• 程暁農★神格化されたアメリカの報道の自由-マーク・リード・レビン著「自由ならざる報道」を読む   2020年9月12日

    by  • October 6, 2020 • 日文文章 • 0 Comments

     最近、私はアメリカの弁護士、作家、ラジオ司会者のマーク・リード・レビン(Mark Reed Levin )の「報道の自由」を読んだ。 アメリカで神話化されている報道の自由についての真の理解を得ることに加えて、アメリカの主流メディアがなぜ客観的で独立した真実と偏見のないジャーナリズムへのアプローチを放棄して、民主党のプロパガンダ機関と化してしまったのかも理解できた。

     ★保守派

     レビンは、シンジケート・トーク・ラジオのフォックス・ニュース・チャンネルの「Life – Liberty – Levin」のホストだ。2015年から『コンサバティブ・レビュー』の編集長を務め、『ナショナルレビュー・オンライン』などのコメンテーターとして活躍する著名な保守派。

     1980年代には、ロナルド・レーガン政権で、エドウィン・ミース司法長官の筆頭補佐を務めた。1991年にはランドマーク・リーガル・ファウンデーションに参加し、憲法の研究、自由企業の提唱、政府権力の制限を専門として、1997年から2018年まで、ランドマーク・リーガル財団の会長を務めた。

     彼の会長在任中、同ファウンデーションは2000年に、国内最大の教師組合である全米教育協会(National Education Association)に対して、国税局への申告書で政治運動費を開示しなかったとして、連邦選挙委員会に告訴状を提出した。 これを受けて、アメリカ保守連合は2001年にレビンにロナルド・レーガン賞を授与した。

     レビンは、最初、保守的なラジオのトークショーのゲストとして出演し、ラッシュ・リンボーのトークショーでは頻繁に法律的なアドバイスを行っていた。そして、ラッシュ・リンボーは2020年2月4日にトランプ大統領から大統領自由勲章を授与された。

     その後、レビンはラジオのトークショーの司会者としても活躍し、2018年11月16日に全米ラジオの殿堂入りを果たした。2005年には『メン・イン・ブラック いかに最高裁がアメリカを破壊したか』を執筆。アメリカは、最高裁による数々の権力の乱用を列挙した本で、リベラルな判事がアメリカを破壊していると主張した。

     ;「米国の最高裁には、これまでに百人近くの最高裁判事がいた。 選挙で選ばれたわけでもないのに、ほぼ無責任に近い。 ほとんどのアメリカ人は彼らを知らないが、彼らは一生その任にある…それゆえ、多くの点で、判事は議会や大統領よりも強力な存在である。 たった5人の判事が、国家全体の経済、文化、犯罪、安全保障政策を決めることができるのだ」。

     レビンは2009年に『自由と専制』を出版した。これはニューヨーク・タイムズ紙の12週間連続のベストセラー1位となり、2009年の年間ベストセラーとなり、ニールセンのベストセラーリスト1位、Amazonで2位となった。出版したThreshold Editionsによると、すでに150万部売れたという。

     この本の中でレビンは、経済、ヘルスケア、地球温暖化、移民など、アメリカの日常生活のあらゆる問題に浸透し、影響を与えているリベラルの暴政の侵食に保守派がどのように対処しているかを説明している。

     彼は、こうした暴政が普段に拡大して、自分たちの自由や暮らし、国家の特徴を脅かしていると述べている。ショナルレビュー研究所主任研究員で作家のアンドリュー・C・マッカーシーは、「新しい基準」で「レビンは防衛戦略だけでなく、攻撃的な戦略も提起しており、これはこの種の変化を撃退する明確な呼びかけだ」と評している。

     レビンは2012年に『Ameritopia: The Unmaking of America』を出版し、プラトン、トマス・モア卿、トマス・ホッブズ卿、カール・マルクス、ジョン・ロック、シャルル・ド・モンテスキュー、アレクシス・ド・トッケヴィルの政治・政治史を検証することで、現代の保守主義と自由主義哲学の機嫌と発展を論じ、ユートピアイズムのイデオロギーと学説が、国家主義の暴政を激発し、個人の人権に基づく憲法の共和国を、先生独裁政治に変えようとしていると見ている。

     レビンは2013年に『The Liberty Amendments: Restoring the American Republic』を出版し、11の新しい憲法改正案を提案した。 11の修正案は以下のもの11項目だった。

    1)議会の任期制限を課す
    2)修正17条を廃止して上院議員の選挙を州議会に戻す
    3)最高裁判事に任期制限を課して司法審査を制限する
    4)バランスのとれた予算を要求し、連邦政府の支出と課税を制限する
    5)税金の申告期限(次の連邦選挙の前日)を制限する
    6)連邦政府の省庁や官僚に税負担を課す
    7)連邦政府に税負担を課す
    8)連邦政府に税負担を課す
    9)州が議会を迂回して憲法をより簡単に改正できるようにすること
    10)州の3分の2が連邦法を廃止できるプログラムを創設すること
    11)投票のための写真付き身分証明書の義務化と早期投票の制限を行うこと

     レビンは、これら11の修正案が憲法の主要な構成要素である連邦主義、共和主義、限定的な政府を回復させると主張している。 ニューヨーク・タイムズ紙のベストセラー本の3部門すべてで1位を獲得。 ナショナル・レビュー・オンラインのハンス・A・フォン・スパコフスキー氏は、この本を「保守的ブロガーのための必読の資料」と呼んだ。

     2015年、レビンは『略奪と詐取 大きな政府が若者を搾取し、未来を奪う」(Plunder and Deceit: Big Government’s Exploitation of Young People and the Future)』を出版。

     レビンの見解では、あらゆるところに存在するような米国連邦政府は、ますます権威主義的で中央集権的な国家主義政府へと発展し、市民社会を蝕んでいる。 熱心な擁護者でなくとも、多くの親は、自分が熱心な擁護者ではなくても、子供や将来の世代を脅かす残酷な公共政策に耐え続けなければならないのだ。

     このため、レビンは新たな公民権運動を呼びかけている。 自由と繁栄を促進し、民族主義者によって組織された若者の搾取を止める新しい公民権運動だ。 彼は、「憲法に根拠のないのに、圧倒的多数で行動しようとする政府を当然とするか? それとも、自分や自分の子供や孫が自由に生きていけるように、自分の身を守るために立ち上がるのか?」と若いアメリカ人の世代に自らの救国の事業に目覚めようと呼びかけた。

