• 程暁農;中国共産党は困った時にはインドを叩く 2020年6月22日

    by  • July 28, 2020 • 日文文章 • 0 Comments

    中国 何清漣

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     ★⑴ 2度の崛起と2度の苦境

     最近勃発した中印国境紛争は、両国間の長年の国境紛争の継続に思える。しかし、中印国境はほぼ百年前から未確定状態にあり、その間に両者が衝突したのは2回だけである。 ほぼ60年間の平和を維持してきたのに、なぜ今回、紛争勃発は避けられなかったのか? おそらく答えはタイミングにある。しかし暦年数だけでは何もわからない。各時代の背景を考えてこそ初めて理解できる。

     中印紛争の起きた二つの年に共通しているのは、中共が未曾有の国内外の困難に直面した時だ。つまり、これは中共の”崛起”の方針の必然的な産物なのだ。

      1962年は、毛沢東が「米英を追い抜く」ために「大躍進」を開始した年だった。2020年は中共が、内外で色々苦労している米国を追い越そうと”崛起”しようとした年である。

     この二つの”崛起”の共通点は、北京当局の国際的な野望を達成するために、手段を選ばず破壊的な経済政策と、内政・外交政策の道を追求したことであった。その結果、友好国も反目する中で国内の経済が深刻な低迷に陥り、内憂外患に陥ってしまった。

    「大躍進」は、農村を共産化して農業生産を拡大しようとする試みであり、その結果、農業は崩壊し、数千万人の農民が飢餓状態に陥った。しかし、毛沢東は、金門島砲撃戦を開始し、それによって引き起こされるかもしれない対米核戦争にソ連が参加することを要求するという非常識な政策を採用したのだった。 これにより、ソ連の中共との蜜月が終わり、中国への技術援助が打ち切られ、中・ソ、中・米の関係が同時に悪化することになった。

     現在の中国の国内経済の苦境の根源は、胡錦濤・温家宝時代にさかのぼる。不動産バブルを中国経済の牽引力にするという展望のない政策であった。それによって蓄積した問題が、ここ数年次々に明らかにな理、景気低迷が「新たな常態」となったのだ。

     「米国を超える」崛起戦略は、胡錦濤・温家宝時代からスタートした。このために、米国から大規模にハイテク技術の窃盗活動を開始し、そのうえに長期にわたる巨額の貿易黒字を加えて、公然と国際海洋法に違反し、南海の公海に人工島を建設して、米国を脅かす中共核弾頭潜水艦の「深海基地」にしようとした。

     トランプ政権が、こうした中共の数々の脅威に対して反撃したため、中共の経済下降は激化し、さらに、新型コロナウイルスの流行が、深刻に米・中関係を悪化させた。

     ★⑵ ミスが多ければ多いほど冷静に、逃げ道を模索するように前線を変えていく

     この内外の苦境が民主主義の国で起きていたら、内閣崩壊や譴責を受ける可能性もあっただろう。しかし、共産主義国では、当局は自分たちの過ちを正直に語ることはない。個人的独裁的の場合、窮地に陥った指導者は、国内の人々の注意をそらして、外部の衝突に目を向けさせ、同時に党内に自分が軍隊に対して強力なコントロール能力を持っていることを示し、内部の潜在的なライバルが動くのを牽制しようとする。

     かつて、毛沢東は困難な状況下での中共基本戦略として、「過ちを犯せば犯すほど冷静にならねばならず、戦線をずらして逃げ道を模索する」方針を打ち出した。 いわゆる「冷静さ」とは間違いを認めないことだ。「出口を探す」とは、内政と外交と間で新たな切り口を切り開き、新たなキャンペーンを展開し、新たな戦いをおっ始めることで、隣国はとんだ迷惑だ。

     この隣人は小国ではダメである。民族主義的扇動を生み出すのに十分な勝利が得られない。そして、中国の隣人の中で、 大きくて弱い国はインドだけだし、双方とも長年未解決の国境問題を抱えている。だから、摩擦を引き起こしてインドを叩くことが中共の選択になった。

     しかし、中共にも心中に限界線がある。紛争を起こす必要はあるが、インドの内部に侵入して領土を侵犯してしまっては、より深刻な問題と国際的孤立を引き起こすことになるので避けたい。さもないと、「鶏を盗めず、逆に米を一握り損してしまう」(悪いことをたくらんで、かえって災難にあう)。 つまり、インドとの紛争で、賠償金や領土を奪い取ろうとはしない。自国民の視点さえ外に向けることができればよいのだ。

