• ★中国の「ターニングポイントがやって来た!」 2020年3月1日

    by  • March 2, 2020 • 日文文章 • 0 Comments

     武漢肺炎は中国を発生源として、  2月28日までに全世界52カ国に広まりました。  そして今、  三つの流行の中心地が生まれています。  中国を中心とするアジア、  とりわけ東アジア、  中でも韓国、  日本などの流行が深刻です。 

     日本政府は、  悲観的な見通しで対応を進めています。  イタリアを中心とする欧州では連鎖的な爆発が起きています。  2月27日までに、  21カ国に患者が出現しました。  イランを中心とする中東十数カ国でも爆発し、  2月28日までにイランは武漢肺炎による死亡率最高の国になりました

     しかし、  中共政権の目から見ると、  流行の全世界への蔓延は、  重要ではありません。  重要なのは「ターニングポイント」を作り出し、  有利にすることです。 


     ★2月26日;中国はウイルス輸出国から被害国に

     武漢肺炎は、  本来、  中国が世界各国に輸出したものです。  しかし、  世界保健機関(WHO)のテドロス事務局長は、  2月25日の 第56回ミュンヘン安全保障会議で、  こう言いました。 

     「中国は、  巨大な代価を支払って、  最も早く新型コロナウイルスの流行に対して有効な防疫コントロールを行なって世界を鼓舞した。  そして、  世界各国に流行に備える貴重な時間を稼ぎ出した」と。  たちまちにして、  中国をウイルスの輸出国から、  流行に一早く抵抗した国だと言い出したのでした。 

     この無茶苦茶な「基盤」の上に、  民族主義的な感情が強烈な中国人を巻き込めば、  テドロス事務局長が指し示した「光り輝く前途」によって世論戦を展開できることを、  中国政府は突然発見したのでした。 

     2月26日という日は、  中国政府はエイプリルフールを一カ月繰り上げたようなものでした。  この日には、  三つのことが起こりました。 

     ⑴ 世界の流行状況を発表できる大きな権限を持つWHOは、  「ついに武漢肺炎の流行は”ターニングポイント”を迎えた。  中国国外で確認された症例数が、  初めて中国国内のそれを超えた」と発表したのでした。 

     この知らせは、  中国(中共)の華文国外宣伝メディアの環球ネットにとって、  宝物のようなニュースです。  ただちに発表され、  中国政府がすばらしい疫病コントロールの力を発揮したおかげで「ターニングポイント」が来たことになりました。  (「環球ネット」に関しては知らないと踏み違う:新聞でよく見る、人民日報系の「環球時報」とはご参考に )

     その翌日、  環球ネットは労を惜しまず、  せっせとWHOの情報を伝え続けました。  「過去24時間で、  全世界の症例増加は1185例だったが、  中国以外が746例、  中国では439例。  以後、  連続2日、  中国以外が中国国内を上回った」と。 

     あたかも武漢肺炎の蔓延で息も絶え絶えだった中国が、  「よその国のほうがもっとひどいぞ。  我らは勝利した!」みたいな感じでした。  編集者はどんな気持ちだったのか。  これぞまさに「アジアの病人」の精神であり、  病んでいるのはその心です。 

     ⑵ 2月26日、  北京市は、  第32回新型コロナウイルス防疫に関する記者会見を開きました。  テーマは、  海外の流行に対して、  北京は国際都市として、  どうやって防疫を強化するか、  でした。 

     北京市衛生健康委員会のスポークスマンの高小俊は、  こう述べました。  「流行の深刻な国々から行ったり来たりした人物には、  北京市の規定によって自宅隔離2週間、  自主的に住居地域の管理に服従して、  流行拡大の危険を防止することだ」と。 

     武漢の都市封鎖から1カ月以上、  他国の流行地域から来た人に、  禁止、  検査、  隔離を要求します。 

     中国から見れば、  128カ国が、  中国に対して入国禁止措置や部分的禁止ルールを作るのは、  中国に対する入国の権利の尊厳を奪うものでした。  それが今や、  国際都市北京が、  ついに他の流行国家から来る人々に同じ措置を取れるようになったのです。  これは、  痛快無比なるでき事でした。  当日、  成都市では82人の韓国人が「流行病の中国への逆輸入」の疑いで調べられました。 

    ⑶ 2月26日、  寧夏回族自治区中衛市は、  イランからモスクワ経由で帰国した新型コロナ肺炎の症例を発見した。  イランは中国の友好国で、  新型コロナだからといって、  特に差別待遇しないとしていますが、  中国は、  イランイランに対して、  防疫の準備をしています。 

     2月26日の、  武漢肺炎の国際的「ターニングポイント」の到来という”素晴らしい情勢”に応じて、  中国の専門家も援護射撃に乗り出しています。  「防疫の国宝」と言われる鍾南山大博士の行脚先の広州で、  講習医科大学が主催したブリーフィングの席での話です。 