     2017年にレビンは、自然法に基づく限定政府というアメリカの建国の原則と、建国者たちの連邦政府への行き過ぎの危険性を見直し、『米国主義と進歩主義の暴政の再発見(Rediscovering Americanism and the Tyrannyny of Progressivism)』を出版した。

     米国が自然法的な、限定的政府によって建国された原則、建国者が連邦政府の権限拡大の行き過ぎの危険を警告したことを回顧している。そして、米国の進歩主義の歴史を整理して評価し、最後に結論として、「我らの国家を建設した人々は、怒りと失望を覚えるだろうし、我々の向かう先も見えなくなっている」としている。

     レビンはどのベストセラーでも追求してきた問題に回帰している。つまり「我々はいかにしてこの特別な国家を救えるのか? 我々は自分たちの価値観が今のような不安定な状態になっており、自分たちは国家が建設された基本的真理を回復する必要性はこれまでになく高い。こうした原則を理解することは、レビンによれば「専制政権・政府からの解毒剤だ」と。

     2019年5月21日、レビンは正式に『言論の不自由なるメディア(Unfreedom of The Press)』を出版した。 正式発売の3日前に先行販売で、Amazon.comで売れ筋No.1の本となり、2019年6月6日には印刷版と電子書籍のノンフィクション、ハードカバーのノンフィクション部門でニューヨーク・タイムズのベストセラーNo.1となった。

     ★愛国的ニュースメディア

     同書で、レビンはアメリカのニュースメディアの歴史を検証し、それを3つの段階に分けている

     :初期の愛国的な新聞(1639年代〜1780年代)、党派的な新聞(1790年代〜1860年代)、そして民主的な新聞(1860年代〜現在)だ。

     報道機関の初期の愛国的な時代には、アメリカ独立革命に不可欠な個人の自由と言論の自由のための戦いに、報道機関は全面的に関与していた。

     この時代のアメリカのニュースメディアで最も有名なのは「ボストン・ガゼット」である。

     「ボストン・ガゼット」は1719年にベンジャミン・エデスによって創刊され、後にアメリカ革命に積極的に関わっていった。(訳注;マサチューセッツ州ボストンのイギリス北アメリカ植民地で発行された。アメリカ史上最も影響力のある新聞と言われる)

     アメリカ独立革命の証人であった新聞社の発行人アイザイア・トーマスは、1810年に『アメリカの印刷史:印刷人の伝記と新聞の歳時記付き』を出版。 イングランドと植民地間の争いが深刻になったとき、優れた作家たちがこの国の自由のために戦い、新聞は世間の注目を集め、幅広い関心を喚起していた」と書いている。

     アメリカ独立戦争(1775年4月19日から1783年9月3日まで)が始まる前の1768年3月14日、ボストン・ガゼット紙は、後にアメリカ合衆国の建国の父となるサミュエル・クィンシー・アダムスの以下の記事を掲載した。

    :「自由なニュースメディアの存在は、暴君やその加担者とツールにとってこれほど恐ろしいものはない。理由は明快だ。それは『人々の自由の砦』だからであり、いまや既に大変公正な観察結果だったからだ。だから、現在、人々の自由を消滅させようとしている人間にとっては、ずっと嫉妬と悪意でもってそれを見つめてきた。‥‥しかし、あなたの新聞は既に警報を発し、あるいは奴隷の言葉で警鐘を鳴らしている。あなたの新聞は真相を我々に告げ、、神と国王の名において、すべての子孫のために、鎖を拒否し、自由を選ぼうと、もっとも説得力のある言葉と刺激的な言葉で、自由な制度と奴隷の鎖を拒絶することを」と。

     エロン大学教授のデビッド・A・コープランドは1768年に、「アダムズらが「報道の重要性について産み出されたものをすべて合せている」と、報道機関は国民の自由を守り、政府を牽制するものだという。 国民の代弁者として、メディアは統治官僚たちが被統治者の同意に従うことを保証するものだ」と述べている。

     アメリカの初期の報道機関は、数十年に渡って独立に向けた革命を奨励し、革命を奨励する様々なパンフレットを発行し、独立革命を鼓舞する小冊子を発行した。

     1750年から1776年の間に400冊以上のパンフレットを出版し、1783年には1500冊以上のパンフレットが出版された。 中でも有名なのが、トーマス・ペインの「コモン・センス」(常識)だった。 1776年1月10日に発行された48ページの「コモン・センス」は瞬く間に広まり、最初の3ヶ月で12万部、革命の終わりまでに50万部という驚異的な売り上げを記録し、入植者のほぼ20%が所有していた。

     アメリカ革命の歴史家であるデイビッド・ラムジーは1789年に「ペンと報道は、アメリカの独立を確立する上で剣に匹敵するものであった」と書いている。
     

     ★党派的なニュースメディア

     1789年初代大統領に宣誓した後、ジョージ・ワシントンは、トーマス・ジェファーソンを初代国務長官に、アレクサンダー・ハミルトンを初代財務長官に任命した。 しかし、ハミルトンとジェファーソンの政治的な違いから、ハミルトンは1790年に連邦党(フェデラリスト)を結成し、ジェファーソンは1793年に国務長官を辞任して民主共和党を結成して連邦党に対抗した。

     1812年にアメリカとイギリスの戦争(訳注:北米植民地戦争、別名インディアン戦争)が勃発した後、連邦党は消滅。 1825年、民主共和党は民主党(Democratic)と国民共和党(National Republican Party)に分裂。 1854年、エイブラハム・リンカーンは共和党(Republican Party)の結成を推し進め、アメリカでは民主党と共和党が結成され、以後、アメリカは民主党と共和党の対峙する局面を迎えた。

     1790年代から1860年代にかけて、初期の連邦制民主党-共和党の超党派対決にしろ、中期の民主党-ホイッグ党の超党派対決にしろ、最後の民主党-共和党の超党派対決にしろ、アメリカの報道メディアは、おおっぴらに自分たちが特定政党に属し、政治家と一体であるkとを公表し、積極的に党派的な主張を宣伝した。