     中印国境は、長い間、双方確定していない。1インチが8マイルに相当する地図に破線が描かれていいるだけだ。自然の地理的境界線としての川や谷とは区別されておらず、正確な緯度経度座標を持たないため実際には使えない。

     したがって、実態はそれぞれの当事者が各自の有効支配領域をを占有しているのであって、そのラインを根拠にしては、境界線を建てることはおろか、実効支配すらしていない。実際の境界状況は、各当事者がそれぞれ事実上の支配領域を有し、その間の領域(バッファゾーン)は、いずれの当事者も占有していない。だから一方の側がバッファゾーンで、例えば要塞化や工事を始めると双方の間に摩擦が生じる。 1962年の中印戦争でもそうだったし、今年の紛争でもそうだ。

     2度の衝突では、共通するやり口がある。中国は未解決の国境の現状を利用して摩擦を生じさせようとする。 紛争シナリオは、まず奇襲攻撃の後、紛争を縮小させ、国境での現状復帰、または平和を回復するための適切な退却だ。 紛争の度に中共は、軍事的主導権を得るために準備して突然攻撃に出る。 以下、この2つの衝突の特徴をおさらいするとしよう。

    ★⑶ 1962年中印戦争の勝敗

     中共が起こした中印戦争は、1962年の冬に勃発した。 同年10月20日、中共はインド国境東側の区間で攻勢を開始、11月16日、共産党勢力は中印国境東側の区間で別の長距離攻勢を開始した。 国境線の東と西の部分は遠距離攻撃を受け、またしても大量のインド軍を全滅させた。

     これで軍事的には共産党は完全勝利を達成したのだが、外交的には大敗北に直面した。 世界の西側諸国、共産主義国、その他の発展途上国のうち50カ国がインドを公然と支持し、その他の多くの国がインドを支持したのだった。

      エジプト、イラク、セイロン、ネパール、モンゴル、アフガニスタン、カンボジアなどの国が、中立でありながら、和解に取り組む際にはインド寄りだったのだ。 そして、中国を公然と支持したり、同調したりする国はほとんどなく、ベトナム、北朝鮮、パキスタンだけが仕方なく中国を支持しただけだった。

      最も重要なことは、米国とソ連は、大型輸送機、戦闘機、ヘリコプターなどの実質的な軍事援助を提供してインドを強力に支援したことだった。中共は、国際社会で孤立し、代わりに米ソから提供された大量の近代装備によってインド軍が強化されたため、中国軍は これ以上の戦闘は大きな損失になる可能性があった。そこで、毛沢東は完全撤退を命じ、攻撃前の制圧地域の一部を放棄した。

     ウィキペディアによると、当時インドにいた中国共産党寄りのオーストラリア人ジャーナリストのネビル・マクスウェルは、「中印国境紛争―その背景と今後」(1972)でこう書いた。

    ;「中国軍が大勝利を収めたとき、中国政府は突然、一方的かつ無条件に 撤退して、全世界が安堵感、というよりは唖然とした。 世界大戦の歴史上、このようなことはかつてなかった。負けた側が何も約束しないうちに、勝った側が一方的に無条件撤退したのだ。これは、実質的には、大きな代償を払った勝利で得た利益を無駄にすることになるからだ」と。

     しかし、中共の軍事作家である金輝は、彼の長編日記「チベットのマードックの誘惑」(东方出版社在1995年刊)の中で、このような結論を導き出している。

    : 勝者敗者ははっきりした。 しかし、30年近く経った今、あの戦争とその結果を現在の文脈で見ると、全く別の話になってしまう。 勝者は敗北しなかったということを除き、全て敗者の特徴を持っている。一方、敗者は勝利しなかったというだけで、 勝者の得るべきものを全てを持っている。それでも、勝者は勝ったのだから成果が全くない巨大な屈辱も平気の平左だし、敗者は勝利できなかったという悔しい思いに、ずっと拳をさすって、いつかは仇をとってやろうと思っている。おそらくこれは歴史のアイロニーだろう。

