このところ、世界各国のメディアをもっぱら賑わせているのは米中貿易戦争です。3月22日、トランプ米大統領は、対中国の「経済侵略」に対して、中国製品に制裁関税をかける大統領覚書に署名しました。これはネット上に反響の大波を巻き起こし、賛否両論、結果は深刻なものになるだろうと言われています。しかし、米国産業界・商業界の反応をよくみて、署名後に60日の交渉期間があることを考えると、駆け引きが行われる余地が比較的大きいことが、すぐ分かります。(訳注;トランプ大統領は22日、米通商代表部(USTR)に15日以内に関税対象となる中国製品のリストを公表するよう命じ、最大600億ドル=6兆4000億円相当=の中国からの輸入品に、25%の関税を発動する方針を表明。また、米国が戦略的と判断するテクノロジー保護を目的に、中国企業の対米投資への新たな制限を60日以内に提案するようムニューシン米財務長官に指示した。参考>★中国の「WTO市場経済地位」承認の獲得を考える★2016年1月5日)
★中・米両国はどんなカードを切るか?。
この大統領覚書の主な攻撃目標は、「メイド・イン・チャイナ2025」が決めた戦略の鍵となる分野です。(訳注;「メイド・イン・チャイナ2025/中国製造2025」は2015年5月に、李克强が提出した中国を製造強国にするための10年計画)これは、10の領域で指定しており、それは、
次世代情報技術
高度なデジタル制御の工作機械とロボット
航空・宇宙設備
海洋エンジニアリング設備とハイテク船舶
先進的な軌道交通設備
省エネ・新エネ車
電力設備
農業機械
新材料
生物薬品・高性能医療機器
の領域で、中国製品の規模は年度輸入額で600億ドル(6兆4000億円)になります。
中国がAI、機会化、量子コンピューターの分野で、米国と生産競争を演じることが、米国の国家的安全と軍事的安全にかかわります。中国の知的財産権泥棒の悪名はカクカクたるものですから、米国は、さらに力をいれて、中国資本が米国の戦略産業に侵入するのを阻止して、中国の知的財産権泥棒をやっつける、というのです。
これに対して、中国側のカードは多くありません。米国の関税措置に対抗する北京側の報復措置は、米国製品128品目に対して、30億ドル(約3100億円)の関税をかけるというもので、それには果物、乾燥果物、ワイン、豚肉などが含まれます。2017年に中国が、米国から輸入したこれらの総価格は30億ドルで、米国の輸出品の20分の1です。これ以外に、中国外交部は、「いかなる米国の行動に対しても厳しい措置を取る」として、中国は米国の航空機と大豆の一大輸出先であり、自動車と綿花の二番目の輸出市場である」として、ボーイングや大豆などの攻撃目標もある、と述べました。
2017年の米国の対中輸出商品の中で、大豆は単品としては第二位、総価値140億ドルです。ファイナンシャル・タイムズの記事では、大豆は、米国の民主党と共和党の激戦選挙区州で栽培されています。それは、2016年の大統領選挙では、トランプを支持した地域ですから、極めて政治的意味のある商品だと指摘しています。中国政府側は、これらの地域の大農場主は、近年、ブラジルに市場を奪われていることを心配している。多くの米国農業人口は、大型商品の値下がりで損をしており、中国への輸出が1割減っただけでも、大変痛い思いをするとみています。
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★米国実業界の反対の声
トランプは米通商代表部(USTR)に関税対象となる中国製品のリストを公表するよう命じ、今後パブリック・コメントで企業から意見を求め、最終的なリストを作成する。また財務省に60日以内に、米国が戦略的と判断するテクノロジー保護を目的に、中国企業の対米投資への新たな制限するように求めました。反対の声を減らすために、iPhoneなどの電子商品はリストアップされない予定だと言われます。
しかし、本当の反対勢力は、自分たちの利益にかかわる各業界団体、アップルのような中国に部品供給チェーンを頼る巨大多国籍企業、それに米国政界や各種のシンクタンクに大変な力を持っているワシントンの親中国勢力です。
現在、すでに少なからぬ米国ビジネス界の組織が、様々な方法で、中国産品に課税するのは適切ではないと表明しています。全米商工会議所(U.S.Chamber of Commerce)は、300万以上の企業と地方商議所、業界協会が参加している世界最大の商工会議所で、既に、「関税は破壊的な貿易戦争を招く恐れがあり、これは米国経済の成長と就職市場に深刻な後遺症をもたらすだろう。もし米国政府がこの計画を実施するなら、米国の消費者、企業、農民、大農場経営者の生活が脅かされる」と声明を発表しました。華南美国商会(The American Chamber of Commerce in South China)は全米商工会議所のメンバーで、2300以上の企業法人や個人会員を擁しますが、独自に特別声明を発表し、中国への大規模関税に反対しました。相前後して反対を表明したのは、米国小売商連合(National Retail Federation)、全国製造業協会(National Association of Manufacturers)、情報技術産業理事会(Information Technology Industry Council)などがあります。
★「パンダ派」出陣は必至
中国派この60日のうちに、長年、養成して来た「中国人民の良き友人達」である「親中国パンダ派」を存分に動員して、各種のルートを通じて、ホワイトハウスに説得ロビイング工作を行うでしょう。彼らは一挙手一投足で、、米国の対中国外交政策を左右する力をもっています。中でも米中関係全国委員会(National Committee on United States – China Relations)はその大黒柱で、委員会メンバーの大部分は皆、米国の歴代政府の要職経験者で、退職後、少なからぬ人々が「Kストリート」のロビイスト団体メンバーです。元国務長官のキッシンジャーがそのリーダーで、彼のキッシンジャー・アソシエイションは大物がどっさり、元中国大使のJ・ステイプルトン・ロイやローレンス・イーグルバーガー元国務長官がパートナーです。
ブッシュだろうがオバマだろうが、このパンダ派は米中関係では、ホワイトハウスに大きな影響力を持っていました。米中関係の肝心な時には、常に、米中関係の方向を変えて来たのです。
★トランプの究極の目的は?