     1789年にジョン・フェノーが創刊した「アメリカ合衆国公報」(Gazette of the United States)は、公然と連邦党を支持していた。 1791年にフィリップ・フレノーによって設立されたナショナル・ガゼットは、公然と民主共和党を支持し、連邦主義党に反対していた。

      バージニア工科大学のジム・A・カイパース助教授は、「『新聞』がアメリカの政治生活を牽引していた時代には、客観的なニュースとは何の関係もなかった。 それどころか、何でもわざと政治的に偏った報道をしている。 彼らは自分たちの目的を隠しているわけではなかった。全く反対で、彼らは意図的に政治的傾向をもって報道した。つまり意識的に政治的バイアスを保っていた。彼らはその目的を隠そうともしなかった。それは新聞の名称が「アーカンソー民主ガゼット」だったり「アリゾナ共和党」だったりしたことからもわかる。党派こそ彼らが存在する理由だったし、編集者は読者を適切な視点に導き、投票に赴かせるという存在だったのだ。

     こうした状況の下で、ニュース報道を読む側も、メディアの党派的立場に対して、疑問を持つことはまずなかったし、誰もその主張が果たして客観的事実で理性的なものであったかどうか、など問題にされなかったのだ。

     歴史学者のハロルド・ホルザー氏は、南北戦争前のメディアの政治と有権者に対する影響についてこう書いている。

     :「1850年代になって、米国では中立の有権者などまずいなかった。民主党かホイッグ党のどちらかで、彼らの大半が熱狂的な新聞愛読者だった。新聞はずっと政治的な煽りを続け、毎年、有選挙が近づくと、その傾向に一層拍車がかかった。11月の第一火曜日(大統領選挙投票日)だけではなかった。絶対多数の有権者は、現代のスポーツや娯楽が興味を掻き立てるのと同様に、宗教的なまでに政治に対して激しい情熱をもっていた。一文の例外をのぞいて、無所属の新聞は、ほとんど商売にならなかったのだ。

     まさにその新聞の持つ党派性によって、毎回の選挙が終わった後、勝利した党派は多くの新聞記者や編集者に、高給を伴う職を与えた。アンドリュー・ジャクソンは1829年に大統領に当選して、50〜60人の編集者に、有給の職場を与えた。そして連邦党人は1000人近くの編集者が、12年間以上、郵便局長に任命されたのだった。

     ★民主党の「喉舌」

      しかし、リンカーン大統領時代以降、アメリカの主流メディアは一方的に、民主党の「喉と舌」に変わっていった。

     それ以前の新聞と異なる点は、党派的新聞時代には、メディアはみな大っぴらに自分たちの党派性を公表していたのが、民主党の「喉舌」になるにつれて、メディアは、自分たちの党派性を明らかにしなくなった。しかし、彼らは、極端に親民主党であり、反共和党だった。

     この点に対してマーク・レビンは、「初期の愛国的なニュースメディアとは異なり、今日の編集局やジャーナリストは、アメリカ建国の基本的な原則、伝統、制度に対して圧倒的に敵対的である」と結論づけている。

     「彼らは逆に自分勝手な主張をしているにもかかわらず、言論の自由や報道の自由を推進してはいない。実際には、進歩的イデオロギーやアジェンダを選り好みし、思想や社会、政治活動の画一性を強化するフルイのような役割を果たしており、そうした報道に適さない問題や事件、組織や個人については拒否、まず報道しないのだ」と。

     そして、自分たちの報道に合うものは、限りなく大げさに高々と宣伝される。当然、こうしたモデルは、文化、政府、国家の精神に巨大な影響を与える。それが本当に現実の基礎を持つかどうかにかかわらず、そうした現実に囲まれた個人は、自分の思想や進行、時にはある状況下の暮らし方までを左右する。しかし、全ては不透明でわけの分からないものなのだ。

     そして、誰かが大胆にも、メディア会社の動機や、その商品に疑問を挟んだり、記者や編集局の報道ぶりに疑問や批判を加えようものなら、たちまち条件反射のように、そんな質問をした人物は、報道の自由に敵対する奴だされて、感情的にメディア連合軍によって叩かれてしまうのだ。

     主流メディアが民主党一辺倒で反共和党なので、時の大統領に対する態度も同じではない。民主党のオバマ大統領が就任する前は、こうした主流メディアはまだ完全に、自分たちが親民主党、反共和党だと暴露していなかったので、時には民主党の大統領を批判したこともあった。しかし、オバマ大統領になってからは、完全に民主党支持一辺倒、反共和党となって、オバマ大統領批判はほとんど目にしなくなり、オバマ支持の記事ばかりになった。

     しかし、共和党のトランプ大統領が就任するや、彼らは大挙してトランプの政策を批判し、トランプを応援する報道はほとんど見られなくなった。事実上、トランプが2015年7月に大統領選挙に出馬すると宣言して以来、こうした主流メディアはデマ、歪曲、軽率な記事や、捏造記事まで、それまでに例のないレベルになった。

     これに対して、ベテランのジャーナリストでコラムニストのアンドリュー・マルコム氏は、「現在、ほとんどの政治ジャーナリズムは、トランプ大統領に対する大嘘、意図的なデマ、故意の省略や都合のいいところだけの抜粋報道に陥っている」と結論づけている。

     レビンは例として、「誤報の特に悪名高い明らかなものでは、2019年1月17日にバズフィードが『トランプ大統領が自分の弁護士のマイケル・コーエンにモスクワのトランプビル事案で国会に虚偽証言をするように命じた』と大騒ぎしたケースをあげている。その主張は、「トランプ氏はマイケル・コーエンから10件の個人的な更新情報を受け取り、ウラジーミル・プーチンとの計画的な会見を行った」というもので、このトランプが前顧問弁護士で刑事犯にとわれたマイケル・コーエンにモスクワの不動産開発事案で、国会に虚偽発言をさせたというのは、完全にありもしない話だった」と。

     2016年の大統領選挙以来、これらの民主党の「喉舌」たちは、トランプ大統領に対する侮辱と糾弾の果てしない地獄のようなキャンペーンを繰り広げた。 彼らはトランプ大統領を罷免し、トランプ派を追放しようとする民主党に協力してきた。