     ★⑷ 2020年の中国とインドの対立

     歴史は現実の鏡で、今年の紛争もネパールに近い中国・インド国境の西部で勃発した。 無人の高海抜地帯で極寒の地域で、厳しい気候、峻険な地形で、アクセスも限られており、どちらの側にも住民がいなかったし、争う資源も無かった。かつては国境警備隊員が緩衝地帯で向かい合って横断幕を広げ、それぞれの国境の主張を表明してから立ち去っていた。近年、インド側は、中国側が実際の支配線(LAC)を越え、踏み込んでくる事件を年間数百件記録してきた。中国側は、インド側の実際の支配下に足を踏み入れ、キャンプを設置し、数週間にわたって対峙していたが、いずれも死亡者を出さず、喧嘩や敵対行為もなかった。

     しかし、最近、インドのパトロール隊が緩衝地帯で中共軍が建設した建物を発見し、インド軍がそれを破壊しようとした時に中国のパトロール隊に襲われた。中国とインドは、軍事的対立を避けるために武器を持たないという非武装協定を結んでいるため、両軍の徒手空拳による衝突が起きた。

     5月末の両軍の衝突で、中共軍はインド人72人を負傷させ、5人を捕虜にした。1中隊に相当するインド軍がやられたところをみると、中共軍は数百人が出動したようだ。 衝突は6月15日の夜に再び勃発、数時間続いた。何時間もの間、中国が釘を植えた大きな棒を使い、非武装のインド人の将校や兵士が無防備に捕まり、何百人ものインド人が殴られて丘から転落していった。 その結果、地形の難しさとタイムリーな救助が困難なため、凍えるような寒さの中で、少なくとも20人が負傷して死亡した。

     先に優勢な兵力で、攻撃型の武器を用意していたという点から見て、今年の衝突もまた中共が、あらかじめ計画を練って奇襲をかけたとみられる。軍人は命令がなければ、自分から大希望攻撃をかけることはない。つまり、中共軍の今回の突然の襲撃の背後には、政府の挑発政策があって、摩擦を作り出したかったので、軍人はその命令どおり動いたということだ。現在、双方とも現場を離れ、それぞれ前線に大量の兵力と重装備を運び込んでいる。今後の情勢がどうなるかは、まだ様子見だ。

     中国の公式メディアですら先日、「この紛争における前線の引き離しのテクニカルな解決は難しくない」と認めている。 意見の相違を管理するためのメカニズムが十分発達していることが、過去数十年間、紛争が続いていても、どちらの側にも死者が出なかった主な理由の一つである、と言っているのだ。ただ、中国は、1962年の中印国境紛争での心理的優位性は、今でも根強い。中印国境紛争を挑発する中共の意図は、紙面上でも明らかだ。

     ★中共は再度、”勝利”するのか?

     なぜ今、中国共産党は再び中印国境紛争を挑発しているのか? その深層原因は以上のように分析されているが、直接の原因は、米・中冷戦が始まった後、中共が国際社会のあらゆる場面で窮屈な思いをしていることではないだろうか。 それには、インドが中共への協力を拒否したことで、米国の経済圧力から脱却しようとしている中共にとっての困難が増したことも含まれている。

      その結果、中共はインドを脅迫して強引に従わせようとしている。インドは1年以上前から、日本が主導する「包括的かつ進歩的な環太平洋パートナーシップ協定」(CPA)への参加を拒否しているが、中共主導の「地域包括的経済連携」(RCPP)への参加も拒否している。中共はこのインドの不服従に歯がゆい思いをしており、それが今回の衝突の原因となった。

     この紛争は、1962年の中印戦争に比べて、規模も深刻度もはるかに小さい。双方とも銃火を交えていない。しかし、国際的な意味合いでは、どの国も中共を支持せず、中共の外交的孤立という点では、1962年と似ている。

     しかし、今の国際情勢は、1962年とは雲泥の差がある。まず、国連は次第に反西欧勢力として発展してきた中国が力をつけてきて、中共の舞台となり、米国のライバルになっている。だから、国連も、もう国際正義の主役にはなれないし、当然、中印衝突の仲裁者とはなりえない。次に、中共がグローバリズム経済に加わってから、経済的利益の誘惑によって、少なからぬ国々を味方につけている。だから、中共もこの程度の小規模紛争では新たな経済制裁を恐れる必要はない。

     しかし、インドの国際的な立ち位置や経済力も、今までとは違う。単独でも、国際的な連帯がなくても、中共に対抗するための経済・政治レベルで中共に反撃することができる。「ドイチェ・ヴェレ」(ドイツの国際放送事業体)は、この国境紛争の後、インドは中国に対抗するための外交・経済政策を速やかに転換するだろうと分析している。

