠蔽することで、大衆の懸念を薄めようとする。

     武漢市政府は、「武漢肺炎」を引き起こしたウイルスは、武漢市の華南海鮮市場からだと発表した。しかし、その後の研究で、41の症例中、27人はこの海鮮市場に接触があったが、他の14人はなかった。34%がなかったということは、ウイルスにはその他の発生源があったということだ。
     
     最近、武漢の中国科学院武漢国家生物安全実験室(武漢P4実験室)が、SNSの上で注目を浴びている。この実験室は、炭素病、これら、などの激性の伝染病を研究している。

     RFI(フランス国際ラジオ)中国ウェブサイトは、2月8日に、「中国首席生化学兵器防御の専門家である陳薇少将が、数日前にこの実験室を掌握。これは武漢P4実験室が軍と関係があることを示している」と伝えた。

     最近、武漢の中国科学院武漢国家生物安全実験室(武漢P4実験室)が、SNSの上で注目を浴びている。この実験室は、炭素病、これら、などの激性の伝染病を研究している。

     RFI(フランス国際ラジオ)中国ウェブサイトは、2月8日に、「中国首席生化学兵器防御の専門家陳薇少将が、数日前にこの実験室を掌握。これは武漢P4実験室が軍と関係があることを示している」。軍が管理するということは、当然、主要な任務は秘密保持である。よって、流行の源に関する話がはっきりすることは、もうないだろう。

     しかし、2月14日の夜、中国中央テレビの「新聞聯播」で緊急ニュースとして、習近平が招集した「中央全面深化改革委員会第12回会議」≈で習近平は、「生物安全」を国家安全システムに組み入れることを強調した、と伝えた。

     これは、今回の流行と疫病の発生源に関して、いささか視聴者の理解を助けるものだった。つまり、この度の流行と「生物安定」は関係する、ということだ。

     ウィキペディアには、「生物安全」とは、一般に現代生物技術開発と生態環境への応用、人体の健康への潜在的脅威、それに対する一連の有効な予防、制御措置のことだ、とある。

     武漢肺炎の流行状況がどのぐらい深刻かでも、SNSの民間情報と、政府側の発表データの間には、はっきりした違いがある。2月12日までに、湖北省衛生健康委員会の流行情報では、湖北省における診断症例はわずかに33,366例、そのうち武漢市は19,558例だった。

     しかし、2月6日からの武漢市と湖北省のその他の都市では、毎日の新たな診断確定例が、次第に減少した。流行悪化が緩和される希望が見えるようだった。

     ついで、北京政府が各省に、経済の麻痺状態をなんとかするために、春節後の職場復帰を促した。しかし、人々は政府の発表する流行状況のデータには、疑いの目を向け、態度を留保した。

     そして、最近の事実は、湖北省と武漢の地元政府と国家衛生健康委員会は、大量の症例を隠蔽していたことが証明された。以下その分析。

     ★⑶「秘密保持」できなくなった

     今回の流行のなりゆきと防疫コントロールには三つの特徴がある。

     第一は、特別重大災害地域の武漢が、全面的に中央コントロールになったこと。流行はすでに全国の民間に広まって、軍隊だけがやっと対応できる深刻な事態。

     第二には、重大災害地域の湖北省の、武漢以外の地域の流行状況も、医療施設の力を越えており、外からの救援に依存するしかない状態。中央政府は2月6日から16の省に、湖北省内の16の都市への救助を請け負わせた。

     第三には、他の省や直轄市も自力で自己都市救助戦を始めている。

     面白いことに、16の省と直轄市が湖北省の武漢市以外の都市に対して、それぞれ請負制でやれという命令のおかげで、流行状況の情報コントロールが乱れてしまった。

     湖北省各地の支援に赴いた全国の省や直轄市の派遣人員は、医療設備を展開する中で現地の流行の真相を知ってしまった。

     春節後には、そうした先進地域の職場に、続々と省外からの労働者が戻ってくる。それに対して、これらの東部や中部の省や市は、次々に伝染を防ぐことに重点をおいて、自ら省封鎖、都市封鎖に出た。

     その結果、中央が職場復帰、操業再開の号令を下しても、地方の自治や市民の安全に譲歩せざるを得なくなった。だから、彼らは外から来ても泊まるところもないのだ。

     2月上旬後半が間近だ。北京、上海、天津、重慶の4直轄市、華東地区の6つの省の全ての省都、中南地区の6つの省の、海南島と湖南省を覗くその他の4つの省都に、黒龍江、雲南、四川、寧夏の各省の省都の計14の省都は、それぞれ程度は違うが「都市封鎖」を実行している。

     だから、経済上、最も活発な地域の重要都市が皆、防疫緊急状態にある。全国の合計80の大小の都市もそれぞれ、「ソフト都市封鎖」「ハード封鎖」を行なっている。このほか、湖北省以外にも、遼寧省、江西省、安徽省、寧夏回族自治区も「省封鎖」している。