    ★ニューヨーク・タイムズ

      これらの主流のニュースメディアには、ニューヨーク・タイムズ、ワシントン・ポスト、CNN、CBS、MSNBC、NBC、ABC、ポリティコ、ニューリパブリック、ニューズウィーク、バズフィード、グーグル、フェイスブック、ツイッターなどがあります。 これらの主流メディアは、ニューヨーク・タイムズがリードする傾向がある。

     これについて、レビンは著書の第6章「ニューヨーク・タイムズ紙は数百万人を裏切った」と題して、ニューヨーク・タイムズ紙が、かつてヒトラーの数百万人のユダヤ人虐殺とスターリンがウクライナで起こした第飢饉とジェノサイドについての、無視やゆるゆるの報道の例をあげている。

     当時、アメリカ国民はこの虐殺について、どちらも知らなかったが、その理由はニューヨーク・タイムズ紙による意図的な軽視と無視にあった。

     ニューヨーク・タイムズの発行人であるアーサー・ヘイズ・サルツバーガーは、当時の民主党大統領フランクリン・デラノ・ルーズベルトの自己検閲に協力して、ユダヤ人のホロコーストに関するニュースを意図的に繰り返し紙面の奥深くに埋めるか、 もしくは完全に無視するかしていました。

     これについてレビンは、「この国で最も重要な評判を得ている新聞社が、その豊富なリソースと海外情報へのアクセス力をもって、多くのユダヤ人読者を持ち、ユダヤ人の所有権を持つこの新聞社が、恐るべきユダヤ人大量虐殺を調査し、暴くために全力を尽くすことは間違いない、と思うだろうが、実際は全くその反対だったのだ」と述べている。

     そして、1932年から1933年にかけてウクライナでソビエトの独裁者ジョセフ・スターリンによっておこなわれたホロドモール(訳注;1932年から1933年にかけてウクライナ人が住んでいた各地域でおきた人工的な大飢饉)と何百万人ものウクライナ人の餓死の事実は、ニューヨーク・タイムズ紙は、長年モスクワに拠点を置くウォルター・デュランティ特派員がソビエト当局に協力して、意図的に無視したのだった。

     このデュランティは、1922年から1936年まで、ニューヨーク・タイムズのモスクワ支局長を務めた。1917年のソビエト革命、後にスターリンと彼の殺人政権を擁護したプロパガンダリストであり、1932年にニューヨーク・タイムズ紙に掲載された「ソビエト五カ年計画」を賞賛する13本の記事のシリーズでピューリッツァー賞を受賞した。

     1931年末、ソ連は飢饉に見舞われ始めた。 ソ連当局は真実を隠蔽するために、飢饉の激しかったウクライナや北コーカサスからの外国人記者の出入りを禁止した。 しかし、ソビエト当局はデュランティにウクライナに潜入取材を許可した。デュランティはソ連当局の言いたいことを理解し、1931年11月15日にニューヨーク・タイムズ紙に「一部の作物が失敗しただけで、飢餓も本当の飢餓もなかった」とホロドモールの存在を否定する記事を掲載した。

     一方、イギリスの新聞「ガーディアン」の記者ガレス・ジョーンズは、ウクライナに密入国してホロドモールの事実を知り、1932年3月29日に「Famine Rules Russia」という記事を発表し、ロンドン・イブニング・スタンダード紙、ロンドン・モーニング・ポスト紙、ニューヨーク・イブニング・ポスト紙、シカゴ・デイリー・ニュース紙など10以上のメディアが同日にジョーンズの記事を掲載し、欧米に大きな衝撃を与えた。

     これに対し、デュランティは翌日のニューヨーク・タイムズ紙の記事に「Russians Hungry, But Not Starving」(ロシア人は腹ペコだが、飢えてまではいない)と反論した。 ソ連の飢饉が続く中、デュランティは1933年9月17日にニューヨーク・タイムズ紙に記事を掲載し、ウクライナの中心部を200マイルの車旅を終えたと主張し、「収穫は豊富で、飢饉の話はすべてばかげている」と言った。

      しかし実際には、デュランティはホロドモールの事実を知っており、1933年9月27日、モスクワの英国大使館にいるウィリアム・ストラングに、ホロドモールの結果、直接、間接を問わず、この1年で1千万人もの人がソ連で死亡したことを私的に明かしている。

     デュランティがホロドモールを精力的に隠蔽した結果、ウクライナ市民はピューリッツァー賞を剥奪する運動を始めたが、2003年11月までにピューリッツァー理事会はこの要請を2度にわたって拒否。時ニューヨーク・タイムズの発行人だったアーサー・サルツバーガー・ジュニアも、デュランティのピューリッツァー賞取り消しに反対した。

     要するに、ニューヨーク・タイムズ紙がこの二つの人種によるホロコースト報道を回避した根本的な原因は、ナチス・ドイツとソビエト連邦に代表される進歩主義にあったのである。この進歩主義こそが、アメリカの主流のニュースメディアや民主党が信奉するものであり、彼らは、当然、自己検閲して、進歩主義が生み出した大惨事を報道したり暴露しないようにしているのだ。

     実際、レヴィンは著書『The Unfree Press』の中で、フランクリン・ルーズベルト、ジョン・F・ケネディ、リンドン・B・ジョンソン、バラク・オバマなどの民主党大統領が連邦捜査局(FBI)を利用して政敵のスキャンダルを暴いたが、主流メディアがそれを報道したことがないと指摘、その理由は彼らが民主党の「喉舌」だからだ、としている。

     彼ら民主党の「喉舌」は、かつてリチャード・ニクソン大統領のウォーター・ゲート事件を暴露したことを誇っているが、それより百倍も深刻なオバマ大統領が、トランプ大統領に対する監視には、見て見ぬ振りをしていた。

     さらに、トランプ大統領の「不当な」弾劾を叫んで「クーデター」でトランプ大統領を追放しようとしたオバマや民主党を助けた。まさにこうした主流メディアが民主党の「喉舌」になったことで、トランプ大統領は「フェイクニュース」メディア、「国民の敵」と呼んだのだった。