      主に以下のようなアプローチが考えられる。

    ① 華為(ファーウェイ)の5Gを拒否。

    ② 中国の生産物拒否。全インドビジネス協会(CAIT)のアシュワニ・マハジャン事務局長は、7千万人が参加する全インド商人連合会は、中国製品のボイコットに反対する全国的なキャンペーンを強化することを決定した。

    ③ 新型コロナウイルスの発生源を調査するために中国に圧力をかけ続ける。

    ④ 結束して中国に対抗する。「南華早報」は、、最近の中国との衝突により、インドが 南シナ海での中国の拡大と軍事活動を抑制するため、米国主導のインド太平洋戦略にさらに一歩進んで関与するための米国のロビー活動を受け入れる、地政学的関係の調整を迫られる可能性があると述べている。

    ⑤ 国際機関への参加を拡大し、国際組織への専門家を送り出し、学会や民間セクターへの積極的な参加と発言力の獲得により、国際参加を拡大する。

    ⑥ 軍事力を高める。

    中共は1962年の中印戦争で成果を上げることができなかったのが、今回も恐らくそうなるだろう。(終わり)

     原文は;程晓农:中共每逢困境打印度 
    これまでの何清漣さんの論評の、翻訳はこちら

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    程晓农:中共每逢困境打印度
    2020-06-22
    【大纪元2020年06月22日讯】今年5月以来,中印之间打破了长达58年的和平状态,再度爆发冲突。如果回溯历史,会发现一个似乎并非偶然的巧合,那就是,中共每逢对外关系紧张和对内经济社会政策失败,就可能与比较弱的邻国爆发冲突,而这个被选择来打击的邻国,两次都是印度。当年毛泽东创造出一套困难处境下中共的基本战略,即“越是犯错越淡定,转移战线求出路”,现在再次看到了这一战略的运用。然而,中共在1962年的中印战争中并没有成果,这次恐怕仍旧如此。

    一、两次崛起、两次困境

    最近爆发的中印边界冲突,如果就事论事看,似乎只不过是长期以来两国边界纠纷的自然延续。但是,中印边界处于未定状态,已经近百年了,在这么长的时间里,双方只发生过两次冲突,一次是1962年,一次就是现在;而在这两次冲突之间的58年里,双方曾经维持了近乎一个甲子的和平。既然长达一甲子的和平能够维持,为什么冲突又不可避免?或许,答案就在时间点上。然而,日历上的年份数字,本身什么也说明不了,倒是这两个特定年份的时代背景才能说明原因。

    发生中印冲突的两个年份都有一个共同特点,那就是中共遇到前所未有的国内国际困境,而这样的困境又是中共的“崛起”方针的必然产物。1962年是毛泽东发动“大跃进”、要赶超英美和苏联之后彻底失败的时刻;2020年也是中共提出崛起方针、要超越美国后,因美国的反制而陷入内外交困的年份。

    这两次崛起的共同特点是,为了实现当局的国际野心,不择手段地推行破坏经济的国内政策和对外攻击型政策,最后导致国内经济严重滑坡,同时友邦翻脸,因此陷入内外困境。“大跃进”是试图用农村共产化来加快农业增产,结果导致农业崩盘,饿死数千万农民;而毛泽东1958年发动金门炮战,甚至要求苏联参加由此可能引发的与美国的核大战,这种疯狂的政策导致苏联结束了与中共的蜜月,终止了对华技术援助,中苏、中美关系同时恶化。当下的国内经济困境的根源要追溯到胡温时代,那时开始的营造房地产泡沫方针把中国经济引进了死胡同,因此而积累的问题最近几年陆续显现,经济滑坡成了“新常态”;而超越美国的崛起战略也是从胡温时代开始的,为了崛起,开始了对美国的大规模技术机密盗窃活动,加上长期的巨额对美贸易顺差,以及公然违反国际海洋法、强行在南海的公海海域建造人造岛,试图建成威胁美国的中共核导弹潜艇的“深海堡垒”,川普当局面对中共的种种威胁,采取了反制措施,令中共经济加速下滑,而新冠疫情更是严重恶化了中美关系。

    二、越是犯错越淡定,转移战线求出路

    如果这种陷入内外困境的情况发生在民主国家,大概率会出现倒阁和追责。但是,在共产党国家,当局从来不会坦诚认错。这样的国家如果处于领袖个人独裁的状况下,处于困境的领袖需要转移国内民众的视线,用对外冲突来唤起民族主义,同时向党内展示他对军队强有力的控制能力,防止潜在的内部挑战者蠢蠢欲动。