     「ハード封鎖」とは、流行地域の住民や車を入れない措置。例えば、江蘇省無錫市は8日、湖北省、浙江省、広東省、河南省、湖南省、安徽省、江西省などの流行重点地区から来た労働者に対して、戻ることを「勧告」した。

    「ソフト都市封鎖」とは、住宅地域(社区)で封鎖式管理を行い、外地の人や車は、市内に入れるが、封鎖式管理地域には入れない。一部の都市では、住民が生活用品や食料を購入するのを2日に1度などと、制限して感染の機会を減らそうとしている。

     最近、BBCネットに載った「中国新型コロナウイルス流行記」は、一連の今回の流行に関連した事件を記録している。しかし、ひとつ大変大事なのが抜けている。それが「都市封鎖」「省封鎖」だ。

     武漢の都市封鎖は、皆、知っている。けれども、北京、上海、広州、深圳などの最大規模の都市と、半数近い省が「封城」してる事実は、中国国内のインターネットでも、系統だった報道はなく、深く調査もされていない。

     まるで、そんなことがなかったかのようだ。おそらく、やっぱり「秘密保持」の関係で、マイナス情報は「広く宣伝してはならない」なのだろう。

     ★⑷ 「地雷排除」の秘密

     2月13日、北京のお偉方は、湖北省党委員会書記と武漢市委員会書記の交代を発表。上海市長の応勇を新湖北省書記に、済南市委員会初期の王忠林を武漢市初期に任命した。

     同じ日、国家衛生健康委と湖北省衛生健康委は、2月12日の夜中までの流行情報に、重大な改正を加えた。このために、この二つの委員会は、どうやってこれを説明するか考えるのに何時間もかかったのか、毎晩の発表も半日遅れた。

     湖北省衛生健康委の2月13日の発表した2月12日の流行状況は、武漢市の2月11日時点の1104例から、突然13386人に跳ね上がったのだ。12倍である。

     明らかに、武漢市が発表した2月12日のの診療確定症例は、当然当日に発見されたものではない。これまで「圧縮」されていたデータが「解放」されたのだ。つまりこれらの症例はとっくに存在していて、ただ、「秘密保持」の都合で隠されていたわけだ。

     湖北省衛生健康委は、この説明をまだしていないが、国家衛生健康委が代わりに説明した。こうした症例は「新型コロナウイルス肺炎診療方案第五版」の規定の「臨床診断」による「新確定診断数」だと。

     しかし、この説明には、はっきりとした欠点がある。この第五案の配布時間は2月5日なのだ。なぜ、湖北省は新たな確定症例の規定が届いてから、1週間も何もしないで、2月12日になって、突然、目覚めたのだ?

     実は、2月13日に湖北省党委員会書記と武漢市委員会書記が代わった時、元職は12日にこの人事移動に備えていたのだ。想像できるのは、「圧縮」してあった症例数を「解放」するのは、医療基準が変わった結果ではない可能性が強い。
     
     それは口実に過ぎず、実際は新たな人事でやってくる高官のために「地雷除去」をしておこうというのが本当の理由だろう。前任が「圧縮」したデータは、流行の深刻さを隠蔽するものであったが。こうして圧縮したデータは、事実上、すでに何日間も存在する深刻なものだった。

     それが、いったん新たなトップが到着すれば、深刻な流行や本当の症例数を、引き継ぐことなどできやしない。当然、新たなトップは、前任者のために、地雷撤去や犠牲になりたくはない。

     そして前任者の心中も見え見えだ。このままほっておけば、疑いなく責任を追及されてしまうし、地雷なぞあった日には、「真相を隠蔽し、後任をたばかった」となって、その罪の上塗りだ。

     ならば、離任の際に、地雷掃除をやっておこう、ということだ。こうして、毎日の流行状況の統計数字も、湖北省と武漢市のトップが離任するその日に、一気に11倍になったわけだ。

     各省と直轄市の湖北省への防疫支援は、湖北省各地の「秘密保持」の効果を打ち消した。トップ交代、新たなトップの不妊は、一部の「秘密」を解除させた。

     これは21世紀の国家統治の新たな経験などではない。誰だって歴史を勉強したら、衆知のごとく、古代の君主は、誰でも心得ていたことだ。

     しかし、今や、最高の知恵袋と呼ばれる王滬寧 (江沢民、胡錦濤、習近平政権につかえた『三帝の帝師」といわれる学者で、中央政治局常務委員)が、果たしてご存知なのかどうかは知らない。(終わり)

    原文は; 程晓农:“保密”之祸 

    中国 何清漣

    中国2018 中国2017 中国2016 中国2015
    Print Friendly, PDF & Email

    Leave a Reply

    Your email address will not be published. Required fields are marked *