    レヴィンは「アンフリー・プレス』を次のように締めくくっている。

    :「客観的な真実の放棄、さらに悪いことに、初期のアメリカの報道機関や革命家の原則や価値観の拒否は、ニューヨーク・タイムズ紙にとって目新しいことではない。 トランプ大統領が就任するずっと前からある。これはニューヨーク・タイムズ紙や他のメディアをダークサイドに堕とし、ニュースメディアを自由な国民の大切な機関という地位を破壊してしまった。これは残念ながら期待できないことだが、もしニュース編集局やニュース労働者がただちに行動をとり、根本的に立ち位置を変えなければ、彼らの信用は引き続き侵食され、取り返しのつかないまでに文明の大部分を破壊してしまうまでになるだろう。そして、確かにそうなっている。ニュースメディアは自分自身を疎外化するばかりか、現在の報道の自由の最大の脅威となっていくだろう。そうさせているのはトランプ大統領や政府ではなく、現在のニュースに関わる人々の手によってなのだ」と。
    (終わり)

    中国 何清漣

    中国2018 中国2017 中国2016 中国2015

    これまでの何清漣さんの論評の、翻訳はこちら

    被神化了的美国新闻自由—读马克·裏德·列文的《不自由的新闻媒体》 2020年09月12日

    最近读了美国律师、作家和电台主持人马克·裏德·列文(Mark Reed Levin)的《不自由的新闻媒体》(Unfreedom of The Press)一书,除了对被神化了的美国新闻自由有了真实的了解,还理解了为什麽美国主流媒体纷纷放弃了客观、独立、真实的新闻自由标准而成为民主党的宣传喉舌。

    保守派

    列文是美国联合谈话电台(Syndicated Talk-Radio)的主持人,同时也是福克斯新闻频道生活·自由·列文节目的主持人。他是一名着名的保守派人士,从2015年以来,一直担任《保守派评论》 (Conservative Review)的主编,并经常为《国家评论綫上》《 National Review Online》等媒体做出评论。

    早在20世纪八十年代,他曾在雷根(Ronald Reagan)总统的政府部门任职,并曾担任司法部总检察长爱德温·梅斯(Edwin Meese)的参谋长。

    1991年,列文加入专门研究宪法、宣导自由企业和限制政府权力的地标法律基金会(Landmark Legal Foundation)。从1997年到2018年,他一直担任地标法律基金会的总裁(President)。在其担任总裁期间,地标法律基金会曾于2000年向美国联邦选举委员会提出申诉,指控美国最大的教师工会国家教育协会(National Education Association)未在国税局档中披露其政治活动的支出。为此,美国保守联盟(American Conservative Union)於2001年授予列文「罗奈尔得·雷根奬」(Ronald Reagan Award)。

    最初,列文以客串的形式出现在保守派电台的脱口秀节目中,也经常为拉什·林博(Rush Limbaugh)的脱口秀节目提供法律意见。而拉什·林博曾在2020年2月4日被川普(Donald Trump)总统在国情咨文演讲中授予总统自由勛章(Presidential Medal of Freedom)。后来,列文也成为电台的脱口秀节目主持人,并在2018年11月16日入选国家广播名人堂(National Radio Hall of Fame)。

      列文是美国七本畅销书的作者,其所着的《黑衣人》与《自由与暴政》曾荣登纽约时报畅销书排行榜第一。2005年,列文撰写了《黑衣人:最高法院如何摧毁美国》(Men In Black: How The Supreme Court Is Destroying America)一书,列举了无数的最高法院令人发指的滥用权力的行为,认为自由派大法官正在摧毁美国。

      列文写道:「几乎已经有一百位大法官在美国最高法院任职。他们不是被选的,他们几乎也是不负责任的。大多数美国人都不知道他们,但他们却要服务一生……因此,在许多方面,大法官比国会议员和总统更有权力。……仅仅只要五个大法官就可以而且确实制定了整个国家的经济、文化、刑事和安全的政策。」

      2009年,列文出版了《自由与暴政:一个保守派的宣言》(Liberty and Tyranny: A Conservative Manifesto)一书。该书连续12个星期成为《纽约时报》畅销书的第一名,并且也成为2009年的美国最畅销书,其在尼尔森Book Scan排行榜上排名第一,在Amazon.com的排行榜上排名第二。据该书的出版商Threshold Editions透露,《自由与暴政:一个保守派的宣言》已售出超过150万本。

      在这部书中,列文阐述了保守派如何应对自由主义暴政的腐蚀,这种腐蚀已经渗透到并影响美国日常生活的每一个问题上,从经济到医疗保健,全球变暖到移民等等。列文认为,这种暴政在不断增长,将威胁到我们的自由、我们国家的特色以及我们的生活方式。对此,安德鲁·麦卡锡(Andrew C. McCarthy)在《新准则》中写道:「列文不仅提供防御战略,还提供进攻的战略,是击退这种变化的号角。」

      2012年,列文出版了《美国乌托邦:未定型的美国》(Ameritopia: The Unmaking of America)一书,通过对柏拉图、汤玛斯·莫尔爵士、汤玛斯·霍布斯爵士、卡尔·马克思、约翰·洛克、查理斯·德·孟德斯鸠和亚历克西斯·德·托克维尔等政治经济学家的着作的回顾,讨论了现代保守主义和自由主义政治哲学的起源和发展,并认为来源於自由主义的乌托邦主义的意识形态和学说,将激发国家主义的暴政,并将一个从基於个人权利的宪法共和国转变为极权国家的美国。

      2013年,列文出版《自由修正案:恢复美国共和国》(The Liberty Amendments: Restoring the American Republic)一书,提出了11项新的宪法修正案。这11项修正案分别是:1、实行国会任期限制;2、废除第17修正案,将参议员的选举返回给州议会;3、对最高法院大法官实行任期限制,并限制司法审查;4、需要平衡的预算并限制联邦支出和税收;5、限定提交税收的截止日期(下一次联邦选举前一天);6、要对联邦部门和官僚机构的规则进行定期重新授权和审查;7、创建更详细的商务条款;8、限制占用私有财产的权力;9、允许各州绕过国会更轻松地修改宪法;10、创建一个使三分之二的州可以废除联邦法律的程式;11、需要带照片的身份证才能投票并限制提前投票。