    当年毛泽东创造出一套困难处境下中共的基本战略,即“越是犯错越淡定,转移战线求出路”。这个所谓的淡定,就是绝不认错;所谓的求出路,就是在内政和对外关系上开辟新的战线,发动新的斗争,于是,就有邻国要倒楣了。这个邻国不能是小国,否则胜之不武,产生不了足够的民族主义煽动力;而中国的周边邻国中,唯一的一个大而弱的国家就是印度,双方有长期未决的边界问题。于是,制造摩擦,打击印度,就成了中共的选择。但是,中共也有个底线,需要制造冲突,但不宜深入印度内地、侵占其领土,那将造成更严重的国际孤立,就偷鸡不成蚀把米了;也就是说,与印度的冲突,不求夺地赔款,只要能在国内达到转移视线的效果就好。

    中印边界长期未经双方勘定,只是画在1英寸等于8英里的地图上;换句话说,这个图上国界线不是以河流或山谷为自然的地理界限区分的,图上的虚线没有精确的经纬度坐标,无法落实到地面上,更谈不上据此竖立界标。因此,实际的边界状况是,双方都有自己的实际控制区,而两边实际控制区之间是双方都不占领的缓冲区。只要有一方在缓冲区做出一些动作,比方设置一些工事或碉堡,就会引发双方摩擦;这时候,只要有一方想动手,冲突马上就会爆发。1962年的中印战争既是如此,今年的中印冲突又是如此。

    两次中印冲突都有一个共同的模式:中方利用未决边界的现状,设法制造摩擦;然后调兵遣将,设计冲突方案,突然袭击;之后缩小事态,回到边界原状或适当后撤,恢复和平。每一次冲突,中共为了取得军事上的主动,都是预作准备,突然攻击。下面就来回顾一下这两次冲突的特点。

    三、1962年中印战争的胜与败

    1962年冬季爆发了中共发动的中印战争。那年的10月20日中共军队在中印边界东段发起进攻,印军战败;11月16日中共军队又在边界线东段和西段用长途奔袭的战法,对印度驻军实行大包抄,再次歼灭大量印军。军事上中共取得了完全的胜利,但外交上则面临很大的失败。世界上西方国家、共产党国家和其它发展中国家里,有50个国家公开支持印度;另外还有一大批国家,如埃及、伊拉克、锡兰、尼泊尔、蒙古、阿富汗、柬埔寨等国,虽然保持中立,但进行调和时偏向印度;而公开表态支持或同情中国的国家不多,只剩越南、朝鲜和巴基斯坦,它们各有自己的原因或迫不得已。最主要的是,美、苏两国都坚决支持印度,为其提供了大量军事援助,包括大型运输机、战斗机和直升机。由于中共在国际社会陷于孤立,而印军获得美、苏提供的大量现代装备后反而实力增强,中共军队再打下去可能就要吃大亏了,所以毛泽东下令全线撤军,放弃了部分进攻前的控制区。

    据维基百科介绍,当时在印度的澳大利亚记者内维尔·马克斯韦尔(此人倾向于中共)在《印度对华战争》一书中这样评论,“当中国军队取得重大胜利的时候,中国政府突然宣布单方面无条件撤军,这与其说让全世界都松了一口气,不如说是让全世界都目瞪口呆。世界战争史上还从没有过这样的事情,胜利的一方在失败者还没有任何承诺的情况下,就单方面无条件撤军,实际上也就是让自己付出巨大代价来之不易的胜利成果化为乌有。”

    而中共的军旅作家金辉在长篇日记《西藏墨脱的诱惑》中对那段历史作了这样的结论,“胜利者和失败者是十分明确的。但是,经过了近30年之后,结合现在再来看那场战争及其结果,却完全是另一种情况了——胜利者除了没有失败的名义,却具备了失败者的一切;失败者除了没有胜利的名义,却得到了胜利者的一切。胜利者因为胜利而飘飘然,以至连对胜利成果的彻底丧失和巨大的屈辱都无动于衷。失败者因为唯独还没有得到胜利者的虚名,所以一直在摩拳擦掌,发誓要报一箭之仇。也许这就是历史的嘲弄。”