トランプが中国に対して、懲罰的関税をかけることは、完全に合理的です。というのは貿易戦争を始めたのは、確かに中国であって、米国ではありません。中国はWTO(世界貿易機関)加盟(、2001年11月9日から13日まで中東・カタールのドーハで開かれたWTO第4回閣僚会議において、11月10日満場一致で可決された[)以来、国際社会は、狡猾で無頼なやりかたで、規則の抜け穴くぐりをやって、少しずつ国際経済秩序を変えてしまう厄介者を背負い込んでしまいました。古典的な貿易比較優勢理論(比較優位の原理)によって作られているWTOルールは、中国のこうした秩序破壊行為を全く有効に処罰することはできませんでした。(訳注;比較優位の原理;自由貿易で互いにウィンウィン関係になり、一方的なものではなくなるという前提。したがって、ルールは自主的に守られることが期待され、故意に違反するようなことは考えていないから、罰則もろくにない。中国はこれを最大限に利用して来た”実績”があり、提訴もへっちゃらで違反を繰り返して来た。)
トランプの前にも、ブッシュもオバマも中国との貿易戦争を考えたこともありましたが、結局最終的にはビジネス界の「パンダ派」のロビイングにあって、ちょっとやりかけてすぐ止めてしまいました。トランプは、今回、大統領覚書に署名する際に、これは彼の選挙公約の実施(偉大な米国を取り戻す)のためだとしました。彼の見るところでは、グローバルな生産能力過剰と不公平貿易が、深刻に米国の国家の安全に損害を与えており、米国は、公平、互恵の貿易環境を望んでいる、ということです。トランプの懲罰性関税の打撃目標から見れば、確かに米国の長期的利益を考えています。
多くの中国の専門家の疑問は、「トランプの大統領覚書は、交渉の戦略なのか、本気で貿易戦争をやろうとしているのか?」です。私は、トランプは確かに、「メイド・イン・チャイナ2025」の重大な戦略分野に対して、よく考えたポイント攻撃による対中貿易戦争の準備をしているとみています。その目標は米国の国家の安全です。トランプの巧みなところは
⑴ トランプが「宣戦布告」したのは、習近平の一番弱い日だったこと。習近平にとっては、ちょうど両会の期間中で、中共の家庭の事情で、表向きを綺麗にして、内輪で色々な党政治機構を再編成し、対外的には各種の「皇帝になる」といった批判に答えなければならない時期でした。中米貿易戦が始まって、一番喜ぶのは、当然、習近平の政敵たちです。こうした政敵は、これを機会に習近平にプレッシャーをかけようとするかもしれません。もう誰かが、この貿易戦争を「重大な政治任務」だとして、貿易戦争の重みに北京は耐えかねて、最後には中共政権が倒れるだろう、なんて言ってるぐらいですから。
⑵ トランプは朝鮮の非核化のために、5月前に、あえて金正恩と会う危険を冒そうとしています。そのために、新たに国務長官を任命しました。金正恩は不確定性に満ちた人物ですから、米国政界も世論も、この会談を快くおもってはいません。トランプがこの時期に、対中国貿易戦争を始め、[60日間の折衝期間」を設定した目的は、北との会談背後で、中国がちょっかいを出すのを阻止する狙いがあります。交渉ごとの策略には精通しているトランプですから、大統領覚書に署名してから、折衝期間をあきらかにしたのは、米中双方に、貿易戦争をエスカレートするのを回避する談判のチャンスを与えるとともに、「トランプ・金正恩会談」における「変数」を減らそうというものです。
しかし、中国側の打つ手は、更に早く、3月25日、金正恩は、半ば秘密裏に中国を訪問しました。これは、中国に対して、北朝鮮は中国との関係を放棄するつもりはない、と表明したものです。そして、トランプとの会談にむけてのカードを増やしたわけです。
今回の貿易戦争が始まれば、中国は確かに、米国に「羊の毛」を刈り取られて痛い思いをするでしょう。しかし、米国も完全に目的を達成できるとは思わない方がいいでしょう。米国が全ての目的を達成できる力がないのは、中国のせいではなく、米国内のビジネス界と「パンダ派」のせいです。(終わり)
繁体字原文(原载台湾上报,2018年3月28日,http://www.upmedia.mg/news_info.php?SerialNo=37804)
簡体字原文;http://yangl3.sg-host.com/2018/03/28/sino-us-trade-war/