      列文认为这11项修正案将恢复宪法的主要组成部分:联邦制,共和制和有限政府。此书在《纽约时报》最畅销书的所有三个类别中均排名第一。国家评论綫上(National Review Online)的汉斯·冯·斯帕科夫斯基(Hans A. Von Spakovsky)将该书称为「保守博客作者的必读材料」。

      在2015年,列文出版了《掠夺与欺骗:大政府对年轻人的剥削与未来》(Plunder and Deceit: Big Government’s Exploitation of Young People and the Future)。在列文看来,随着联邦政府逐渐发展为一个越来越专制和中央集权的国家主义政府,无处不在的美国联邦政府正在不断吞噬公民社会。许多父母,即使不是热情的拥护者,也不得不继续忍受那些威胁着他们的孩子和后代的残酷公共政策。

      为此,列文呼吁开展一个新的民权运动。新的民权运动将促进自由和繁荣,并停止由国家主义者策划的对青年的剥削。他呼吁崛起的年轻一代美国人唤醒自己的救国事业,并质问:「您会预设一个在没有宪法基础的情况下以压倒性多数行事的政府吗?还是您将站在自己的防綫中,以便您和子孙后代能够自由生存?」

      对此,道格·罗斯(Doug Ross)表示,每个美国成年人都应该为认识的年轻人购买或借用一本《掠夺和欺骗》。

      2017年,列文出版了《重新发现美国主义和进步主义的暴政》(Rediscovering Americanism and the Tyranny of Progressivism),通过回顾美国基於自然法的有限政府的建国原则,以及建国者对於联邦政府过度扩张的危害的警告,并主要对美国进步主义的历史进行梳理与抨击,并最终得出结论:创建我们国家的人将会感到愤怒和失望,以至於看不到我们最终走向何方。

      列文回到了他在每本畅销书中都探讨过的问题:我们如何拯救我们这个特殊的国家?由於我们的价值观处於如此不稳定的状态,恢复我们国家赖以建立的基本真理从未像现在这样紧迫。用列文的话来说,理解这些原则可以「作为专制政权和政府的解药」。

      2019年5月21日,列文正式出版了《不自由的新闻媒体》(Unfreedom of The Press)。由於预售,在正式发行前三天就成为亚马逊网站上销量第一的书,并於2019年6月6日成为《纽约时报》在印刷和电子书的非小说类和精装非小说类类别中的第一畅销书。

    爱国的新闻媒体

     在《不自由的新闻媒体》一书中,列文梳理了美国新闻媒体的历史,并将其分成三个阶段:一、早期的爱国的新闻媒体(1639-1780s);二、党派的新闻媒体(1790s-1860s);三、民主党的新闻媒体(1860s-Present)。

      在早期的爱国的新闻媒体时代,新闻媒体完全投入到争取个人自由和言论自由的战斗之中,这两个方面都是美国独立革命的基本因素。

      在这个时期,最有名的美国新闻媒体就是《波士顿公报》(Boston Gazette)。《波士顿公报》由本杰明·埃德斯(Benjamin Edes)於1719年创办,后来积极投入到美国独立革命之中。美国独立革命的见证人、报纸发行人以赛亚·汤玛斯(Isaiah Thomas)在1810年出版了《美国印刷史:印刷者传记和报纸纪实》(The History of Printing in America: With a Biography of Printers,and an Account of Newspapers)中写道:「当英国与其殖民地之间的争端成为一个严重的问题时,这份报纸引起了公衆的关注,因为其优秀的作者正在为这个国家的自由而战,并且引起了广泛的关注。」

      在独立战争爆发之前,《波士顿公报》於1768年3月14日发表了后来成为美国建国者的撒母耳·亚当斯(Samuel Adams)文章:

    「作为自由的新闻媒体,对暴君及其教唆者和工具来说如此可怕,也没有什麽事情如此令人担忧和烦躁。 原因很明显,即,因为它是『人们自由的堡垒』,也已经是一个非常公正的观察结果。因此,那些正在计画消灭人们自由的人,也一直在用嫉妒和恶毒的眼睛在观察。……但是您的新闻已经发出了警报,或用奴隶的话敲响了警钟。您的新闻向我们说出了真相,它已经向人们指出了他们的危险和补救措施,它已将自由制和奴隶制摆在他们面前,并以最有说服力和刺激性的语言,以上帝和国王的名义,为了所有人的后代,去选择自由和拒绝锁链。」

      对此,伊隆大学(Elon University)的教授大卫·科普兰(David A. Copeland)在1768年写道:埃德斯和别人「综合所有已经产生的新闻媒体的重要性。他们说,新闻媒体保护人们的自由,保持对政府的制衡。作为人们的声音,新闻媒体确保官员将顺从被统治者的同意。」

      早期的美国新闻媒体在几十年的时间裏都鼓励走向独立的革命,他们出版了各种鼓励革命的小册子。在1750年至1776年,他们出版了超过400种小册子,到1783年,这样的小册子已经超过1500种。其中,最有名的就是汤玛斯·潘恩(Thomas Paine)的《常识》(Common Sense)。仅仅48页的《常识》在1776年1月10日出版,就迅速地传播开来,仅仅前三个月就惊人地卖了12万册 ,到革命结束时,卖了50万册,几乎20%的殖民地人们都拥有这一小册子。 对此,美国革命的历史学者大卫·拉姆齐(david Ramsay)在1789年写道:「在美国独立建国过程中,笔和新闻媒体的优势与剑相当。」

    党派的新闻媒体

     在1789年乔治·华盛顿(George Washington)宣誓就任美国第一任总统之后,分别委任汤玛斯·杰弗逊(Thomas Jefferson)担任首任国务卿与亚历山大·汉密尔顿(Alexander Hamilton)担任首任财政部长。但由於汉密尔顿与杰弗逊的政治理念不同,为此,汉密尔顿於1790年开始组建联邦党(Federalist),而杰弗逊则於1793年辞去国务卿,组建民主共和党(Democratic-Republican Party),与联邦党抗衡。

      在1812年美国与英国爆发战争之后,联邦党消失。随后的1825年,民主共和党分裂成两党即现在的民主党(Democratic)和国家共和党(National Republican Party),1834年,国家共和党改名为辉格党(Whig)。1852年,辉格党分裂消亡。随后1854年,亚伯拉罕·林肯(Abraham Lincoln)推动组建共和党(Republican Party)。从此,美国形成民主党与共和党两大党对峙的政治局面。