     「国家衛健委員会高級特別専門家グループ」の鍾南山は「流行予測で、  自分は、最初はまず中国を考えて、  国外の可能性を考えなかったが、  現在、  国外の情勢を見るに、  流行は中国でまず起きたのだが、  必ずしも発生源は中国ではない」といいました。 

     武漢肺炎の発生源が中国であることは、  いささかも疑いのないことです。 
    習近平とテドロス
     しかし、  テドロスはミュンヘンで、  中国は国際社会に対して素知らぬ顔で責任をなすりつけ、  「中国は自らの犠牲において世界で初のウイルスと戦い、  ウイルス問題に取り組めるチャンスを作り出した」と、  病疫に新たな解釈を施しました。 
     そして、  今度は鍾南山が、  国際的流行のターニングポイントという大チャンスを捉えて、  「ウイルスは中国以外から来た」と国際社会に罪を押し付けようとしたのでした。 

     同日、  新華社系の米CNC World(中國新華新聞電視網英語電視台)が、  米国疾病管理予防センターのニュースとして、  「CDC、  『未知の』起源の米国コロナウイルスの最初の症例を確認」と報道されました。 

     これは、  たちまち中国のネットには「米国疾病管理予防センターが、  初めての新型肺炎のウイルス期限は米国からだと認めた」という中国語の字幕がつけられ、  ネットで拡散され、  愛国青少年らが歓喜感動に飛び上がりました。  (訳注;CDCは「これは、  米国の一般大衆における人から人への感染の最初の知られている例」、  つまり感染源が不明、  といっているだけで、  米国で病原菌が作られたという話ではない)

     ★政治が一切に優先。  第二の深刻汚染のイラン

     2月26日までに、  イランの確定肺炎患者数は139人で、  死者が19人、  死亡率13.6%は、  中国以外の死者数はダントツの世界一です。  保健衛生大臣までが武漢肺炎で入院。 

     しかし、  イラン政府は中国とそっくりのやり方で、  2月19日になってやっと流行を発表。  確定症例は2人が死亡したと言いました。  1週間後、  感染者は幾何級数的に増えましたが、  イランのハサン・ロウハーニー大統領は、  2月26日になっても依然として、  都市封鎖はせず、  個人隔離だけ行うとしています。  さらに「毎日、  風邪やインフルエンザで死者は出る」「ことさら新型コロナだと大騒ぎすることはない」と言いました。 

     インターネットメディアの香港01は、  「イランは一体何を間違えたか?」で、  深刻な事態を招いた二つの原因あげています。  まず、  イラン政府が新型コロナ肺炎を、  インフルエンザと同様に考えている姿勢、  それに加えて、  ロウハーニー大統領が。  新型コロナ肺炎の流行を米国の制裁と同じで「恐慌は現実より怖い」と脅かしていること。  政府が各種の国内外の事情で、  事実に基づいた流行に対応しようとしていないこと。  そして、  米国の制裁を受けており、  医療システムが遅れており、  武漢肺炎に十分な対応能力がないことです。 

     米国は、  昔から共産党独裁国家や宗教独裁国家が、  自己正当化するための、  流し台のごみ受けのような存在です。  何でもかんでも、  こうした国家の宣伝機関や中国の大規模な対外宣伝機関では、  災いをもたらす親玉は、  たとえ米国と全く関係ない話でさえ、  いつだって悪の根源は「米帝国主義」なのです。 

     近年になって、  中国は中東と北アフリカの最大の投資元であり、  世界最大の原油消費国になりました。  中東側もまた、  中国を困った時の救世主とみています。  反米はさらに中国とイランの共通点です。 

     BBCが2月27日に発表した「肺炎の流行状況;これらの国々が争って北京に取り入る背景にある考慮」では、  今回の武漢肺炎爆発後、  中東各国が、  争って北京にラブコールを送って、  中国という重要はパートナーのお気に入りになろうとしたことを指摘しています。 

     友情と心配という言葉で表現したり、  気前よく物資を提供したりです。  中東と北アフリカの国家の中には、  中国に取り入ることが国家の重要な仕事となっており、  中にはその点でのライバル関係だったりします。 

     中国支持は、  サウジアラビアをトップに、  イランやその仲間たちから、  イスラエル、  カタール、  トルコもそうでした。 

     とりわけイランはもっともガチガチの中国支持者でした。  イランの外務大臣は2月4日、  中国語を使ったツイートで「我が親しき友の中国国務委員けん外務大臣の王毅と電話で、  中国の防疫の成功に賞賛と感謝を示した。  中国は流行の国内での悪化を止めたばかりか、  国際的蔓延をも阻止した。  我々は米国の他人の困難につけいるやり方を非難する。  2009年の米国のH1N1インフルエンザに対する防疫措置より、  中国は、  明らかにもっと責任を負って、  より大きな成功を収めた」と、  親愛の情を述べました。 