    四、2020年的中印冲突

    历史从来是现实的镜子,今年冲突再次爆发,冲突地区在中印边界西段靠近尼泊尔的地方。那里是荒无人烟的高海拔、极寒地区,气候恶劣,地形险峻,交通不便,双方都没有居民,也没有可以争夺的资源。过去,边境巡逻人员常在缓冲区面对面地展开横幅,表达各自的边界主张,然后各自走开。近年来印度每年记录了数百次中方跨越实际控制线的事件,中方甚至跨入印方实际控制线地段,安营扎寨,然后对峙数周;不过,这些对峙都没造成人员死亡,也没有斗殴和敌意。

    最近,印度巡逻兵在缓冲区里发现中共军队建造的一些建筑物,当印军试图摧毁这些建筑物时,遭到中国巡逻兵的攻击。由于中印双方有非武装协议,即双方为了避免军事冲突,都不携带武器,于是双方军队的冲突就成了徒手打架。5月底的双方冲突中,中共军队打伤72名印军,俘获5人;能一次打伤差不多一个连的印军,可见中共军队出动的兵力可能多达数百人。6月15日晚间再度爆发冲突,持续了数小时,由于中方使用带铁蒺藜的大棒,而徒手的印度官兵措手不及,印军上百人被打中而坠落山下,结果因地形险峻难以及时抢救,至少20人在高寒低温下受伤死亡。

    从事先调动优势兵力、准备好攻击型冷兵器这一点来看,今年的中印冲突又是中共有预谋的先发制人、突然袭击。军人不接到命令,不能主动发起大规模攻击;可以说,中共军队这次突然袭击的背后有政府的挑衅型决策,政府想制造摩擦,军人就奉命行事。目前双方暂时脱离冲突现场,但各自都向前线调集大量兵力和重装备。今后局势如何,尚待观察。

    前几天连中共官媒都承认,“此次的中印冲突事件前线的技术脱离问题并不难以解决,中印之间有成熟的机制来管控分歧,这也是双方在过去数十年的不间断冲突中未发生死亡案例的重要原因之一。(然而)中国在1962年中印边境冲突中所产生的心理优势依然根深柢固”。中共故意挑起中印边界冲突的意图跃然纸上。

    五、中共会再次“胜利”?

    中共现在为什么要再度挑起中印边界冲突?其深层原因上面已经分析过;而直接原因可能是,中共在美中冷战开始后感到在国际社会处处受制,其中包括印度拒绝与中共合作,给中共摆脱美国经济压力的尝试带来了重重困难。因此,中共就想敲打一下印度,逼印度听话。过去一年多以来,印度拒绝参加日本牵头的“全面与进步跨太平洋伙伴关系协定(Comprehensive and Progressive Trans Pacific Partnership,简称CPTPP)”,又拒不加入中共主导的“区域全面经济伙伴关系协定(Regional Comprehensive Economic Partnership, 简称RCEP)”,印度对中共的不顺从令中共牙痒痒,于是就发生了这次冲突。

    这次冲突与1962年的中印战争相比,规模和严重程度小得多,双方还没动用枪炮。但是,其国际影响与1962年相似,中共在这次冲突中同样面临外交上的孤立,似乎没有哪个国家公开就此事件表态支持中共。但是,如今的国际局势已经与1962年大相径庭。首先,联合国已逐渐被反西方的发展中国家把持,联合国不但成为中共的舞台,而且成了美国的对头。所以,联合国再也不能主持国际正义,当然也不再是这次中印冲突的有效仲裁者。其次,中共加入经济全球化之后,通过经济利益的诱惑,拉拢了不少国家,因此,中共也不惧怕因此次小规模冲突可能出现新的国际制裁。

    而印度的国际地位和经济实力也今非昔比了,仅凭它自己的力量,没有国际声援,也照样可以在经济和政治层面反击中共。据德国之声分析,此次边境冲突后,印度将迅速转变外交和经济政策,反制中国。主要可能采用以下方式:1. 拒绝华为5G。2. 抵制中国产品,全印度商人联合会(CAIT)全国秘书马哈将(Ashwani Mahajan)表示,由七千万印度商人组成的全印度商人联合会已决定在全国加强反对抵制中国商品的运动。3. 继续施压中国调查疫情源头。4. 抱团对抗中国。《南华早报》提到,新德里现在可能会考虑调整地缘政治关系;近日与中国的冲突可能会促使印度接受美国的游说,进一步参与美国主导的印太战略,遏制中国在南海的扩张和军事活动。5. 扩大国际参与,选任专家进入国际组织,在学术界和私营部门中积极参与、争取话语权。6. 增加军力。

    中共在1962年的中印战争中没有成果,这次恐怕仍旧如此。

    大纪元首发

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