      从1790年代到1860年代,无论是早期的联邦党与民主共和党的两党对峙,还是中期的民主党与辉格党的两党对峙,以及最后的民主党与共和党的两党对峙,美国的新闻媒体都是以党派划綫,成为党派的新闻媒体。在这一时期,美国绝大数媒体都公开地将他们自己与一个政党,一个政治家捆绑在一起,公开地宣布自己的政党属性,并积极的宣传所属政党的政治主张。

      约翰·芬诺(John Fenno)於1789年创办的《美国公报》(Gazette of the United States)公开支持联邦党。而菲力浦·弗雷诺(Philip Freneau)於1791年创办的《国家公报》(National Gazztte),则公开支持民主共和党,反对联邦党。

      对此,维吉尼亚理工大学助理教授吉姆·库珀斯(Jim A Kuypers)解释认为:「在『报纸』成为美国政治生活的推动力之时,它们与客观新闻无关。相反,它们故意带着政治倾向报导每一件事情,也是有意地带着政治偏见。它们也不隐藏它们的目的:这可以从它们的名字看出来,诸如《阿肯色州民主党公报》(Arkansas Democrat Gazztte)或者《亚利桑那共和党人》(Arizona Republican)……,党派是它们存在的理由。编辑把读者看作是需要用适当的观点来引导,并驱动他们去投票。」

      在这种情况下,几乎没有新闻媒体的读者会质疑新闻媒体所站定的党派立场,也没有人质疑他们正在接受的是否是客观事实并据此作出的决定是否理性。

      历史学者哈乐德·霍尔佐(Harold Holzor)描述了党派媒体在美国内战之前对政治与选民的影响:「到1850年代,在美国,几乎没有独立选民留下,要麽是民主党,要麽是辉格党,几乎他们都是报纸的狂热读者。新闻一直处於政治激起的永久状态,并进一步受到每年几次吸引选民参加投票的选举周期的刺激,而不仅仅是在11月的第一个星期二。绝大多数投票者都认为带着激情的政治对宗教具有唤醒作用,就像现代体育或娱乐唤起的兴趣一样。除了少数几个值得注意的例子之外,很少有不结盟的报纸能够得到蓬勃发展。」

      正是因为党派新闻媒体的属性,导致在每一次大选结束之后,获胜的党派就会将很多的新闻媒体的编辑记者任命到带薪的政治职位之上。在安德鲁·杰克逊(Andrew Jackson)于1829年成为总统之后,他在全国任命了50-60名编辑担任带薪的政治职位。而联邦党人曾任命了将近1000名编辑担任超过12年的邮政局长。

    民主党的喉舌

     而在林肯担任总统之后,美国主流媒体开始一边倒向,逐渐成为民主党的喉舌。这与此前的党派的新闻媒体不一样的是,在党派的新闻媒体时代,媒体都会公开表明他们的党派属性,而变成民主党的喉舌之后,媒体不再公开表明他们的党派属性,但他们却一面倒的支持民主党而反对共和党。

      对此,马克·列文总结认为:「不像早期的爱国的新闻媒体,今天的新闻编辑室与新闻记者绝大多数都是敌对美国建国的基本原则、传统与制度。他们没有促进言论自由与新闻自由,尽管他们自私自利地这样宣称。实际上,他们充当社会的筛检程式,试图以进步主义的意识形态和议程为中心,加强思想、社会、政治活动的统一性。不适合这种报导的问题、事件、组织和个人就被拒绝或减少报导;而那些适合这种报导的,则被无限拔高和大肆宣传。当然,这种模式巨大地影响了文化、政府和国家的精神。它限定了媒体创造的『现实』无论它是否具有真实现实的基础,围绕着这个『现实』,个人组织自己的思想、信仰,甚至在某些情况下的生活。然而,所有的一切都充满了神秘和不透明。并且,如果有人胆敢质疑或批评这些媒体公司的动机和产品以及其公司的其他方面,也就是一个或多个新闻编辑室的报导,这激起的反应将是条件反射式的和情绪激动性的指控,询问者或批评者被描绘为敌对新闻自由,而遭到媒体们的联合讨伐。」

      由於主流新闻媒体一面倒地支持民主党而反对共和党,因此他们对於时任总统采取不同的态度。在民主党总统奥巴马就任之前,这些主流新闻媒体还没有完全暴露他们完全一边倒地支持民主党反对共和党,他们也会时不时地批评民主党的总统。但是,在奥巴马就任总统之后,他们完全一边倒地支持民主党而反对共和党,几乎看不到批评奥巴马的报导,而看到的全是支援奥巴马的报导。

      而当共和党总统川普就职之后,他们却大肆批评川普的政策,几乎看不到任何支援川普的报导。实际上,在川普於2015年7月宣布参与总统竞选之后,这些主流媒体就卷入了谎言、歪曲、草率和完全捏造,达到了前所未曾见过的程度。

      为此,资深新闻人和专栏作家安德鲁·玛律科姆(Andrew Malcolm)总结:「现在大多数的政治新闻都陷入了鼓吹、蓄意煽动,使用或省略选择性的细节、语录和背景来反对唐纳德·川普总统的主张。」

      列文举例说:「一次特别臭名昭着且无处不在的新闻误导事例,发生在2019年1月17日,当Buzzfeed发布标题大喊:‘总统川普指令他的律师迈克尔·科恩(Michael Cohen)在关於莫斯科川普大厦的专案上对国会撒谎。’其小标题声称:『川普收到了迈克尔·科恩的10条个人最新消息,并鼓励与弗拉基米尔·普京(Vladimir Putin)进行有计划的会晤。』这个故事的关键是总统川普已经指令他的前律师、现重罪犯迈克尔·科恩在莫斯科的开发房地产专案对国会撒谎,完全是从来没有发生过。」

      自2016年总统选举之后,这些民主党的喉舌已经发动了一场反对川普总统的没完没了和地狱般的侮辱和谴责运动。他们配合民主党的行动,寻求将川普总统赶出办公室,以及将川普总统从他的支持者那裏赶出来,而这些支持者却是民主党及其喉舌所蔑视的。