     つまり、  イランは、  とにかくアメリカに反対して、  中国の手をしっかり握っていれば、  武漢肺炎を自国の門外に止めることができると、  防疫より政治的立場を優先させるという間違いを犯したのです。  悪の根源の米国を罵り、  北京の気前の良い援助を期待したのです。  しかし、  残念ながらウイルスには情け容赦はありませんでした。 

     ★心の病人:民主国家が中国のやり方は真似できない

     武漢肺炎の爆発と世界への感染後、  様々な理由から、  多くの国家の防疫活動はうまくいっていません。  日本と韓国は相次いで失敗しました。  イタリアは欧州の武漢肺炎感染の中心になってしまい、  連鎖的な感染を引き起こしています。 

     2月27日までに、  欧州では21カ国で病例が見つかっています。  ウイルス蔓延によって、  欧州ではイタリアが北部のロンバルディアとベネと州の十数の都市を封鎖しましたが、  ミラノやベニスなどの重要な都市も依然として汚染地区です。  欧州各国はパニック状態ですが、  どの国も1月20日から2月20日中国の各省や都市がやったような事項防衛で対外道路封鎖や居住区封鎖はやっていません。 

     それには当然、  様々な理由があります。  例えば韓国では、  2月18日に新天地協会で数百人の群衆感染が起きるまでは、  韓国人は、  これはただ中国人が持ち込んだウイルスだとしか思いませんでした。  中国人だけ2週間の自己隔離を求め、  一部の民族主義者がマスクをしてデモ行進をし、  「中国人は中国へ帰れ」と横断幕やスローガンを叫びました。  しかし、  政府は、  経済利益を考慮して、  中国との航空便の停止はしませんでした。  その結果、  流行が広がり、  大邱市は「韓国の武漢」になってしまいました。 

     イタリアは、  さらに反応が遅く、  回り道をしてイタリアにくる中国人 — 主に温州からが多いのですが、  温州は、  武漢に次ぐ流行地域です。 

     日本、  韓国、  イタリアなど、  民主国家が失敗しているのを見て、  中国のネトウヨ(小粉紅)は、  おお喜びです。 

     「なぜ、  中国は流行を抑えられたのに、  多くの先進国はダメダメなのか?」というキテレツな一文が劉斯郎という名前で登場しました。 

    その結論は、  ⑴制度的な穴が、  政策的な遅れを招いた。  ⑵社会民衆の防疫意識が薄弱。  ⑶社会経済の基盤が不安定、  でした。 

    そして、  「民主制度は軟弱で、  足の引っ張り合いばかりしており、  中国の専制独裁体制のような、  集中力で問題解決に当たる効率を持たない。  。  民衆の資質が肝心な時にイタリアのように肝心な時に失敗するか否かを決める。  中国の偉大さは、  武漢でことが起きたら、  全国の数十地域がまとまって対処できる。  しかし、  民主国家は、  こうした中国の優秀さを一つ足りとも持ち合わせていない」と言います。 

     さらに米国のCDCを例にとって、  医療体系の穴が大流行を招き、  西側医療システムの神話は、  現実の前に脆くも一撃で崩れ去ったとしています。 

     最後には、  筆者は、  テドロスWHO事務局が、  中国社会を動員したのを褒めた名言「自分は、  一生で初めてこんなすごい動員ぶりを見た」を引用。  その他のテドロス同志の中国政府への賛辞を持って、  痛烈に日本や韓国、  イタリアをこき下ろし「おまえら民主国家は、  中国の真似をしようったって、  できない」と述べています。 
     故意に流行状況を隠蔽し、  世界にウイルスをばらまいて、  なお国家の責任を逃れ、  今や、  ウイルスの来源の身代わりを探して、  はずかしくもなく黒を白だといいくるめ、  世論の「ターニングポイント」を捏造しようとしています。 

     こうしたことから、  私は、  SARSから20年も経たないうちに武漢肺炎を引き起こすような政府は、  将来、  またこうした災難を引き起こすだろうと、  信じています。  (終わり)

     原文は:何清漣專欄:武漢肺炎的中國輿論「拐點」

    中国 何清漣

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    これまでの何清漣さんの論評の、翻訳はこちら。過去のものはウィンドウズやMacのサファリでは、句読点が中央配置になります。Macのchromeがおすすめです。なお、「拙速」でやってますので誤字、脱字ご勘弁。(電子本の方は校閲して直してあります。多分w) なお、お気付きの点がございましたらお知らせください。ツイッター → @Minya_J。

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