    纽约时报

      这些主流新闻媒体包括《纽约时报》、《华盛顿邮报》、CNN、CBS、MSNBC、NBC、ABC、Politico、New Republic、Newsweek、Buzzfeed、谷歌、脸书、推特等等。这些主流媒体往往以纽约时报为首。

      为此,列文在其书的第六章以《〈纽约时报〉背叛数百万人》为题,叙述《纽约时报》曾有意淡化和忽视希特勒对数百万犹太人的种族大屠杀以及史达林在乌克兰制造大饥荒进行种族大屠杀。

      在那个时候,美国民衆对这两次大屠杀都很不知情,原因就在於《纽约时报》的有意淡化与忽视。《纽约时报》的出版者亚瑟·海斯·苏兹伯格(Arthur Hays Sulzberger)配合当时的民主党总统佛兰克林·德拉诺·罗斯福(Franklin Delano Roosevelt)进行自我审查,有意和重复性将有关犹太人被大屠杀的消息深深地埋葬在他的报纸中,或者直接完全地忽视它

      对此,列文表示:「可以肯定的是,凭借其广泛的资源,可获取的外国资讯,享有这个国家最重要声誉的报纸,大量的犹太读者以及其犹太人的所有权,将竭尽所能调查和披露恐怖的犹太人种族大屠杀。但事实却恰恰相反。」

      而对於苏联独裁者约瑟夫·史达林(Joseph Stalin)於1932-1933年在乌克兰制造的大饥荒导致数百万乌克兰人被饿死,则由於其长期驻莫斯科的记者沃尔特·杜兰蒂(Walter Duranty)配合苏联当局掩盖乌克兰大饥荒的事实而被《纽约时报》有意忽视。

      从1922年到1936年,杜兰蒂一直担任《纽约时报》驻莫斯科分社的社长。他是1917年苏俄革命以及后来史达林及其屠杀性政体的宣传者和辩护者,并因其发表在《纽约时报》的13篇赞美苏联五年计划的系列文章而於1932年被授予普利策(Pulitzer)新闻奬。

      1931年末,苏联开始发生大饥荒。为了掩盖真相,苏联当局禁止外国记者进入大饥荒非常严重的乌克兰与北高加索地区。但是,苏联当局却为杜兰蒂开了绿灯,让他深入进入乌克兰进行调查。对此,杜兰蒂明白苏联当局的意思,随后於1931年11月15日在《纽约时报》发表文章否认大饥荒的存在,称:「只有一些农作物歉收,没有饥荒或真正的饥饿,也不可能有。」

      而英国《卫报》(Guardian)记者加雷斯·钟斯(Gareth Jones)通过偷渡进入乌克兰,发现大饥荒的事实,并於1932年3月29日发表《饥荒主宰了俄国》(Famine Rules Russia)的文章,包括《伦敦标准晚报》、《伦敦早报》、《纽约晚报》、《芝加哥每日新闻》等十多家媒体都同一天刊登了钟斯的文章,在欧洲与美国引起很大震动。

      对此,杜兰蒂於第二天在《纽约时报》发表文章反驳称:「俄国人挨饿,但不是饥荒」(Russians Hungry, But Not Starving)。在随后的苏联大饥荒的高峰时期,杜兰蒂於1933年9月17日在《纽约时报》发表文章称,他刚完成了在乌克兰核心地区200英里的汽车旅行,称:「丰收是大量的,而所有关於饥荒的说法都是荒唐的。」

      实际上,杜兰蒂却知道苏联大饥荒的事实。1933年9月27日,杜兰蒂在英国驻莫斯科大使馆私下向威廉·斯特朗(William Strang)透露:在过去的一年,在苏联已经有多达一千万人直接或间接死於大饥荒。

      由於杜兰蒂对乌克兰大饥荒的极力掩盖,乌克兰民间曾发起要求撤销其普利策新闻奬,但到2003年11月,普利策董事会的两次予以拒绝。当时担任《纽约时报》出版人的小亚瑟·苏兹伯格(Arthur Sulzberger Jr.)也反对撤销杜兰蒂的普利策新闻奬。

      总之,《纽约时报》回避这两场种族性大屠杀的根本原因,是纳粹德国与苏联所代表的进步主义。这种进步主义就是美国主流新闻媒体和民主党所宣导的,它们当然采取自我审查而不愿意去报导与揭露进步主义的所制造的巨大灾难。

      实际上,在《不自由的新闻媒体》一书裏,列文还列举了民主党总统佛兰克林·罗斯福、约翰·甘乃迪(John F. Kennedy)、林登·詹森(Lyndon B. Johnson)、巴拉克·奥巴马(Barack Obama)等人利用联邦调查局(Federal Bureau of Investigation)和国税局(Internal Revenue Service)打击政治对手的丑闻,但这些丑闻都没有被这些主流新闻媒体揭露出来,其原因就是因为他们是民主党的喉舌。

      这些民主党的喉舌曾经因为揭露共和党总统尼克森的「水门事件」而洋洋自得,但他们却对比「水门事件」严重百倍的奥巴马监控川普总统竞选的「奥巴马门」视而不见。不仅如此,他们还帮助试图发起「政变」赶走川普总统的奥巴马与民主党,为他们「毫无理由」的弹劾川普的行动摇旗呐喊。正是因为这些主流媒体称为民主党的喉舌,所以川普总统称他们为「假新闻」媒体,是「人民的敌人」。

      对此,列文在《不自由的新闻媒体》的结尾表示:「抛弃客观真理,更糟糕的是,拒绝美国早期新闻界和革命家的原则和价值观,对《纽约时报》来说并不是什麽新鲜事物。在川普总统就职之前很久就一直存在。这将把《纽约时报》和其他媒体带入了一个非常凄凉和黑暗的地方,破坏了新闻媒体作为自由人民的关键机构的地位。如果新闻编辑室和新闻工作者不立即采取行动,并且紧急『从根本上转变』他们对新闻业的态度,可悲的是,这是极不可能的,那麽他们的信誉将继续受到侵蚀,并很可能很快就会达到一个不可挽回破坏大部分文明的局面,而且,的确如此。新闻媒体不仅会边缘化他们自己,而且将继续成为当今新闻自由的最大威胁,不是川普总统或他的政府,而是现在的新闻工作者。」

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